28 初依頼
20200403 サブタイトル話数間違えていました。修正済み。
ギルドから宿へ帰ろうとした時、役員に声を掛けられた。何もしていないが今日はもうなんだか疲れたんだ、とっとと帰って寝たい気分なんだよな……。
無視するのも気が引けるので、足を止めて話を聞こうとした。が、役員は俺達を別室へと案内するではないか。
応接室のような場所へ通され、椅子に座るようにと促される。
「お飲み物は?」
「……結構だ。用件は? 早く帰りたいんだが」
ティーセットに触れる役員は、話を急かす俺を一瞥してティーセットから手を離した。と思えば、テーブルに一枚の紙――写真をそっと置く。
そこには一人の綺麗な少女が撮されていた。人間に見えるが、耳の尖り方といいこれは……。
「ご存知の通り、スイ国の姫君にございます」
スイ国。とするとやはりこの少女はエルフの娘だということ。――それにしても、姫?
俺になんの関係があると言うんだ?
ご存知とか言われたが普通に知らない。異世界から来たわけだから。
そう思っていると、役員は話を始めた。何も返事していないのに、全く勝手だ。
話によれば、スイ国の姫君が定期的に交友の一環で、この国・ティアフォールド王国にお忍びで遊びに来ているらしい。今回もいつもの通り海に囲まれたスイ国を出て、この国のある大陸に入ったところまでは良かったのだが、そこから行方不明となっているとのことだ。
この大陸に入ってから、中継地点である村や街が数ヶ所あるのにも関わらず、どの地点も経過しておらず、本来到着日であった昨日にまだどこにも情報がないという。
スイ国は武器の生産を担う大切な友好国であり、それ以前に一国の姫が自分の領土で行方不明なのは圧倒的にティアフォールドの不利であった。混乱を避けるため未だに世間一般へは情報開示をしていない。
早急に姫を探し出し、無事に国へと連れてきて欲しい。そういう依頼だ。
……正直、言わせてもらおう。どーでもいい。
というか、復讐をする身としてはこの案件は無視をして勝手に滅んでくださいという感じだ。そうすれば俺の手間が減るというもの。
ちらっと聞いた話じゃあ、依頼した冒険者たちの中にはあの赤い月様がいるんだ、きっと大丈夫だろう。
そう完全に興味ゼロの姿勢で話を聞き流していると、アヴィがふと小声で話してくる。
「ご主人様、今ここでスイ国に恩を売っておけば、のちのち何かの役に立たないでしょうか?」
「!」
……まあ……悪くない考えだ……。確かに一理ある。実際戦争問題に発展するかどうかも不明だし、スイ国が勝つ保証もない。このティアフォールド王国は世界にある三国の中でも一番大きな国である。武器の供給を止められようが、自国で生産だって出来るし、何より大きな国ということは軍事力もそれに伴う。
そうなってしまえばまた面倒だな。負けたスイ国がティアフォールドに取り込まれてしまった~なんてなると、俺の滅ぼすべき相手が増えるというもの。となるとやはり、アヴィの言う通り恩を売る方がいいのだろうか。
姫様とやらの影響力がどれほどに及ぶかなどなんて知りもしないし興味はない。が、一国の姫で尚且つ他国との交友に使われる程度だ。それなりには権利があると思いたい。
それに実際、失踪して大量の冒険者パーティを雇って大金を使っているわけだし。
「わかった。やろう」
そう話すと役員の顔は少し明るくなった。地図を取り出して広げると、中継地点や船のつく港など、事細かに教えてくれた。
「明日は港へ行く前に寄りたいところがある」
宿へと戻る道中、俺は二人にそう話した。
寄りたい所。それは、師匠との思い出が詰まったあの家。多分焼き払われただろうから跡形もないのだろうが、少しでも何か力になるものが残っていると思っている。
それ以前に、これから復讐の旅に身を投じていくにあたり、けじめをつけたかった。まだ俺は弱い。師匠とその家に別れを告げて、ティアフォールドに立ち向かう勇気を得たかった。
「私は、アヴィはどこへでもお供いたします」
「自分もどこでもついていく」
「……助かるよ」
宿について食事をとり、風呂に入るとアヴィは疲れていたのかすぐに眠ってしまった。俺は今日はこれといって何もしていないので、合間に買った酒を片手に、部屋の窓から夜空を見ていた。
ここは前住んでいた世界とは違って、夜の空は綺麗だ。特別都会と言えるような場所に住んでいたわけじゃなかったが、それでも星空をしっかりと見えるような場所ではなかった。
師匠と過ごしていた時も見る機会はあったが、あの頃は強くなろうと必死だった。修行で疲れすぎて死ぬように寝てた時もあったっけ。そもそも余裕なんてなかったんだ。
師匠が死んで、さほど時間は流れていない。それなのに、やっとゆっくりできる時間が出来た、なんて思った。いや、思っちゃいけないのかもしれない。
復讐の旅だというのに何をのんびり遊んでいるんだろう、と。
街灯も満足にない街を、月明かりだけを頼りに夜道を人々が行き来する。
久々に買った酒を少しずつあおって、明日からの多忙に思いを馳せた。
「星をつまみに酒か? ロマンチストなんだな」
「まだ起きてたのか」
「俺は基本夜型なんでね」
まあ暗殺者は夜に動いたほうが見つかりづらいからな……。寝ているアヴィを起こさぬように、ジースは俺の座る窓枠へ椅子を寄せた。
こいつもちゃっかりと酒を買っていたようで、「乾杯」とボトルを揺らした。俺もボトルを傾けてそれに応じる。
……こうして人と酒を飲むのは、飲み会以来だな。とはいえ、あの時は飲まされていた、と言った方が良いだろうが。
俺は家のせいで友達という友達を作れなかった。というより、早く家を出ることを望んだ結果作らなかったと言った方が正しい。高校の頃はひたすらアルバイトに時間を費やしていたし。
だからこうして、ジースのような同年代で同性と仲良くした試しがなかった。
奴がどう思ってるかは知らないが、俺の中では勝手に友達認定している。当たり前だが言うつもりは毛頭ない。
「カズヒロは……帰りたいのか?」
ジースが俺に話し掛けた。元の世界へ戻ったところで、俺の居場所はない。死んでいるという話以前に、俺に親しい人はいなかったしやりたいことだってなかった。
今更帰ったところで……。
考えたていたことが顔に出ていたのか、ジースが珍しく遠慮がちに続けて言った。
「変なことを聞いた。気にしないでくれ」
「いや……大丈夫だ。……もう寝よう。明日は早い」
「あぁ」
窓を閉めて、俺達は就寝することにした。