36 ゼッド戦Ⅱ
「こ、ロす!!!!」
魔力オーラを纏ったゼッドが、ゆっくりと歩みを進める。その一歩一歩が重たく、地響きのようにズシンと森中を震わせた。
いくら雑魚とはいえ、元はチームメイト。ジースには無関心なゼッドではあったが、心がないわけではない。見知らぬ誰かに呪術を施され、自我を失い仲間を殺した。そんな彼に同情しないわけがない。
今まで仕事で数多もの人間に手をかけてきた男の思う言葉ではないのは確かだ。図々しいとも言えよう。
その彼の持つのは、彼が最近手に入れて気に入っている弓。勇者の遺物。名を風の弓箭と言った。それは軽くしなやかでなおかつ正確。
弓箭の名の通り機能は弓と矢である。
矢は四種類あり、主人の思った矢が自動で装填される。通常の矢、炎の矢、毒矢、そして陰陽の矢だ。
通常の矢とはいえども、その性能は他の弓矢に比べて遥かに早く、風の如く射抜く。炎は耐えることなく、毒矢の毒は並大抵の生き物は抵抗する術がない。
そして陰陽の矢は相手を選び、闇か光の属性攻撃を通す。魔物であれば光になり、それでなければ闇となる。
「背中の剣が泣いてるぜ、ゼッド」
彼のアイデンティティでもある「皆紅」は、彼が万人斬りを達成したから赤く染まったと噂されているが、実際は違う。
素材となった炎を操るレッドドラゴンの鱗の影響で、剣身が赤く燃えるように染まっているからだ。
その剣は炎を纏い、骨をも溶かすほどと言われたほどの逸品。とはいうものの、人を切ったことはジースも見たことはなかった。
だがジースがそんな言葉を放ったのは、やっと互角――それ以上に渡り合えるようになったのに、使うのは剣でもなく命を削って生み出した魔力だからだ。
彼は弓に通常の矢を装填した。弓を軽く引き、ゼッドへと撃つ。ある程度ズレていても多少の修正を加えてくれるのは、この弓の便利な部分だ。
言うなればホーミング弓とでも言おうか。
しかしながら放った矢はゼッドに刺さることはなかった。血液で出来た右腕が変形し、盾の形を生み出した。
カキン、と虚しい音がして、矢は草むらへと消えていく。
「おいおい、なんでもアリかよ」
となると次に試すのは、炎か毒か――と言いたいところだが、そんな時間もない。お試しタイムに長々と付き合ってくれそうな雰囲気でもないし、ジースはちゃっちゃと弓に陰陽の矢を装填した。
ゼッドの荒い打撃をかわしつつ、隙を見て矢を撃ち込む。今度も腕を盾に変えてガードしたようだが、弾かれることはなく矢が深々と腕に刺さった。
淡く柔らかな光を帯びたその矢は、光の矢へと変化していた。ジースの中で、闇属性が効いてくれと少し思っていた部分があった。だがそれも儚く消えた。
ゼッドは完全に魔物化していた。悲しいことだがこうなってしまったからには、残すのは死ぬことだけだ。生かしておいても暴走の一途を辿るだけ。
殺して楽にしてあげた方が良い。
「が、ァアあ、ぁあアァアア!!!!!!!」
矢が刺さった部分から滴る血液。それは次第に上空へと集まっていく。そして徐々に細長い何かを形成して、幾つも幾つも上空に生成されていく。
それは鋭い――矢へと変化した。数からして数十本。鋭い切っ先は、ジースと……カズヒロへと向いていた。
「うっそだろ」
ジース一人だけならば、この数であれば避けきれる。しかし彼が任されたことは、カズヒロが安全に魔法を展開完了出来るよう、時間を稼ぐことであった。
このままでは二人もろともやられてしまう。いや、ジースは避けられるから一人だが。
もちろん魔物化したゼッドが遠慮などするわけがない。血液の矢は当然のように攻撃を始めた。
その時、ドドンと後方で響く音がした。次の瞬間、戦斧を携えたアヴィが空から降ってくる。
まるでスーパーヒーローの如く、カズヒロの前に着地してその持っている戦斧を巨大化させた。
血液の矢はまるで雨のように彼らを射抜いていく。とはいえ、ジースはすべてをかわしているし、アヴィは巨大化させた斧で全部防いでいる。
やがて戦斧に矢が当たる音が消え、用意された矢が全て撃ち終わった。
「アヴィ様、助かる」
「いーえ! 全く……ひっさびさに――痛い攻撃でしたよ」
戦斧をくるりと回すと、斧は元のサイズへと戻った。戦闘経験はさることながら、斧の扱いで言えば彼女の右に出るものはいないのではないか、というほど華麗な裁きだ。
「大丈夫か?」
「はい。ちょっと休んだら治りました」
なんて話していると、ゼッドは再び戦闘態勢に入った。ジースには全て避けられ、アヴィには攻撃を防がれた。
遠距離攻撃は効かないと判断したのか、今度は肉弾戦へと持ち込もうとしている。腕に魔力を注いで、魔力で出来た膜を纏って拳を強化した。
「早く仲間のもとへ送ってやろう」
「……はい」
ギュ、と斧を持つ手に力が籠る。直接人を殺す経験がないアヴィは、彼にとどめを刺すという覚悟がまだ出来ていないのだろう。
それを見たジースはため息交じりに言った。
「俺らが死ぬか、アイツを殺すかだ。選べ」
それだけ言うとアヴィを見もせずに、ゼッドへまた弓を向ける。いくら淡白な関係だったとはいえ、元仲間を殺すのだ。ジースもそれなりの覚悟をしているだろう。
人殺しは仕事で慣れていたとはいえ、多少は罪悪感なり感じているはずだ。
アヴィはキッとゼッドだったものを睨みつける。うじうじと悩んでいる暇はない。彼女は決めたのだ。命を救ってもらった、初めて自分に光をくれた人。カズヒロに忠義を。
「ぁあああぁあぁ!!」
斧を強く握り直して、ゼッドへと走っていく。まだ《人間》である左腕めがけて、思い切り斧を薙ぐ。
いつの間にか、ゼッドの腕は血液で固められており、アヴィの一撃は簡単に受け止められてしまった。そのままアヴィを振り払おうと腕を激しく振ろうと動くが、間一髪、左腕を蹴り上げて宙へと高く跳躍した。
ゼッドが跳んだアヴィに夢中になっているうちに、ジースが首元に陰陽の矢を撃ち込んだ。首に深々と刺さった矢を抜くが、数回と繰り返された光属性のダメージは蓄積していた。いくら魔物化していても、視界が良好でなくなっているくらいは、ゼッドにはわかる。
首より流れ落ちる血液が、地面へと染みる。ふらつく足取りを見て、二人は次の攻撃までまだしばらくあると二人は判断した。
「出来た……!」
二人の背後で声がした。カズヒロだ。最初のカズヒロの頼み通り、二分弱経過していた。
おすすめ映画は「ウエストワールド」です。
73年の方。
ユル・ブリンナーの演技が最高。




