40 新たな仲間
単刀直入に言えば、マルンは奴隷になった。誰のと言えばもちろん、アヴィのだ。アヴィとマルンは犬猿の仲と形容しても問題無い間柄だが、アヴィは自分でマルンを管理できるのであれば、契約なんて何度でもしてもいいとのことだった。
さながら中間管理職といったところだな。
「パパに旅に出ていいか聞いてくるね!」
「パパ?」
いや、たった一言で疑問点が多く湧きすぎだ。というか、許可が必要なら契約を結ぶ前に言え。もう最悪、いざとなったら父親に幻惑魔法でもかけるしか……。
頭を抱えながらマルンについていくと、意外と近い場所にマルンの家はあった。どうやら鍛冶屋を営んでいるようで、結構大きめな看板があった。
「この店なら有名だぞ」
「そうなのか」
国へ剣を用意したこともあるいい腕の鍛冶屋だそうだ。店主は昔気質というか厳格な人間で、マルンもそれが嫌だという。
母親はバリバリのキャリアウーマンとでも言っておけばいいだろう。王城で働く優秀なエルフだという。
マルンはハーフだった。鍛治を学びに来ていた父親の人間と、母親のエルフは恋に落ち、マルンが生まれた。
エルフの国で店を構えている人間なんて物珍しく見られることもあるが、国有数の刀鍛冶となった今では関係のないことだった。そんな偉大な父親ではあるものの、マルンにとってはただの口煩い親でしかなかったようだ。
「俺は暗殺用しか使わないからな。ここの店のは合わない」
腰から短剣を取り出してヒュンヒュンと扱ってみせる。その風を切る音は心地が良い。
俺達が話し込んでいると、マルンが父親を連れてきた。
「娘を貰うだと?」
語弊があるようだ。というか、伝達をあの娘に全部任せた俺も悪いが、なんて言って連れてきたんだよ。あきらかに殺意マシマシじゃねえか。
筋肉質な両腕を組んで、人間にしては高身長なその父親は俺を威圧し始める。
「王子様がマルンを必要としてるの!」
「ぶふっ」
語弊にさらに誤解を重ねるな。ジースも笑ってるし、アヴィは死ぬほど怖い顔でこっちを見ているし。俺の胃が痛い。
とりあえず言葉で話して通じるといいが。なんかすごい過保護そうだし。
「俺に勝ったらな」
俺への威圧をやめることなく言った。勝ったら。つまり、これからこの男と勝負をすればいい。それでマルンを連れ出すことを許してくれる。まぁ普通に考えて剣技だろう。
師匠から習ったあの程度で何とかなればいいんだが……。
鍛冶場の裏には道場のような場所があった。どうやら、休みの日には子供達に剣技を教えているらしい。今回の決闘(?)で用いるのも、訓練用の木製の剣だ。まぁお互いに怪我をしたら困るもんな。
あっちは俺を殺す気もありそうだけど。
マルンの父親から受け取った剣を眺めていると、マルンが心配そうに駆け寄ってきた。言葉を詰まらせてもごもごと話している。
「あ、あのね、パパ、凄く強くて……」
大盾に選ばれた少女が言う⦅強い⦆とは、一体どれほどなのだろうか。とりあえず身内からの忠告はありがたく頂戴しよう。
ジースと手合わせした時は全く歯が立たなかったからなぁ。今回の試合も魔法を使ったらダメだろうし、剣一本で何とかできるかどうか。
チラリ、と準備運動をしているところをみる。素振りですら木が切れそうな音がしている。はてさて、魔法を封じられた俺に勝てる見込みがあるのだろうか。
せめて五体満足で終わらせたいところだ。練習用の剣で体が切れたりはしないよな……?
「お前の親父は消えたりするか?」
「消え……? パパは人間だからそんなこと出来ないよ」
なるほど、ジースは人間じゃない……と。話が逸れたが目にも見えぬほどの瞬間移動や、気配遮断魔法を使わないのなら、少しは勝機が見えてきた。
少なくとも見えるのであれば対策が練れる。
なんて考えているうちに、試合が始まろうとしていた。
俺達は定位置に立ち、向かい合うようにして合図を待った。合図を出すのはマルンが自ら名乗り出た。
アヴィとジースはと言うと、その辺で買ってきた軽食を頬張りながらこちらを見ている。何もしない人間は余裕でいいな、という怒りの視線を投げながら俺は合図を待った。
「はじめ!」
道場内にマルンの声が響く。真っ先に俺は走って距離を詰めた。マルンの父親は腰に手を当て、ただ待つだけだ。
スキが大有りに見えるが、もしかすると俺を油断させて倒す作戦なのかもしれない。慎重に攻めなければ。
父親まであと一歩、というところで俺は出来る限りの高速で瞬間移動する。ジースはあくびをしていたし、アヴィにすら捉えられるレベルの遅さだった。
瞬間的に父親の背後へと回る。狙いは首元。軽く当てるレベルで考えていたが、マルンの父親は全く防ごうとする気配がなかった。
またも俺を油断させて奇襲――反撃をするつもりなのか。いや、ここはあえて引っかかってみよう。
首元を薙げば、ゴン、という重々しい音がして攻撃が通る。そのまま勢いで前方へと吹き飛び、壁にぶち当たって父親は動かなくなった。
「は?」
まさか弱いフリか? 俺は剣を握り直して、マルンの父親の出方を待った。いきなり動き出して俺に攻撃を繰り出すのかもしれない。
だが壁に当たったその体は、数秒、十数秒と経過しても動くことはない。
マルンが確認しに近寄ってこう言った。
「伸びちゃってる」
試合から数時間後――
やっと父親が気絶から目覚めた頃には、とっぷりと日が暮れていた。俺達はギルドへの手続きや宿の確保を済ませて、飯まで食った上で再度この家に戻ってきていた。
「パパあんなに弱いんだね」
「パパは強いぞ!? 教え子だっているし!!」
娘の落胆したこの顔。理想としていた男の一人である父親が、そこらへんのようわからん仮面を被った男にまんまとブチのめされたのだ。がっかりもするだろう。
そんな娘の中の落ちに落ちた信頼を、どうやって取り戻そうか。
さて、しかしこれでマルンが俺達に同行して問題ないということになったわけだ。
「でもダメだ! マルンはやれん!」
「男に二言はないんでしょ!? 嘘つくパパなんてだいっきらい!」
「ガーーーン!!」
家族の茶番を見せられた俺達三人は、同じタイミングでため息をついた。
活動時間が五時間早くなったのでしんどいです。
関係ない話ですが、先日完全趣味小説を投稿したので、もしよろしければ御覧ください。
こちらは不定期です。