お人形さんの夢
私は憂鬱の気持ちのまま、電車のつり革を持っていた。
窓に映る自分の姿を見ては絶望していただが、一緒にいる親友たちは余計に追い討ちをかけられるのであった。
「梨子、休日の間に何があったの…。」
隣でつり革を持つ咲良は、純粋で心優しいので私の変貌に過度に心配をしてくれた。
黒髪ストレート、膝丈スカート白靴下のまさに優等生美少女の隣にいる自分が恥ずかしくなる。
「これって高校デビューじゃん。だっさ。」
そして向かいで女子を差し置いて堂々と座席に座る哲平は、ケラケラと大笑いをしていた。
ーお前のせいだよ!!!よく分からないけど!
胸ぐらを掴んではっ倒してやりたくなったが、さすがに公共の場なので堪えた。
本来の私はこんなに短気ではないのだが、なんだか彼の前では心に余裕がなくなり憎しみの感情しか湧いてこない。
ー未来の息子たちよ…このまま旦那に恋せずに産まれて来れなくなったらごめんなさい。
そのまま二人には散々な言われようをされながら、私は自分の教室に着いた。
咲良は残念ながら隣のクラス…私は顔馴染みもいなくて少し不安だった。
しかし運命は強し!私にはすぐに友達ができるのであった。
「名前なんて言うの?髪色可愛い。」
「あ、ありがとう…。梨子です。」
そう、早くも紗奈の登場である。
彼女は亜麻色の髪に染めており、パッチリ目で長い睫毛、少し小柄で頭を撫でて抱きしめたくなるようなお人形さん系のギャルであった。
田舎の進学校なこともあったからかそんな私達はクラスで浮いていて、彼女は私を仲間だと思ったのだろう。
そして彼女は私の耳元で囁いた。
「みんなだっさくない?まじこのクラス最悪。梨子がいてくれてよかった。」
紗奈はその可愛いすぎるお顔に残念な意地悪に笑って言った。
彼女は非常に性格が悪い。
実は私は彼女と組んで、非行だけでなくいじめ紛いのこともしたことがあった。
でもそれがかっこいいと思っていた当時の私も、紗奈のことを悪く言えないくらい酷く腐っていた。
「今日学校終わったらさ、遊びに行こうよ。」
「…うん。」
私は早速周りから異質だと避けられていた感じもあり、とりあえず紗奈と仲良くすることにした。
ーでも、もうあんな非行はしたくない。恋だけでなく、学校生活も楽しく送りたい。紗奈を変えてみようかな?
運命に抗えずまた黒歴史の過去を生きるなんて、タイムスリップ?してしまった意味がない。
私は紗奈を更生する方法を、放課後まで真剣に考えた。
そもそも紗奈が性格が悪く非行に走るのには理由があった。
彼女には、家庭に居場所がなかった。
父は単身赴任、そして母は若い男と不倫をしていた。
娘がいても堂々と昼顔母をする姿を見てしまい性格は歪み、他人を信じられなくなったのである。
しかしそんな複雑な家庭環境まで、私が救える自信はなかった。
彼女を更生するのはなかなか難しい課題である。
課題の糸口さえ浮かばぬまま、放課後になり紗奈と街に遊びに行った。
駅ビルでショッピングをしてプリクラを撮って、それでも彼女は遊び足りないのか家に帰りたくないのか、カラオケに行った。
「紗奈、すっごく歌上手いんだね。」
「いやいや梨子こそ!ビブラートしてるよ!」
「ねぇ、採点対決でもしようよ!」
私は歌うのが好きだったのでついつい楽しくなり、二人で夢中に競い合った。
最新の曲からミュージカル曲までー、私達は世間一般から見るときっと歌は上手い方で高得点を出し合った。
そしてふと、いいことを思いついた。
「紗奈、合唱部に入ったら?」
「…えっ。」
私の高校の合唱部は、全国コンクールで金賞を取るほどの実績校だった。
そのためか放課後、土日など休みなく厳しい練習と上下関係を強いられる。
以前の私達は帰宅部で遊び呆けていたので、その逆のことをすれば彼女も変わるのではないかと思ったのである。
でも正直期待はしなかった。
哲平のことかあるから。
運命に逆らうのはなかなか難しいと自負していたのだったが…。
「実は…気になっていたの。」
紗奈は顔を少し紅らめて、恥ずかしそうに微笑んだ?
言い出したのは私のはずが呆気に取られ、言葉を失った。
「ねぇ、部活見学について行ってくれない?っていうか梨子も上手いんだから、一緒に部活に入ろうよ!」
「え…あ、うん。」
私は予想もしない展開につい心にない相槌を打つと、紗奈は楽しそうに人知れず憧れていた合唱の魅力を語り出した。
そして私はふと、紗奈が高校2年の時に新しいクラスに馴染めずに中退してキャバ嬢になり、やがてはホスト狂いして風俗にまで手を出してしまった未来を思い出した。
ーまあ、紗奈が幸せになれるならいっか。
紗奈とは嫌な思い出も多かったのだが、心のどこかで彼女を救えなかったことが気がかりだった。
そして次の日の放課後に紗奈の家に行き、私達は髪を黒色に戻した。
私の高校デビューは即終了し、私は真面目に合唱部員として活動をすることになったのだった。