5 ティーと俺 街へ
改めて、いや何度でも言わせてもらおう。このマントはすごい。
あれだけ俺に嫌悪の目を向けてきた守衛すら、会釈をし、長旅お疲れ様ですなんて言ってくれた。素晴らしい。
卵も石も飛んでこないし、水をかけられたりする事なんてもっとない。
快適って……普通って……凄いな……。
こんな形で《当たり前》に感謝する羽目になるとは、のうのうとバイト風情で生き延びていたあの頃は到底思うまい。
「手短に済ませるよ。手練の冒険者や旅人につかまって、面倒になりたいくないからね」
確かに。ちょっと浮かれていた。
用事をこなして嫌われ者達はそそくさと帰ることに尽きる。
幸い用事のある鍛冶屋は、街に入ってすぐの場所だと聞くし、訓練用の剣を調達、あとは多少食材や錬金材料とかを手に入れて、帰ろう。
うまくいけば昼前に帰れるだろう。
どうせなら街にある店でお昼を食べたいなんて思ったが、マントも脱がずに飲食なんて怪しいし、何より師匠が「NO」と言ったのだ。従うほかあるまい。
しばらく歩いたら《鍛冶屋》と書かれた看板が見えた。
俺がこの世界の文字が読めるのは、決して表記が日本語だからとか、翻訳魔法とかの効果ではない。師匠にこの世界の文字についても学んでいたのだ。
師匠のスパルタ教育のお陰で、早い段階で助けを借りず本を読めるようになった。
それによって魔法の勉強も、自主学習が出来るようになった。
昼間は師匠直々に指導を受け、夜は本を読み呪文を――世界を知っていく、それが楽しかった。
元々書店員なだけあって、本は好きだ。
読んでいる内容もまるでファンタジー小説を読んでいるような感覚で、ワクワクすることばかりだし。
国には図書館があるし、行ってみたいとは思う。
でも、マントの存在を知った今でも、国に足を踏み入れるのが少し怖い。
俺に向けられる奇異なものを見る視線。
明らかに聞こえる声で呟かれる陰口暴言罵倒の数々。
……思い出すだけで胃がキリキリと痛み、体調が悪くなる。
「どうしたんだい? 着いたよ」
青ざめていた俺を見て、師匠が心配して声を掛けてくれた。
はっとして周りを見ると少し遠くに見えていた鍛冶屋の看板は、いつの間にか真上に来ていた。師匠について行きながら、思考を巡らせている内に着いていたようだ。
扉を開けると、ドアベルがガランガランと音を立てた。
中は鉄の匂いとか革の匂いとか、防具や武器の素材の匂いが充満している。
壁一面に様々な武器が飾られていて、横には小さく値札が付いていた。
師匠は店主に頼んでいたものを取りに行くと言って、入口近くに俺を置いてカウンターへ消えてしまった。
武器についてはまだよくわかっていない。練習用の剣も、師匠が選んだほうがいいだろう。
俺が変について行って邪魔になるのも嫌だし、この辺で武器でも見ていようか。
それにしても、ここの品々は何か効果をエンチャントされているんだろうか?
性能はどれぐらいの刀剣なんだろう。
まだ未熟な俺は、物や人のステータスを確認するには、触れなければならなかった。
気になった俺が目の前にあったダガーに触れようとした時、奥から怒号が聞こえた。
「ゴルァ! 坊主! 勝手に触んじゃねえ!」
店自体がビリビリと揺れているように感じた。
カウンターまでそこまで近くはなく、入り口付近だったが、俺の耳は鼓膜が破かれるかと思うぐらいにダメージを受けた。
一種の魔法かと思った。だが、ただ単にでかい声だったようだ。
「すまないねマスター、あいつは僻地で育った男でね。アタシの弟子なんだ、大目に見てくれよ」
なるほどそういう設定ね。ちょっと癪だけど、この世界について知らない事に関しては事実だし、適切だろう。
それにしても《弟子》か……実際言われると、ちょっとこそばゆいな。
……というか、俺、坊主って年でもないんだけど。
日本人は幼く見えると言うけど、やっぱり年相応に見えないのかな。まあ、武器屋の店主から見れば坊主か……。
師匠が話すと、店主は俺に向けていた怒りを落ち着け、今度は師匠へ驚きの目を向けた。
「森に隠れて過ごしてる人嫌いなアンタが……弟子だって!?」
正気か、それとも俺の耳がいかれちまったのか!? と話す店主。
事情も事情だから、人を寄せ付けないようにしていると、そういう認識になるのは仕方がない。
師匠は言い返そうともせずに、悲しそうに微笑むだけ。
店主も気付いたのか、バツが悪そうに頭を掻いた。
「訓練用の剣だっけ? 待っててくれ」
逃げるように店主は店の奥へと消えていく。
それにしても、師匠に人の繋がりもあったんだな。
マントを着てでの繋がりなんて、意味なんかない気がするけど。森でずっと一人だった事を考えると、少しはマシなのかもしれない。
師匠がやけに落ち込んでいるように見える。ガサツそうに見えるが割と繊細なのだ。
だから俺は、こんな時にどう話しかけていいのか分からない。そっとしておくのが一番なんだろうか。
後ずさりをしながら、師匠から離れていく。バレてはいるだろうが、気付かれないように。
数歩下がったところで、ドン、と何かにぶつかった。
多分この感覚は人だろう。振り向くとそこにいたのは――
「清仁くん、大丈夫!?」
「あぁ、俺は問題ないよ。えっと、怪我はないですか?」
聞き覚えのある日本人名、声。
ドクリ、と心臓が跳ねた。体全体の血液が一気に持っていかれるような、そんな感覚が走る。
――……っ!
こいつら……勇者パーティ……ッ!
間違えるはずがない。《清仁》なんて日本人しか付けない名前だ。
しばらく見ていなかったからすっかり忘れていたが、それにしてもどうしてこんな庶民の店に――まさか、俺を探している?
同じ日本人として、少しは心配してくれているんだろうか。
「………大丈夫、だ」
疑いながら小さく返事をする。召喚されてから、滅多に会話をしていないから、声なんて覚えていないはず。
それにこのマントの効果が働いているから、無害な一般市民に見えているはずだ。
……そうだと分かっていても、冷や汗が止まらず声が微かに震える。気づかないでくれ。
清仁――平沢 清仁だったか。あの顔の良い、いけ好かない自称オタク。
よく見ればあの時怖がっていた朝日さんは、ピッタリと彼に付きまとい、時折笑顔を見せている。そしてその笑顔に含まれた感情まで、俺には何となく分かった。
どうやら俺のいない間、相当に親睦を深めたようで、和気あいあいとしている。
四人で仲良く武器防具を見ている姿は、長い間苦楽を共にした《仲間》のように見て取れた。
そこに、本来であれば、俺もいたはずなのに。
雰囲気からして、人探しをしているような感じではない。
ただ単純に商品を見にきた。それぐらいだ。
少しでも期待をした俺が馬鹿だった。
俺が失踪しても助けに来なかった連中だ。
そもそも街中の、しかも武器屋に、消えた仲間を探しに来る連中なんてどこにいるだろうか。
しかも俺は街から、世界から忌み嫌われた男。街中に匿ってくれるような頭のおかしい奴はそうそういるはずがない。
「おい」
肩を強く掴まれ、声をかけられたところで、俺の思考は止まった。
振り返るとそこにいたのは、これまた一緒に召喚された最年少の中学生の少年・中島。
その表情は完全に俺を疑っている顔で、掴んだ肩を離そうとしない。
「さっきからなんだ? うちのメンバーを睨んで……」
「は? いや……別に……、いてっ」
掴む力が強まる。幼いくせに力が強い……こいつらも、それなりに鍛え始めているって事なんだろうか。
にしても、どうしてそんなに俺に執着するんだ。
ぶつかっただけだろうか。それにちゃんと謝って平沢との間では話は終わった。
もうこれ以上関わりを持つ必要はないだろう。
もしかしたら、こいつの適正職業の暗殺者が変に働いて、敏感になっているのか?
「厄災の影響で犯罪も増えている。うちのリーダーから何か盗んだりとかはしていないよな?」
はあ? 濡れ衣だろうが!
そもそも盗んだように見えたのかよ。俺は背中をぶつかったのに、どうやって物を盗れってんだよ。
そうやって他の住民にも言ってるなら、勇者じゃなくて厄災じゃないのかよ。強請りの一種だな。
俺がだんまりを突き通していると、諦めたのか突き飛ばすように肩から手を離した。
納得のいかない顔のまま、「次はないぞ」と捨て台詞を吐いて、平沢と朝日さんの元へ戻っていく。
何で何もしてないのに、次の為の忠告をされなくちゃならないんだ。
それにお前達となんて二度と会いたくもない。
「清仁くん、聞かなくていいの?」
「……美結は優しいな。でももうアイツが消えてひと月経つんだぞ? どこかで野垂れ死んでるよ」
………………。
聞き捨てならないんだが。誰が、どこで、野垂れ死んでるって?
それに――ひと月? 思ったよりも年月は経過していない……師匠との毎日の内容が濃いからだろうか。
年月はさて置き、こいつらは一緒にやって来た日本人なのに、俺を心配するどころか探しに行こうとも思わなかったらしい。
それは本当に、これから世界を救うであろう勇者の発言として、如何なものか。
一瞬でも仲間であったとしても、これから打ち倒すべき相手と同類だと知ったから、放っておけという結論に至ったのか。
……いや、そもそも召喚された時に、俺に対して仲間という意識があったんだろうか。
「待たせたね、とっとと次の店に――どうしたんだい?」
「あ……、いや」
剣を受け取った師匠が、俺のもとへやって来た。
師匠は何も言わない俺を見て、なにか察したのか、申し訳無さそうに黙った。
どうして貴女がそんな顔をするんだ。
最初は嫌だったとは言え、自分の意思で師匠について来て街へ繰り出した。誘ったのは師匠だったけど、ここまで歩いたのは俺が考えた結界だ。
二十数年生きていて、人のせいにするだとかそんな子供じみた事はしたくはない。
だから、この最悪で最低な再会も、自分のせいなんだ。
だから、貴女がそんなに悲しむ必要はないんだ。
……そう口にしたかった。でも出来なかった。
「なんでもない、行こう」
「……そうだね」
ティー師匠は、帰りに少し良い食料をたくさん買ってくれた。
それはまるで、母親が頑張った子供に褒美を与えるかのようなものだった。
誤字等ありましたら報告ください……。
文字書きにあるまじき誤字王なので、ご一報頂けると助かります(直せよという気持ち)