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7 来訪者

ちょっと長めです

 ものの数分で帰宅した俺を見て、師匠は嫌そうに何かを察した。普段ではあればそろそろ怒りの鉄槌のひとつは飛んできてもおかしくないのだが、流石にそんな短時間で諦めるほど俺がアホではないと理解してくれているようだ。


「森に何者かが侵入しているみたいだ。数にして五人は最低数いる。馬車を引いていることから、まだいる可能性がある」


 索敵魔法に引っ掛かったから目視は出来ていない、と伝える。

それを聞いて師匠が不機嫌になったと思えば、いきなりにこやかに笑い出すものだから、嫌な予感が脳裏を過ぎる。

もちろんそれは正解だった。

異様なまでの不気味な笑顔の師匠は、俺を指さしてこう言った。


「そいつら、倒してこい」


 その時の俺は、前世のブラック時代を思い出した。





 ――事前知識というものは必要不可欠だ。

それは仕事に限らず、ゲームから勉学に至るまで、全てにおいて重要である。

ビギナーズラックなんて文字通り運がよかっただけであって、二度三度も続くことは基本ない。

 そんな中、ど素人の超初心者が対等に手練と渡り合うには、見極めと知識が必要だ。

そして驕らぬこと。慢心は初心者ならずとも死を招く、よくあることだ。


 まずは敵勢力の正確な数を調べた。

人数にして六人。

剣士が二人、盾役が一人、回復役が一人、残りは――魔法使いだろう。パッと見では遠近のどちらの戦法使いか不明だ。勉強不足が祟るな。

 距離としては50メートル後方から探っているが気付かれない。索敵魔法を掛けながら歩いているようではないみたいだ。不用心だな。

気配遮断魔法とは言え、俺が使える低レベルのものだぞ。魔力がダダ漏れで師匠にはよくバレて怒られるんだが、振り向きもしないとは……。


 さて、こういったパーティを相手にする場合だと、まずは回復役を潰す。魔法使いが回復魔法を使えない可能性はゼロに近い訳で、優先順位としてはその次に潰すべき対象だろう。

剣士はさほど武器の長さはないようだし、近接戦に持ち込まれる前に倒せばいい。

盾役は――まぁどうにかなるだろう。


 肝心の自己治療だが、そもそも攻撃を負わなければいいという結論が出た。

これだけガチガチに固めたパーティ相手にそれが通じるかは別として、当たらぬよう努めるのが今回の立ち回りだ。

何度も言うが、俺が今治せるレベルは突き指程度の日常的な怪我のみ。実践で負うような切り傷打撲などは論外だ。

 だから出来れば隠密をとって、確実に一人ずつ仕留めていきたい。複数人に囲まれでもしたら終わりだ。範囲魔法を使えなくもないが、奴らに通じるかどうか……。


 などと考えていると、どうやら休憩に入るようで、馬車を停めていた。

このあたりは人がいないとは言え、モンスターや野生動物に襲われる可能性がある。……の割には警戒心が薄く、まるで小学校の遠足のようだ。

 回復役の女が背中のでかいバッグから何かを取り出したと思えば、重箱のようなランチボックス。……本当にこいつら、遠足で来ているんじゃないか?


「……!」


 索敵魔法に何かがヒットした。この感じ、よく覚えている。

 師匠に稽古をつけて貰って一週間ぐらい経った頃だろう。森の中にあるとある沼に放置されたことがある。そこには《沼猪(ぬましし)》と呼ばれる大猪が住んでいる。

その名の通り沼地に適して進化していて、自らのテリトリーである沼にかかった獲物を喰らって生きる肉食動物だ。

幼獣でも熊程度の大きさで、成獣になると小型のトラック程の大きさにもなる個体もいるという。当然だが元の世界にいた猪ですら人に死を与える程度には強いのだから、化物並に巨大な猪なんて勝てるわけがない。


 だがあの師匠は俺を沼へと置き去りにして家に帰った。

そこからは地獄だった。最初の頃はぬるい訓練ばかりだったとは言え、あの訓練は最も過酷だと思う。

 結局三日かけて幼獣を倒した。俺を回収しに来た師匠が襲ってきた親猪を魔法も使わず素手で殴り殺したものだから、この人には逆らっちゃいけないなんて思うようになった――ってなんの話をしているんだ。


 そうこのパーティを見つめる黒い影は、あの沼猪だった。

サイズ的には幼獣ではあるし、こんなガチガチのパーティなのだ。数分とかからず退治してくれるに違いない。

そして俺は疲れたパーティを倒して漁夫の利どころか、猪の肉も手に入れられて一石二鳥だ。

 猪肉か……、どうやって調理しよう。

師匠は俺の料理に過度の期待をしているからな……。猪って臭みが出るから気を付けないといけないんだっけ? 若い肉だから少しはマシなのかな。

ぱっと思いつくのは鍋だけど、洋風に調理してもいいかもしれな――


「きゃあああ!」


 ………ん?

回復役の女の悲鳴が耳に届いて、俺はとりあえず飯の思考から離れることにした。

再びパーティへ視線を戻せば、なんということだろう。あの幼獣に蹂躙され、盾役は既に死亡。その盾はまるで紙をカッターで切ったかのように綺麗に切れている。

それに怯えてしまった回復役はアタッカーの回復に回ることができず、パーティが完全に崩壊している。

 それなりの場数を踏んできたのか、剣士二人と魔法使いがなんとか戦ってはいるが、体力は削られていくばかりで全員が死ぬのも時間の問題だろう。

いくら普段から仲が良く連携が取れていたところで、一度崩れたものを修復できる立ち回りが出来なければ終わりだ。


 剣士の一人が沼猪の突進をモロに食らって倒れた。近くの木の幹に叩きつけられて、雑巾のようにズルズルと重力に任せて落ちていく。

ピクリとも動かなくなった彼は死んだだろうな。生きていても内蔵破裂に肋骨損傷、いずれ死ぬ。即死だっただけ彼にとっても優しい最期だろう。

 そうこうしている間に今度は遠距離攻撃を仕掛けている魔法使いの魔力が切れ始める。

今と同じ炎系魔法を連発できるのはせいぜい、五発が限界だろう。当たればいいが、あの幼獣はこの短い戦いの中で見切り始めている。残弾は全て避けられるに違いない。


 となると残されたのは剣士一人と、戦意喪失した使えない回復役だけ。

――沼猪の勝ちだ。

予想していた結果とは逆になったが、幼獣一匹殺すこと程度問題はない。師匠に回復を放置されたあの頃に比べれば遥かに俺は強くなった。

流石に師匠のようにワンパンで仕留めるのは難しいが、今の魔法と戦術を用いれば数分と掛からないだろう。


 剣士が倒れたところで俺は隠れていた木の上から降りた。

流石の猪はこちらに気づいていたようで、やっとか、みたいな表情でこちらを見る。


「はあ……。俺――豚系の動物、見た目が本当に嫌いなんだよな」


 異世界に来てまで思い出さないといけないだなんて、世知辛いな。

さっさと殺して忘れ去ろう。

それに師匠が待っているし、遅れれば殺されるという恐怖もある。


 俺はしゃがみ、地面に手を触れる。すると沼猪の足下の地面が沸騰してるかのようにブクブクと泡立って動き、終いには沼猪の四本足を覆い尽くした。

この足止め方法ではせいぜい五分が限界だろう。親個体であれば封じるのも難しいほどだ。


 沼猪に近付きながら、倒れている剣士から武器を調達する。魔法付与こそされてはないものの、軽いし扱いやすい。

本人こそ死んでしまったが、剣はまだ生きている。折れるどころか刃こぼれすらない。

勿体ないな、使用者に恵まれればもう少し戦えたものを。

 空を切ればヒュンと心地の良い音がする。

……そうだ、どうせ死んでいるし貰ってもいいだろう。そうそう、ドロップアイテムだ。俺が倒した訳じゃないが拾っても文句は言われないよな。死人に口なしと言うし。


 バキリ、と拘束していた地面の土が音を立てる。悠長に考えすぎたみたいだ。

とっとと終わらせて帰るとしよう。

 あちらは動くことは無い。ゆったりと歩いて近付けば、警戒心強めの鼻息が吹き付けられるがそれまでだ。

頭――脳から腹部にかけて真っ直ぐ剣をつき立てれば、沼猪が悲鳴を上げた。

グ、と力と魔力を込める。仕上げだ。


「――雷撃」


 沼猪の体を電撃が包んでいく。悲鳴なんぞ掻き消えるほどの強さでバチバチと音を立ててその幼獣を踏み躙る。

 さて、幼いとは言え強い相手だ。どれほど電撃を掛け続ければいいだろう。

俺の魔力は少ない方ではないが、やつの体力とを鑑みて死亡まで持っていってくれるだろうか。

 ほぼほぼ運試しの部分もあったが、暫くすると沼猪の声がやんだ。

電撃を止めれば、そこには丸焦げになって死んだ猪だけが残された。


 剣を引き抜くと、沼猪を拘束していた土がボロボロと崩れていく。拘束もギリギリだったか。時間にして四分弱と言ったところだろう。

五分と踏んでいたつもりだったが、やはり詰めが甘かったようだ。

師匠に満足してもらう為にも、もっと強くならないと。


 それはそうと、引き抜いた剣は無事だった。

割かし自分の持てる強い魔法を叩き込んだつもりだったが、まさか耐えるとは。

数回空中を切ってみるが音は健全。

いい拾い物をした。


「………、て、」

「ん?」


 声の方へ向いてみれば、そこには微かに息がある女がいた。多分これは――回復役の女だろう。

おおかた沼猪の攻撃を喰らう際に自信に回復魔法をかけて、最悪を免れたという感じだろう。死は免れたものの、沼猪の力に優る魔法を賭けられなかったようで、死んだ方がマシな状況だ。

そんな瀕死状態の中、振り絞って出した声。紡がれる言葉に耳を傾ける。


「それ……は、かえ……し、て」


 女が指差すのは、俺が持っていた剣であった。

剣を返して欲しいという女の要望に応えるとするかといえば、正直に話すとするならNOだ。どこの世界にドロップアイテムを返却する冒険者がいる? それともこのパーティは、殺した魔物がまだ息があって、命乞いをしてきた場合逃してやるのだろうか。

とは言えここはゲームの話じゃない。俺もこの人に何かされたわけじゃないしな。


「じっとして」


 手のひらを女へとかざす。骨の各所はボロボロに折れて、生きているのがよく分からない程の大怪我だ。内臓もやられているだろう。こんな状況を無詠唱で治すのは無理だ。

彼女が早々に死なないと信じて、詠唱を始める。柔らかい光が女を包んでゆっくりと身体を治していく。

 パーティがほぼ全滅のままなのは許してほしい。流石に死者を蘇らせる魔法は知らないからな。文献を読んだ限りじゃ、禁忌魔術として存在はするらしいけど。


 瀕死状態からの完治に掛かった時間は――十数分といったところだろうか。

やはり時間が掛かる。何よりも他人に施すのは初めてだったからかもしれない。自分に対して失敗したことはないが、万が一失敗したらどうなるんだろうと不安があった。

そのせいか知らないが、集中力が弱かったかもしれない。反省だ。


「荷物を持って帰れ。森にはもう来るな」


 女から返事はなかった。別に分かってくれればそれでいい。

さっさと死体を連れて国へと帰ればいいんだ。

まぁ師匠が倒してこなかった事に対して怒り狂うかもしれないが、美味い猪料理で黙らせるしかあるまい。

 未だに動かぬ女を一瞥して、俺は倒れている今日のメインディッシュに視線を移した。こいつをこのまま持って運ぶのは普通の人間では無理である。

成獣になるとトンを軽く越すレベルの重さになることがある。そんな生き物の子供だ。成人男性とて持てる重量ではない。

 そんな時に役に立つのは魔法だ。師匠に早い段階で教えてもらえた空間魔法である。

魔法で作成した特殊な《魔法空間》に収容する事で、重量や数を気にせずに運べるという力だ。これがあればカバンもなしに旅に出る事すら可能だ。

収容力は操る人間の魔力量に依存してしまう。師匠曰く、俺の魔力量であれば特に気にして使う必要はないという。どうやらそれなりに魔力はあるらしい。


 とは言え、やはり俺は未熟なようで、収容するのに時間を要してしまった。

この魔法は頻繁に使う故か回復魔法よりも時間は掛からなかったが、本来であれば一瞬で片付けられるとベストなんだろう。

収容が終わって振り向くと、そこに座り込んでいた回復役の女は消えていた。って、死体はそのままかよ。また戻ってきて回収してくれるといいけど。


 師匠の家に戻ると、腹を空かせた師匠がお出迎えしてくれた。正直に言えば腹を空かせすぎて半分キレている師匠なんだけど。

作り置きしていた軽食を与えて何とかなだめて、狩ってきた猪の調理を始めた。


 パーティの件は言わなかった。

だが、その判断が自分達を殺すことになるとは、俺は思ってもいなかった。

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