39 スイ国への上陸
スイ国へ戻る際も、特に嵐に見舞われることなく無事に入国が完了した。
船を降りると、そこにはヨーロッパにありそうな白く美しい家々が建ち並んでいた。海の青さと相まって、異国感が強調される。
そんなことに感動していると、一台の馬車と騎士達がやってきた。
「良くやった、冒険者」
俺も態度がいい方じゃないが、役員といい多少偉い地位にある奴らはみんなこんなもんなのか? ものすごく見下して喋るじゃないか。
接客しててもたまにいるような、お客様は神様だと思ってるあの類のすごい無礼な客と似た匂いがする。店員だからってタメ口で話かけやがって。
おっと、話が逸れた。彼らの主張をきこうとしよう。
「姫を。国王がお呼びだ」
こちらの返事を聞く前に、強引に姫を引っ張って馬車へと乗せた。やはり国は美しくても、人間は腐っているのか。どこの国も駄目らしい。
姫だと言うのに扱いがまるで奴隷だ。
「なんで!? 早すぎる! ひどいよ!」
「黙れ。下民の分際で口を出すな」
今の差別発言に、アヴィがムッと顔をしかめる。
マルンの抗議も虚しく、姫君はこちらの言い分も通されずにそのまま連れさらわれた。マルンは不満そうに小さくなって行く馬車を見つめていた。
さて、俺達の仕事は終わってしまった。礼とは言われたものの雑だったし……。もう護衛は必要ないし、気が済むまでこの国を探索させて貰おうか。そもそも国は違うがギルドは存在するんだろうか。
「おねがい、リンを助けて」
歩き出そうとした時、マルンがか細い声で言った。俺に対して「王子様」と擦り寄ってきた時の声なんて、嘘だったかのように。
服の裾をギュッと掴んで、俯いて話す。体も声も震えていた。
「今の国がおかしいのも、リンのパパがわるいの。パパを戻して」
回りくどい言い方だが、つまり彼女が言いたいのはこうだ。
今の国王は何かしら悪いことがあって気が触れてしまった、と。王が元に戻れば、リン姫に対する横暴も消えるということ。それの手伝いを俺達にして欲しい、そう言っているのだろう。
マルンは何も言わない俺達に話を続けた。国王のこと、国の変化。昔は優しかった国王が、まるで取り憑かれたかのように人が変わっていったこと。
そんな国王と結ばれた女王は社交的で大らかで、お似合いの二人だった。
いつしか国王はリンに対して厳しく、束縛的で心配症へと変わっていった。今回のリン姫のお忍びも、母親が考案したことだった。
だが父親である国王は猛反対したという。昔ならばあり得ないことだ。
今回何かあれば、姫を二度と国から出さないという約束の上で、彼女を国からだした。……そしてこの事件だ。国王は姫を国から出すことはないだろう。
「よう、どうした? 最寄りのギルドで色々手続きしたから行こうぜ」
船を降りてすぐに何処かへ消えていたジースが戻ってきた。どうやらギルドの場所を知っていたようで、宿などの手続きをしてくれていたようだ。
なんか見たことない財布を広げて物色しているのが見えたが、後でアヴィに言って貰って返させないとな。
「カズヒロ様、大盾の件お忘れじゃないですか?」
ヒソヒソと小声で俺に話すアヴィ。もちろん忘れてない。思い出したくないだけだ。
この少女があんな性格じゃなければ、洗脳してでも仲間に取り入れていたものを。正直そこまで女の子に耐性がつくような人生を歩んできたわけじゃないし、こんなにぐいぐいくる女なんて会ったこともない。
「ねえ、冒険者なんでしょ!?」
キーンと大声が響く。ここは昼間の往来。もちろんこの辺にいた人間は俺に視線をよこした。大声を出して男に詰め寄る女がいたら、そりゃあ注目の的にもなる。
俺は目立ちたくないというのに……。
わざとらしく大きめのため息を吐いて、俺は話だけ聞くことにした。
「わかったわかったから……」
「あのね、あのね、王様はね――」
話を簡単にまとめるとこうだった。
王は博愛主義とも言えるような人間で、奴隷が大の嫌い。全ての生き物は平等だという甘っちょろい考えの持ち主だったそうだ。
剣も芸術品として作っていたのに、今となっては戦に使われて心底苦しんでいた。
そんな平和を愛する王がいきなり暴君へと変貌を遂げたのは、伝説の剣に魅入られてしまったからなのでは。そういう噂が流れていた。
伝説の剣――星の孤剣は、その名の通り、地上に落ちた星で剣を打ったかのような輝きと美しさを誇る。その美しさは人を虜にさせ、悪魔のような考えを持つ人間へと陥れるという。
スイ国にあるというのは噂にすぎない、と国は言うが、実際のところ王の変貌を見て国民が信じることはなかった。
「だから、見つけて壊して!」
「いや、あのなあ……」
「いいじゃねーの、俺達の目的も剣だし」
ポロッと喋るジース。どうせ仲間に入れるからと楽観的すぎないか? そんな話をきいて、マルンは目を丸くして俺達を見つめた。
「王子様……、剣が欲しいの!?」
「まぁ……」
「ダメだよ! あれは人を殺すの!!」
泣きそうになりながら力説する少女。巷では相当な噂が流れているようだ。だが人を殺す、と言うのはいわゆる遺物達の⦅防衛機能⦆じゃなかろうか。
確かにアヴィの戦斧に触れた時、死にかけた思い出がある。
それでなければ、今所持している二人は死んでいるはずだ。やはり、適性ではない選ばれていない人間が触れたことによる、防衛なんだと思う。
とはいえ俺が選ばれるかというわけでもないのだが。
「おねがい、何でもするから」
「何でも?」
思いもよらぬ言葉ににやけてしまった。言質なんて取れないが、聞いたからには忘れないぞ。自分の発言には責任を持つんだな。
何でもする、そう言われたら俺の答えは一つしかない。俯いて震えるマルンに対して、非人道的なお願いをしようじゃないか。
「ねえ、ジース。私これどこかで見たことがあります」
「奇遇だな、俺もだよ。アヴィ様」