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3 裏切り

「早くこいつをつまみだせ!」


 血相を変えた王国専属魔術師がそう言い放った。

俺に放つ言葉も先程までに使っていた丁重な敬語なんてどこへやら。勇者相手とは思えぬほどの見下したような喋り方だ。

《つまみだせ》?

一体どういう……?


 王国専属魔術師が叫んだせいで、なんだなんだ、と衛兵が押し寄せる。彼らも俺のステータスを見て目を丸くした。と、思えば、向けられたのは刃物と、殺意。


「私も初めて見ますが、よく見てみればおぞましい男ですね、ナガツカ様……いや、透明適性の愚者。」


 透明……?

ステータスを見直す。

適性職業の文字はなく、色が表示される欄はは透明。

さすがの俺も、衛兵に取り押さえられたこの状況で、チート勇者が出来るとは思えない。

というか、普通に考えて、やばいんじゃ……?


「あ、あの、透明って……」


 朝日さんが声を上げる。

怖がりだけど、ヒーラーだけあってやっぱり根は優しいんだ。俺の事を心配してくれているんだろうか。ちょっと感激で涙が出る。


 王国専属魔術師は、俺を睨みつけてから、朝日さんの方へ向いた。笑顔で。

なんだこの、まるで虫けらみたいな扱いは。


「はい、アサヒ様。透明適性は太古より危険視されている、言わば厄災側の人間なのです。」


 ………………。

………………………………………。

は?

厄災側の人間?

勇者として召喚されたのに? 嘘だろう?


「ま、待て待て、いや……何かの間違いだろ? あっちで死んで召喚されて、戦い強いられてんのに、なんで俺がこんな……」

「黙れ! 忌まわしい! 衛兵も何をしている、早くつまみ出せと言っているんだ!」


 二人の衛兵が俺を掴む。

突然の出来事に驚いているいるのか、一緒に召喚された四人は何も言わない。

俺はそのまま全く抵抗が出来ず、部屋はおろか、そのまま俺は城外へつまみ出された。


 いや、おかしい、なんだこれ。なんで。


絶対にあの宝玉がミスったかなにかでしょ。こんなことってあるか?

昔の透明の勇者か誰かががやらかしたのか知らないけど、俺はまだ何もしてないんだぞ。

ステータスだって平民と変わらないし。

魔法も覚えてすらない。


「い、入れてくれ、入れてください! まだこっちに来て数時間だぞ!? 金どころか何も……」

「透明のユウシャサマがなんか言っているぞ?」

「聞くな聞くな、悪魔に加担したと思われちまう」

「それもそうだな」


 城門の衛兵はこんな感じで話さえできなかった。

助けてくれる人を探すとしても、この世界にあてなんてない。とりあえず城下町へと降りてみるしかないか……。

頼み込めば宿の一つは取れるだろう……。

何も知らない土地で野宿なんぞごめんだ。


 城下町より距離のある小高い丘に設置された王城。街まで歩いて約一時間弱。

往来を見て気付いたが、どうやら街から城への行き来する為に馬車を使うようだ。しかし今の俺にそんないい代物はない。


 そして街に着いた結論から言って、最悪。

俺がせっせと歩いている内に、魔法か何かでお触れが出回ったらしく、俺が到着した頃には街中に俺の事が知れ渡っていた。


 助けを求めて親子連れに話しかければ、子供の手を引いて母親がいそいそと逃げるし、子供からは卵やら何やらが投げつけられた。

 入った店は全て断られ、宿も全滅。

町中を歩けばヒソヒソと陰口が聞こえ、通りすがりの知らない男に唾さえ吐きかけられた。


 ――なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ?


 異世界に来たから?

俺があの時、強盗に気づかれたから?

アルバイトに甘んじないで、正社員を本気で探せば良かった?

ブラックに入社しなきゃよかった?

 ……原因を考えたところで無意味だ。いま進行している現実を変えられるわけじゃない。


 とりあえず街から出よう。

卵やら何やらで体はベトベトだし、服も使い物にならないが、ここにいるだけ無駄だ。

 とは言っても行くあても行き先もわからない。

城下町を出てそのへんで野垂れ死にするしか、俺に未来はないんだろうか。


「……森」


 街の門を抜けると、目の前には道が数本。

すぐ先には森が広がっており、そちらに続く道と、ほかの村々、街々へと続く別の道。

 多分街に行くのは不正解だろう。

あれだけ忌み嫌われた《透明の勇者》なんだから、お触れはほかの地域へも伝えたはず。


「となると……」


 あの森でひっそりと死ぬしかない、か……。


 外が暗くなってきたのもあり、森に入るとさらに薄暗さが増した。

カラスの声や、風のせいでざわめく森の木々が、俺の不安を余計に煽る。

影になっているせいか、気温がだいぶ下がっているようで、シャツにパーカー、下はジーンズという春な格好の俺は寒さを感じ始める。


 確か住民に水もかけられたっけ。

乾いた衣服なら耐えられる寒さだと思うが、今の状態なら凍死も免れない。

他の皆は助けてくれるだろうか。

 ……いや、絶対無理だ。

あの驚きの顔には多分、俺を卑下する気持ちも混ざっていた。

それにたった数時間だけの仲だ。疎まれる存在に手を差し伸べるほど友情やら何やらは出来上がっていない。勇者とは言え結局は人間なんだから。


 それに四人もいるんだ。

俺なんか一人かけた所でなんら問題はないだろう。自分で言っていてなかなか悲しい。


「あでっ!」


 足に何かをぶつけたらしく、派手に転んだ。

イラつきながら足元を確認すれば、そこには変な風に突き出た木の根っこがあるでないか。

 何だか植物にすら見下された気持ちになり、無性に腹が立つ。

それに転んだ時の打ち所が悪かったのか、足がじくじくと痛み出した。立ち上がろうと試みるも、激痛で力が入らない。


 俺の終点はここか。


薄暗い森の中。

悪者には丁度いい最後なんじゃないか?

 木にもたれ掛かり、目を閉じる。

寒さで段々と眠くなってきた。このまま寝てる間に…死んで……しまいたい………。






 と、思った俺が次に目覚めたのは、今度こそベッドの上だった。

もしや今までの出来事は悪い夢だったのか。

 薄く開いた目をしっかりと開けると、病院のベッドではなかった。

天井は病院にありそうなものではなく、木目調。病院独特の薬品の匂いや、看護師の声、電子音は一切しない。


 ゆっくりと体を起こして見れば、そこはまだファンタジーの世界。

あぁ、どうやら夢ではなかったらしい。

 しかしながらここは誰の? どこの家?


「起きたかい」


 キョロキョロと見渡していると、突然やって来た声に驚く。

声の方へ向けば、そこには黒いローブに身を包み、艶やかな長い黒髪の女性が立っていた。その瞳は見たこともない紫色に輝いており、異世界ではこんな色の目もあるんだな、と感じた。


 この人の所には、お触れがやってきていないのだろうか?

倒れた俺を介抱してくれるだなんて、あの街にやられた行為から考えるとありえない。

それとも、俺が透明適性と知って、拷問にでも掛けるつもりなんだろうか?見たところ魔術師――のようだし、俺を何かしらの実験にかけるつもりという考えもあるかもしれない。


「腹、減ってないかい?」


 向けられた純粋な質問に、俺は唖然とした。


 俺のいた寝室は二階にある部屋のようだった。恐る恐る夕食を了承して連れてこられたのは、階下にある部屋。

 階段を降りると、そこが魔術師の家であると痛感できた。

壁にぶら下がる無数の薬草、魔物の部位、鉱石、その他諸々。

RPGで見るような素材が大量に部屋にあった。


 キッチンがあるであろう奥の部屋からは、スープのような暖かくいい匂いが流れてくる。

そう言えばこの世界に来てから何も口にしていなかった。

どれぐらい時間が経ったのか分からないが、相当歩いたし、ずいぶんと腹も減っていた。


「毒なんて入れちゃないよ。ささ、どんどんおたべ」


 俺がテーブルにつくと、木で作られたお皿にたっぷりとよそわれたスープが置かれた。

不器用なのかわざとなのか分からないが、入っている野菜のようなものはゴロゴロとしていて、逆にそれが食欲を煽る。

 目の前に美味そうなものを置かれた体は素直だ。腹からぐう、と音が鳴る。


「い、いただきます……」


 こちらも木で出来ているスプーンを手に取る。

湯気が出ている出来立てのスープを口に運び、喉を通り、胃に到達する。


 ……助けてもらって、料理まで頂いて、こういうことをいうのはなんだが……。

――味が、薄い。

いや食えないわけでもないし、美味い。匂いの通り不味くはない。

ただ、一つ欲していいのなら、なんだろう。そうだな、コショウが欲しい。異世界にないのは分かっているが、多分かけたら滅茶苦茶美味くなる。


「どうした? 不味いか?」

「いや……美味いことには美味いんだが、もう一味足したい…かな……。その、乾燥した黒い豆のようなスパイスはないだろうか?」


 俺が意を決して望みを言うと、彼女は驚いてみせた。

なぜこんな事を言うんだこの男は。そう思ったのだろう。

やはり、この世界にはコショウなんて……。


「黒コショウか?」


 あるの!?

ていうか呼び名も同じだったの!? 頑張って分かるように言った俺が馬鹿じゃん!


「だがあれはスパイスではないよ? どちらかといえば錬金術に用いる薬草だよ。前に試しに食ったが、ありゃあ辛くて食えたもんじゃないね」


 そりゃね。シナモンとかナツメグをそのまま食うバカはいない。

あれは掛けて、混ぜて云々して成り立つんだから。香り付けってやつなんだぜ。


「まあいいや……。じゃあコショウと、すり鉢とか貸してくれ」


 不思議そうにしていたが、俺の言う通りに頼んだものを渡してくれた。もしかしなくてもいい人か?

だいたいコショウは砕かれて使うもの。荒さによって風味や辛みが変わってくるが、そんなことは今はこだわっていられまい。

 貰った黒コショウをすり潰していく。

自宅にあったコショウを思い浮かべながら、もう少し潰そうかなんて考える。


 5分弱だろうか。

いい感じに潰された黒いつぶつぶを見て、我ながら満足。

ひとつまみつまんで、スープへ。

コショウのいい香りが立ち込める。


「なんだい、美味そうじゃないか」


 女性は俺のスープをのぞき込む。

見たことも無い使い方に驚きはしているものの、興味が勝っているようだ。


「俺の住んでた所では、香り付けのスパイスとして用いられていたんだ」


 キラキラと目を輝かせ、女性はキッチンへ走る。

小鉢にスープを入れたものを持ってきて、「アタシにもおくれよ!」と強請る。

年寄りみたいな喋り方のくせに、少し子供っぽさを見出して笑いが零れた。


 あんな迫害があったのが嘘みたいだ。


 彼女も、俺が透明の勇者だと知ったら、きっと追い出すに違いない。

だがこんな居心地のいい場所から追い出されてしまったら、本当に今度こそ路頭に迷い死んでしまう。


 かと言って、今は倒れていた所を助けられただけ。

いずれは出て言ってくれ、そう言われるはずだ。

彼女との何か強い絆とか繋がりがある訳でもないし、俺は言われたらそのまま従う他ない。


「アンタ、透明の奴だろ?」

「ぶっ!? ゲホッ、ゴホッ!」


 なんだ!? なんで!?

いつバレた!?

まさかもう衛兵に通報済みで、俺をとどまらせて逃げないようにしていたのか!?


 吹き出したスープで汚れた口元を拭いながら、ゆっくりと立とうとする。


「座んな。誰にも言っちゃないよ。その様子だと、何にも聞かされないままほっぽり出されたみたいじゃないか、教えてやるから黙って飯食ってな」


 落ち着いた声で俺を諭す。

さっきの無邪気さといい、演技ではないのだろうか。


 ……ここは従っておこう。

よくよく考えたら、彼女は魔術師のようだし、下手に抵抗して危害を加えられでもしたら恐ろしい。

 彼女は、スプーンを置いてナプキンで口を拭うと、話を始めた。


 名前を、ティー=アウルシと言うそうだ。

元々は、俺を追い出したあの国に仕えている力のある魔術師だった。

だがある時、ティーを妬んだ魔術師が彼女を冤罪にかけて貶め、国から追放。逃亡生活を余儀なくされた。

 理由は違えど、勝手な思い込みと理不尽な権力で迫害を受けたと言う境遇は、俺と一致する。


 また、ある程度熟練度のある魔術師だと、相手のステータスの確認ができるらしい。

 おおかた、死にかけて倒れている透明適性の俺を見て、昔の自分でも重ねたのだろう。


 ちなみに今俺達の居るこの家は、周りに結界が張られており、国でも指折りの名のある魔術師が近くまで来ないと感知できないそうだ。


 世界の状況と、ティーの境遇を聞かされたところで、俺に行く場所はない。

そう伝えると、


「ならアタシの手伝いをすりゃいい、そしたらここに置いといたげるよ」


 こうして、俺とティー師匠の生活が始まった。


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