表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/92

5 ティーと俺 街へ

 改めて、いや何度でも言わせてもらおう。このマントはすごい。


 あれだけ俺に嫌悪の目を向けてきた守衛すら、会釈をし、長旅お疲れ様ですなんて言ってくれた。素晴らしい。

卵も石も飛んでこないし、水をかけられたりする事なんてもっとない。

快適って……普通って……凄いな……。

こんな形で《当たり前》に感謝する羽目になるとは、のうのうとバイト風情で生き延びていたあの頃は到底思うまい。


「手短に済ませるよ。手練の冒険者や旅人につかまって、面倒になりたいくないからね」


 確かに。ちょっと浮かれていた。

用事をこなして嫌われ者達はそそくさと帰ることに尽きる。

幸い用事のある鍛冶屋は、街に入ってすぐの場所だと聞くし、訓練用の剣を調達、あとは多少食材や錬金材料とかを手に入れて、帰ろう。


 うまくいけば昼前に帰れるだろう。

どうせなら街にある店でお昼を食べたいなんて思ったが、マントも脱がずに飲食なんて怪しいし、何より師匠が「NO」と言ったのだ。従うほかあるまい。


 しばらく歩いたら《鍛冶屋》と書かれた看板が見えた。

 俺がこの世界の文字が読めるのは、決して表記が日本語だからとか、翻訳魔法とかの効果ではない。師匠にこの世界の文字についても学んでいたのだ。

 師匠のスパルタ教育のお陰で、早い段階で助けを借りず本を読めるようになった。

それによって魔法の勉強も、自主学習が出来るようになった。

昼間は師匠直々に指導を受け、夜は本を読み呪文を――世界を知っていく、それが楽しかった。


 元々書店員なだけあって、本は好きだ。

読んでいる内容もまるでファンタジー小説を読んでいるような感覚で、ワクワクすることばかりだし。

 国には図書館があるし、行ってみたいとは思う。

でも、マントの存在を知った今でも、国に足を踏み入れるのが少し怖い。


 俺に向けられる奇異なものを見る視線。

明らかに聞こえる声で呟かれる陰口暴言罵倒の数々。

……思い出すだけで胃がキリキリと痛み、体調が悪くなる。


「どうしたんだい? 着いたよ」


 青ざめていた俺を見て、師匠が心配して声を掛けてくれた。

はっとして周りを見ると少し遠くに見えていた鍛冶屋の看板は、いつの間にか真上に来ていた。師匠について行きながら、思考を巡らせている内に着いていたようだ。


 扉を開けると、ドアベルがガランガランと音を立てた。

中は鉄の匂いとか革の匂いとか、防具や武器の素材の匂いが充満している。

壁一面に様々な武器が飾られていて、横には小さく値札が付いていた。


 師匠は店主に頼んでいたものを取りに行くと言って、入口近くに俺を置いてカウンターへ消えてしまった。

武器についてはまだよくわかっていない。練習用の剣も、師匠が選んだほうがいいだろう。

俺が変について行って邪魔になるのも嫌だし、この辺で武器でも見ていようか。


 それにしても、ここの品々は何か効果をエンチャントされているんだろうか?

性能はどれぐらいの刀剣なんだろう。

まだ未熟な俺は、物や人のステータスを確認するには、触れなければならなかった。

 気になった俺が目の前にあったダガーに触れようとした時、奥から怒号が聞こえた。


「ゴルァ! 坊主! 勝手に触んじゃねえ!」


 店自体がビリビリと揺れているように感じた。

カウンターまでそこまで近くはなく、入り口付近だったが、俺の耳は鼓膜が破かれるかと思うぐらいにダメージを受けた。

一種の魔法かと思った。だが、ただ単にでかい声だったようだ。


「すまないねマスター、あいつは僻地で育った男でね。アタシの弟子なんだ、大目に見てくれよ」


 なるほどそういう設定ね。ちょっと癪だけど、この世界について知らない事に関しては事実だし、適切だろう。

それにしても《弟子》か……実際言われると、ちょっとこそばゆいな。

……というか、俺、坊主って年でもないんだけど。

日本人は幼く見えると言うけど、やっぱり年相応に見えないのかな。まあ、武器屋の店主から見れば坊主か……。


 師匠が話すと、店主は俺に向けていた怒りを落ち着け、今度は師匠へ驚きの目を向けた。


「森に隠れて過ごしてる人嫌いなアンタが……弟子だって!?」


 正気か、それとも俺の耳がいかれちまったのか!? と話す店主。

事情も事情だから、人を寄せ付けないようにしていると、そういう認識になるのは仕方がない。

師匠は言い返そうともせずに、悲しそうに微笑むだけ。

店主も気付いたのか、バツが悪そうに頭を掻いた。


「訓練用の剣だっけ? 待っててくれ」


 逃げるように店主は店の奥へと消えていく。

 それにしても、師匠に人の繋がりもあったんだな。

マントを着てでの繋がりなんて、意味なんかない気がするけど。森でずっと一人だった事を考えると、少しはマシなのかもしれない。


 師匠がやけに落ち込んでいるように見える。ガサツそうに見えるが割と繊細なのだ。

だから俺は、こんな時にどう話しかけていいのか分からない。そっとしておくのが一番なんだろうか。


 後ずさりをしながら、師匠から離れていく。バレてはいるだろうが、気付かれないように。

 数歩下がったところで、ドン、と何かにぶつかった。

多分この感覚は人だろう。振り向くとそこにいたのは――


「清仁くん、大丈夫!?」

「あぁ、俺は問題ないよ。えっと、怪我はないですか?」


 聞き覚えのある日本人名、声。

ドクリ、と心臓が跳ねた。体全体の血液が一気に持っていかれるような、そんな感覚が走る。


 ――……っ!

こいつら……勇者パーティ……ッ!


 間違えるはずがない。《清仁》なんて日本人しか付けない名前だ。

しばらく見ていなかったからすっかり忘れていたが、それにしてもどうしてこんな庶民の店に――まさか、俺を探している?

同じ日本人として、少しは心配してくれているんだろうか。


「………大丈夫、だ」


 疑いながら小さく返事をする。召喚されてから、滅多に会話をしていないから、声なんて覚えていないはず。

それにこのマントの効果が働いているから、無害な一般市民に見えているはずだ。

……そうだと分かっていても、冷や汗が止まらず声が微かに震える。気づかないでくれ。


 清仁――平沢 清仁だったか。あの顔の良い、いけ好かない自称オタク。

よく見ればあの時怖がっていた朝日さんは、ピッタリと彼に付きまとい、時折笑顔を見せている。そしてその笑顔に含まれた感情まで、俺には何となく分かった。

 どうやら俺のいない間、相当に親睦を深めたようで、和気あいあいとしている。

四人で仲良く武器防具を見ている姿は、長い間苦楽を共にした《仲間》のように見て取れた。

そこに、本来であれば、俺もいたはずなのに。


 雰囲気からして、人探しをしているような感じではない。

ただ単純に商品を見にきた。それぐらいだ。


 少しでも期待をした俺が馬鹿だった。


 俺が失踪しても助けに来なかった連中だ。

そもそも街中の、しかも武器屋に、消えた仲間を探しに来る連中なんてどこにいるだろうか。

しかも俺は街から、世界から忌み嫌われた男。街中に匿ってくれるような()()()()()()()はそうそういるはずがない。


「おい」


 肩を強く掴まれ、声をかけられたところで、俺の思考は止まった。

振り返るとそこにいたのは、これまた一緒に召喚された最年少の中学生の少年・中島。

その表情は完全に俺を疑っている顔で、掴んだ肩を離そうとしない。


「さっきからなんだ? うちのメンバーを睨んで……」

「は? いや……別に……、いてっ」


 掴む力が強まる。幼いくせに力が強い……こいつらも、それなりに鍛え始めているって事なんだろうか。

 にしても、どうしてそんなに俺に執着するんだ。

ぶつかっただけだろうか。それにちゃんと謝って平沢との間では話は終わった。

もうこれ以上関わりを持つ必要はないだろう。

もしかしたら、こいつの適正職業の暗殺者が変に働いて、敏感になっているのか?


「厄災の影響で犯罪も増えている。うちのリーダーから何か盗んだりとかはしていないよな?」


 はあ? 濡れ衣だろうが!

そもそも盗んだように見えたのかよ。俺は背中をぶつかったのに、どうやって物を盗れってんだよ。

そうやって他の住民にも言ってるなら、勇者じゃなくて厄災じゃないのかよ。強請りの一種だな。


 俺がだんまりを突き通していると、諦めたのか突き飛ばすように肩から手を離した。

納得のいかない顔のまま、「次はないぞ」と捨て台詞を吐いて、平沢と朝日さんの元へ戻っていく。

何で何もしてないのに、次の為の忠告をされなくちゃならないんだ。

それにお前達となんて二度と会いたくもない。


「清仁くん、聞かなくていいの?」

「……美結は優しいな。でももうアイツが消えてひと月経つんだぞ? どこかで野垂れ死んでるよ」


 ………………。

 聞き捨てならないんだが。誰が、どこで、野垂れ死んでるって?

それに――ひと月? 思ったよりも年月は経過していない……師匠との毎日の内容が濃いからだろうか。


 年月はさて置き、こいつらは一緒にやって来た日本人なのに、俺を心配するどころか探しに行こうとも思わなかったらしい。


 それは本当に、これから世界を救うであろう勇者の発言として、如何なものか。

一瞬でも仲間であったとしても、これから打ち倒すべき相手と同類だと知ったから、放っておけという結論に至ったのか。

……いや、そもそも召喚された時に、俺に対して仲間という意識があったんだろうか。


「待たせたね、とっとと次の店に――どうしたんだい?」

「あ……、いや」


 剣を受け取った師匠が、俺のもとへやって来た。

師匠は何も言わない俺を見て、なにか察したのか、申し訳無さそうに黙った。

 どうして貴女がそんな顔をするんだ。

最初は嫌だったとは言え、自分の意思で師匠について来て街へ繰り出した。誘ったのは師匠だったけど、ここまで歩いたのは俺が考えた結界だ。


 二十数年生きていて、人のせいにするだとかそんな子供じみた事はしたくはない。

だから、この最悪で最低な再会も、自分のせいなんだ。

だから、貴女がそんなに悲しむ必要はないんだ。

……そう口にしたかった。でも出来なかった。


「なんでもない、行こう」

「……そうだね」


 ティー師匠は、帰りに少し良い食料をたくさん買ってくれた。

それはまるで、母親が頑張った子供に褒美を与えるかのようなものだった。

誤字等ありましたら報告ください……。

文字書きにあるまじき誤字王なので、ご一報頂けると助かります(直せよという気持ち)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ