もう一つの花束
駅まで一人の帰り道、急に土砂降りが降ってきた。
私はそのまま雨に濡れながら走り、倫太郎のことをずっと考えていた。
ー倫太郎と再会した日も雨が降っていた。確か初めて会った時も。
走馬灯のように、過去の彼との思い出が頭を過ぎていく。
ー私が彼に触れて幸せだと感じていた時、彼は何を考えていたのだろう?どうして私は彼の気持ちに気付いていながら、それを知ろうとしなかったんだろう?
駅に着いて雨だか涙だかずぶ濡れの私の前に、見慣れた高校生が駆け寄ってきて肩にスポーツタオルをかけてくれた。
「…絢斗。」
「せめて雨が降る前に帰ってこいよ。遅いよ。待ちくたびれた。」
「ん…待ってたの?」
「あー。うん。あのさ。」
絢斗の言葉に我に帰った私に彼を見ると、顔を紅らめて俯いていた。
そして彼は私の胸の前に粗雑に、花束を突き付けた。
「発表会の後に渡そうと思ったけど、渡せなかった。俺、梨子のことが好きだ。付き合ってほしい。」
ピンクのミニバラの花束は、こんな私に似つかわしくないくらい可愛いかった。
そして突然の絢斗の告白に、私は俯く彼の頭を撫でた。
まるで過去の自分を見ているかのようだった。
「ありがとう。私の話、聞いてくれない?」
「ん…?」
絢斗の気持ちは純粋に嬉しかった。
彼といるのは楽しいし好きだったーでもそれは友人として。
ー彼の気持ちに甘えることができたかもしれない。
でもそれじゃ、過去の私と倫太郎の関係になってしまう。
私達はそのままいつものファストフード店に行き、絢斗へ私が倫太郎を思う気持ちと今日起きた出来事を全て打ち明けた。
彼はいつものように揶揄うことなく、最後まで私の話を聞いてくれた。
そして彼の反応は意外なものだった。
「…梨子は、倫太郎先輩に気持ちを伝えないの?」
「伝えないよ。」
「…辛くない?ずっと我慢するの?」
「うん。倫太郎先輩が幸せなら、私はそれでいいよ。」
私は自己中心的な馬鹿だったから、過去に戻ってやり直さなければこんな風には思えなかった。
そして絢斗はこんな私に、過去も今も恋をしてくれた。
過去はたぶんというか絶対遊びだったけど。
私は彼と向き合い、ミニバラの花束を返した。
「だから、これはもらえない。」
「いや。この花には愛なんて込めてないから、もらってくれないか。」
「どういうこと?」
「ピンクのミニバラの花言葉は満足ー俺もただお前に気持ちを伝えたかっただけ。自己中心的なものだから。」
私はつい声を上げて、笑ってしまった。
あまりに柄にもないことを言うから、我慢できなかった。
絢斗は少し照れたようだが、咳払いをすると言った。
「俺のことキザだって思っただけだろ?俺、実は花屋の息子なの。」
「…そういうことか!」
「ちなみに向日葵の花言葉は、一途な思い。」
「そっか…まさに倫太郎先輩のことだね。」
ー倫太郎は今どうしているのだろうか。どうか夏帆さんと、夏帆さんじゃない人でも倫太郎がどうか幸せになりますように。
私はそう思ってやまなかった。
そして感嘆に浸る私に、絢斗は急に立ち上がり言った。
「さっ、お互い失恋記念にカラオケでも行こうぜ!」
「私は失恋ではないけど…てか私と?」
「だって梨子は俺の友人だよな?てか、俺がこれからプロテニスプレイヤーとして世間でモテモテになったとき、あのとき俺と付き合えばよかったなんて後悔すんなよ?」
「…結局俺様は変わらないねー。」
絢斗は辛いはずなのに、私を逆に元気付けてくれた。
彼の明るさに私は救われ、そして私達はいつもと変わらずカラオケに行った。
しかもその日はついオールナイトまでしてしまい、朝迎えに来た親に二人でこっぴどく怒られたのだった。