29 交錯
――ティアフォールド王国、某訓練場。
そこでは勇者として召喚された人達が訓練を行っていた。
「お疲れ様、キヨヒトくん」
汗をかいて特訓に挑む青年・キヨヒトに、その女・ミユは差し入れを入れた。彼女も勇者一行で訓練をしていないわけじゃないが、彼らのように前線で戦う者とは異なっていた。
後方支援がメインの為、あまり彼らの訓練に加わることがなかった。代わりに、彼らが休んでいる時に王国魔術師と、魔力の流れや座学などで勉学に励んでいた。
「ありがとう、ミユ」
勇者一行が聞かされた話では、未だに《厄災》の動きがないという。細やかな魔物はいつもどおり蔓延ってはいるものの、厄災の使役する強力な魔物達はまだ姿を見せていないそうだ。
弱い魔物でも倒して慣れたい、と申し出たものの、まだ力が及ばないと言われ断られるのが続いていた。いくら勇者として召喚されたといえ、今まで戦いのない世界にいたのだ。念入りな準備が必要だ。そう言われたのだ。
正論であるがために、キヨヒト達も反論には至らなかった。
厄災が動き出す時間は明確ではない。いつ襲って来るかもわからない。全ては厄災を支配する王の気分らしいが、それまでに本当に強くなれるのだろうか、という懸念もあった。
しかしながら初めてこの世界に来た日から比べれば、遥かに強くなっているのは確かであった。
今や騎士団長と互角に渡り合えるほどに強くなっているのだ。
だったら外に出て実際に戦ってみたい……とは思うものの、国的には大切な勇者様が簡単な死なれては困るのだろう。未だに防壁より外へ出たことがなかった。
あの厄災の男を除いては。
彼の消息は未だに分かっていなかった。国の近辺で死体も上がらず、匿われていると推測していた森の魔女の住処にも居なかった。
「……キヨヒトくん?」
「なあ、ミユ」
「うん?」
「あの男……長塚は、やっぱり魔王とかそっち側の人間になったと思う?」
「……わかんない」
キヨヒトは、正直長塚と敵対したくはなかった。でも、世界を救うという使命がある。それが元いた世界の仲間を殺すことになろうが。
「気にしないでいいんじゃない?」
「きゃ!?」
「あ……ごめん」
突然現れた少年に、ミユは驚いた。隠密を解かぬまま2人に近付いたのだから当然だ。
彼・ヨシヤの暗殺者という適正職業を利用したその隠密は見事なものだった。
「おい、ミユを驚かすなよ」
「悪かったって……。そろそろ飯にしよう」
「オッケー。行こう、ミユ」
「う、うん!」
正直に言えば、この王宮での生活は彼らにとって最高だった。言えば何でも出てくるし、金にも困らない。城下町までであれば行き来も自由だし、勇者という権限は絶大だ。
顔も割れているから、街を歩くだけで女の黄色い悲鳴が飛ぶし、子供がヒーローを見るかのように憧れている。
まだ何もしていないのに。
承認欲求は満たされまくりのいい身分だった。
それにもちろん強い。勇者として召喚されただけあって、冒険者達とは段違いの強さだった。
適正色が数色あるのも凄いらしく、特にキヨヒトはパーティの中でも強かった。
城内へと踏み入れ、慣れた廊下を歩いていく。すると、前方から見覚えのある騎士が走って来るのが見えた。騎士団長の直属の部下だろう。
どうでもいい相手(女じゃないし)、キヨヒトはこれと言って名前を覚えていなかった。
「キヨヒト様! 皆様もお揃いで……。団長殿がお話があるとの事です!」
「話? なんだろ」
一同は食堂ではなく、団長の個室へと向かうこととなった。部屋へと向かう道中で最後の仲間の一人・ショウジロウを拾って合流する。
彼は盾役としての練習があるのにも関わらず、もうひとつの適正職である錬金術師の特訓ばかりをしている。戦闘に赴きたくない気持ちもわかるが、あまりにも後ろ向きではキヨヒトからため息がこぼれるだけだった。
しばらくすると、普通の貴族に与えられそうな高級そうな部屋にたどり着く。騎士団長はこれといって貴族などではないが、彼の今までの成績から何からをひっくるめて、それと同等の扱いを受けているらしい。
彼曰く「過剰だ」とのことらしいが。
部屋の扉を開けると、絶賛デスクワーク中の騎士団長・クローザ・モーカーズがそこにはいた。
「失礼します」
「おう、来たか」
クローザはいつもの甲冑を身につけておらず、デスクワークに向いたスーツのような格好をしていた。こんな格好もするんだなぁ、とみな思った。椅子から立ち上がって勇者一行に「まあ座れ」と促す。
広い部屋には仕事用の机と、客用のテーブルがあった。一人がけのソファにキヨヒトが座り、複数人座れるソファに残りの三人が座った。
「では私はこれで」
「あぁ、ご苦労だった」
ここまで案内してくれたクローザの部下は退室していく。クローザは座ることなく、勇者一行に話を始めた。
「急だがお前達に任務を頼みたい」
それだけ言うと、静かだった部屋はざわつき始めた。やっと実戦だと思ったら、訓練なんかじゃなくて任務。今まで城内で訓練しかしてこなかった一行は驚いた。
クローザはさらに詳細を話していく。
その内容は、スイ国の姫奪還作戦そのものだった。
初めて挑む任務にしてはハードすぎる内容に、みなの開いた口が塞がらなかった。そしてそれを通達するクローザにとっても酷なものだった。
ヨシヤなんて元いた世界では中学生――こちらの世界でも未成年だ。戦争に若い子供が足を突っ込むなんてどの世界でも有り得るが、彼は勇者としてこの世界に呼ばれて、多数の人間たちの為に命を賭さねばならない。
それは年齢性別関係なく、4人全員に当てはまることだった。
知らぬ世界に呼ばれたと思えば、勝手に世界を救えなど言ってくる。なんとおこがましいことだろう。
「国にとって重大な任務になる。初めの任務がこんなものになってしまってすまない」
一通り話し終えてクローザはそう言った。室内の空気は一気に落ち込んでいる。ミユに至っては怯えているし、どうしようもない。
「……いずれは、もっと強いやつと戦うことになる。だったら、一国のお姫様を救えなくてどうする!?」
いきなり立ち上がったかと思えば、キヨヒトはそう演説を始めた。彼の力強い決意を見て、メンバー達は仕方ないな、とため息をついた。
「一度乗りかかった船だ。最後までやろうじゃん?」
「……ヨシヤ!」
「仕方ないな〜……ぼ、僕も怖いけど、みんなを守るよ」
「ショウジロウ……」
「……私も、皆さんと世界を救いたいです!」
「ミユ、ありがとう」
各々決意を表明し、暗かった雰囲気が一転した。流石は《リーダー》と言ったところだろう。
カズヒロが行方をくらましてから数日、彼らは話し合いをしてリーダーを決めることにした。そしてなるべく隠し事のないよう意思疎通に努めた。
なんと言っても一番は、全くの赤の他人だった。だからみな会話をして、これから来るであろう戦いに備えて絆を培っていた。
カズヒロに関しては、適正が適正だった為に仕方ない決断だった。だが、今の仲間の中にはそんな状況の人間は居ない。これから裏切らない限りは生まれないはずなのだ。
リーダーがいて、しっかりと繋がった絆があれば、安心することは出来た。少なくともキヨヒトはそう思っていた。
一つ前の話にてサブタイトルの話数間違えていました。
(誤27話 正28話)
訂正済です。