涙の告白
倫太郎との待ち合わせ場所は、いつもの公園だった。
少しでも長く一緒にいたかった私が彼と同じ隣駅に降りて、この公園まで送ってもらうことがあった。
私は待ち合わせの時間まで落ち着かず、早めに家を出た。
そして自転車に乗り、道路に出ようとしたところ自宅の門の前に哲平がいた。
「どうしたの?」
「あ…いや。大丈夫かなって思って。」
「うーん、大丈夫ではないけど。約束だからね。行ってみる。」
やはり不安は消えないし、倫太郎との近い未来をどう選択すればいいのか答えは決まらなかった。
でも私は彼と向き合うことには迷わなかった。
「そっか。無理すんなよ。」
「ありがとう。」
哲平が心配してくれることに私は嬉しく思い、微笑んで言った。
彼に手を振ると、深呼吸をして自転車のペダルを漕いだ。
自転車の風を切りながら、倫太郎と会う勇気をくれたのはいつも話を聞いてくれた彼のおかげだと私は思った。
「梨子…梨子…!!」
そして公園にたどり着いたとき、私は自分の名を呼ぶ声がして振り向いた。
肩で息をしながら立ち止まったのは哲平だった。
彼は私の後を追いかけていたようだった。
「哲平…なんで?」
私は困惑していると、哲平は近付いて荒れた息のまま私の両腕を掴んだ。
そして顔を上げると、大きな声で叫んだ。
「先輩と会わないでくれ!俺、梨子のこと好きなんだ!梨子は俺のこと好きじゃないと思うけど、好きな人が苦しいところをみるのは俺もう限界なんだ。」
哲平はそう言いながら、両目から大粒の涙を流していた。
止まらない涙に戸惑う彼の頭を私は撫で、懐かしい気持ちになった。
ー哲平はまた私のために泣いてくれる。
それは大学2年の時、父を突然亡くした日だった。
私は父が抱えていた苦労も病気も知らず、自分のことばかり考えて生きていた。
そんな私は自分への嫌悪感と後悔でいっぱいで、涙も出なかった。
そんな時、葬式に参列してくれた哲平は私の隣に座って言った。
「お父さん、梨子に会えて嬉しがってると思うよ。お父さんも、お母さんも、梨子は一人で上京した強い自慢の娘だって言ってた。でも、両親が相次いでいなくなるなんて辛いよな。故郷に帰ってきても、俺や俺の家族がいるから。頼ってくれよ。」
哲平は途中で声が震えて、泣いていた。
私は彼の言葉に胸を打たれながら、あまりに泣き止まない彼に言った。
「哲平が泣くことないのに。」
「梨子の代わりに泣いてるんだよ。」
哲平は涙で腫れた目で私を見つめ、微笑んだ。
単純で馬鹿で不器用だけど、本当は思慮深いのが彼だった。
「梨子ちゃん、お待たせ。あれ、友達?」
それから程なくして、倫太郎は現れた。
私の隣にいる哲平の姿に戸惑っている。
「私の幼なじみです。一緒にいてもいいですか?」
「梨子…?」
「あ、うん。いいよ。」
私は躊躇う哲平の手を取って強引に、三人でベンチに座った。
倫太郎はまだ不思議そうな顔をしていたが、私に話したかったことを告げた。
「志望校に合格したよ。」
「おめでとうございます。」
「梨子ちゃんが支えてくれたおかげ。本当にありがとう。春休みどこか旅行に行こうよ。」
倫太郎は笑顔でそう言った。
運命は変わっていた、いい方に。
もしかしたらこのまま変わらない恋人の関係で、あわよくばより幸せに二人は過ごせるかもしれない。
でももう私の答えは決まっていた。
「先輩、ごめんなさい。私と別れてほしいんです。」
「え…。もしかして、その幼なじみと?」
倫太郎はこの状況に、さすがに疑わずにはいられなかったようだ。
俯いていて黙っていた哲平も顔を上げ、私を見つめた。
「いいえ、私先輩のこと本当に好きだったんですけど一緒にいるのが不安で。もう辛いんです。」
「辛い…?」
「卒業した先輩とはこれから自然に距離ができてしまうでしょう。それでも上手くいくかもしれないけれど、私は自信がなくて。本当にごめんなさい。」
私は倫太郎に向かって、頭を下げた。
過去とは違い、私をちゃんと好きになってくれた彼になんて酷な別れを伝えているか分かっていた。
自分本位だけれども、もう心が耐えられないのが私の答えだった。
「そっか。悲しいけど、受け入れるよ。せめてこれだけは受け取って。」
「私こそ本当にありがとうございました。」
私は倫太郎からホワイトデーのお返しだろう、小さな花束を渡し去っていった。
それは清楚な真っ白のカンパニュラだった。
私は後日その花言葉を絢斗に聞いたのだが、その意味は「感謝」だった。
そして私は花束を持って立ち上がると、俯いたままの哲平の正面に立ってまた頭を下げた。
「ごめんなさい、哲平の気持ちには答えられない。…今はまだ。」
そう言うと私はきっとこれから起きるだろう哲平との楽しい思い出を想像しながら、微笑んだ。
顔を上げた彼は意外とケロっとしていて、私に言葉を返した。
「さ、俺はまた二次元の世界に帰るから。またな。」
「はーい!どうぞごゆっくり。」
ーきっとそのうち私は哲平と付き合って、未来は変わらないだろう。倫太郎なら私じゃなくてもきっと誰かと幸せになれるだろう、どうかなりますように。