拭えない出会い
一緒に粋がってた友人も更生し合唱部で切磋琢磨し、初めての彼氏は友人になり、未だに将来旦那になる幼なじみには恋愛感情にはならないけれど。
過去は明らかに変わっている…もしかしたら初恋はしないかもしれない。
それに、初恋の相手の弟とも友人だし。
さすがに友人の身内にキュンキュンなんてするものか…。
ーあれ?なんか私大事なこと忘れてるような…
初夏が始まったが、今年は雨が少なかった。
しかしその日の夕方、下校中に突然大雨が降った。
傘を持っていなかった私はずぶ濡れのまま電車に飛び乗った。
暖かい車内で髪をタオルで拭いていた私は新太の姿を見つけて、彼の隣に座った。
「びしょ濡れじゃん。化粧落ちてるよ。」
「まあ、落ちてもどうせもう帰り道だし。」
「スッピンでも変わらないか。」
「…見たことないくせに!」
新太も私に対して憎まれ口を叩くようになった。みんなどれだけ私を揶揄うのだ。
私は顔を膨らませながら、いつもの話題を出した。
「紗奈とは上手くいってる?」
「うん。おかげさまで。」
「浮気なんてしたら許さないからね!」
「大丈夫。紗奈より可愛い子なんていないから。」
あれから新太は、私と一緒にいた紗奈に一目惚れし、彼女もそうだったようでそのまま2人は付き合った。
新太は他校なので少し不安要素はあるが、美男美女カップルの2人の関係はすこぶる良好なようだ。
友人達が幸せそうで私も嬉しい。
恋っていいなーと妄想してたときだった。
私は目の前に立ちはたがる姿に、息が止まった。
「新太、乗ってたんだ。すごい雨だよな。お母さん、駅まで迎えに来てくれるって。」
「兄さん連絡とってくれたんだ。ありがとう。」
新太の向かいのつり革に捕まる彼はー兄の倫太郎だった。
髪が雨に濡れていて、ポロシャツのはだけた胸元から色気を感じる。
まるで時間が止まったようだった。
ーあの頃と何も変わらない。また会えた。
「もしかして、梨子ちゃん?」
茫然としている私に、倫太郎は名前を呼んだ。
そしてつい彼と目が合い、思わずすぐに逸らしてた。
胸の鼓動が早くなり、言葉を発する余裕がなかった。
「そうだよ、この子が梨子。」
「よく弟から話は聞いてたよ。やっと会えたね。」
私はそのまま顔を上げられず、目には何故か涙が溢れそうになっていた。
ー過去とは全く違う出会い方…そうか、私彼の弟の友人じゃん。接点作ってるじゃん。なんで友人になったんだ…逃げたい。
「ちょっとトイレ。」
私は顔を隠すようにして車内を走り抜け、トイレに入るまで後ろを振り返らなかった。
頭の中はゴチャゴチャで、胸が潰れるように痛い。
そのままトイレの便座に座り、正面には鏡があった。
髪はびしょ濡れだ、化粧も変に落ちている酷い顔がそこには写っていた。
ー後悔、いや本当はそんなんじゃない。また倫太郎の顔を見ることができて、嬉しかった。でも辛かった。もしいつか出会わなければいけないとしても、今日は会いたくなかった。
私は堪えられず、声を上げて泣いた。
もしこれがタイムスリップなら、このままもう未来に帰ってしまいたかった。
ーなんだかみんな幸せそうだし、もういいよね?
でもまだ私は戻れないようだ。
いやタイムスリップなのかもわからないけれど。
初恋の相手との再会は抗えなかった。
これからどうしたらいいのか、考えなくてはいけないんだ。
しかし頭は回らない。
私は電車が走り出してからトイレから出ると、倫太郎らとは逆の車両にふらふらと歩いて行った。
泣きすぎて視界がぼやけていたが、見慣れた顔がそこにはあって隣に座ると、私は無意識に言葉が出た。
「ねぇ哲平。私のこと好き?」
「な…お前なに言ってんの?熱でもあんのか?」
「…そうだよね。ごめん。」
私は薄ら笑いしながら力が抜け、いつの間にか少し背が高くなった哲平の胸に項垂れてしまった。
ーなにを期待したんだろう。でも彼の隣はなんだか安心する。
哲平は酷く動揺しているようで、すかさず私の額に手を当てて熱がないことも確認していた。
でも私はもう放心状態で、そのまま地元の駅に着くまで目を瞑り、電車の心地よい揺れに体を任せた。