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1 召喚

 俺は長塚 和弘、至って普通の高卒フリーターだ。

家に居場所がなかった俺は大学生活なんて夢のような未来を捨てて、遠くの会社へと就職することにした。

 頑張った結果、就職活動に失敗。やっとの思いで入った会社はブラック中のブラック。

朝から晩まで働いて、終電を逃して会社で寝泊まりなんてザラだった。


 そんな会社を辞められたのは、退職代行とか単純な辞職届とかそんなもんではなくて、ただ単にリストラ。

仕事は遅いわ気に入られないわで、職場の俺への好感度はもとより最悪。

高卒というのもあり、馬鹿にされるのは当たり前。

そんな事も相まって、リストラの話が上がっていた時に切られたのだ。


 そんなクソの溜まり場から、どんな形であれ辞められたのは最高だった。退職金とかは全くなかったけど。あれだけ残業してたっつーのに。


 休みの日は泥のように眠るだけだったし、趣味もこれと言ってなかった。平日はもちろん自由時間なんてあるはずもなく。

そこで働いている期間は長いなんて言えるわけない短さだったが、金が溜まる一方だった。

おかげでそこそこのプールが出来ていて、次を見つけるまでの余裕はあった。


 正社員になろうとしていた時期もあったけど、繋ぎで働いていたこの書店のアルバイトがあまりにも居心地がいい為、最初の一年で就職活動は諦めた。

 時給こそは少なかったものの、店長も同僚もいい人だし、それに本は好きだった。

好きなことをして働ける。

それだけで十分に幸せだった。



 そんなある時、バイト先で悲劇が起こった。

強盗が入ったのだ。

有名な店舗でもないし、チェーン店でもなかった。盗みやすいと思ったんだろう、全くその通りだ。


 その時はたまたま俺が休憩で、店内の新作図書を物色していたところだった。

休憩時間にまで店内を回るあたり、この仕事が相当好きだったんだなとしばしば思い返す。


 レジに近い雑誌コーナーを見ていた時に、異変に気づいた。


 ただでさえ客の出入りが少ない店ではあるが、時間的には夕方。ちょうど学生の帰宅時間とかぶる頃合。

こんな店でも、この時間帯はそれなりに賑わいを見せるのだ。

ある程度の間隔で入口の自動ドアが開き、レジ番をしている女性スタッフの華やかな挨拶が耳に届くはず。


 ……今日は祝日だったか?


 やけに店内が静かだ。

カレンダー通りの休みではない俺は、頑張って脳内カレンダーを引っ張りだす。

別に祝日でもなかった気がしたが……。


 レジカウンターへ向かうと、そこに広がっていた光景に唖然とした。

人はいる。

いることにはいるが――


「はやく! 本当に入口閉じたんだろうな!? 他のやつが来る前に金、全部詰めろ!」


 小声で急かす、帽子にマスク、サングラス……そして、ナイフを持った男。

そして、泣きながら渡されたバッグにお金を詰める女性スタッフ。

 どう見てもどう考えてもこれは――


「……強盗!?」


 はっと気づいた時には既に遅い。声に出てしまった、完全にバレた。


 犯人は俺を向いて、「しまった」という雰囲気を漏らす。

スタッフ用エプロンは脱いでいたため、ただの客と思われたんだろう。いや、スタッフと思われたところで状況は変わらない。

どうしよう、こんな時。えーっと、刺激してスタッフが刺されたらマズいし……。


「て、てめぇ……まさか隠れて通報とかしてねぇだろうな!?」


 犯人の精神の混乱レベルが、既に限界に近そうだ。

そんなに無理をするぐらいなら、犯罪なんて犯さなきゃいいのに――なんて悠長に考えている場合じゃない。

 犯人の焦りが悪い方に回転する。

いつの間にか、刃物は女性スタッフから俺へと向けられていた。持つ手がワナワナと震えている。


「あの、ちょっと落ち着い――」

「うるせぇ! 喋んじゃねぇ!」


 あ。


一瞬の出来事だったけど、とてつもなくスローに見えた。


 肉にぶつかる鈍い音。

女性スタッフの驚いて青ざめたあの顔。

腹のあたりがじわじわと熱を帯びてくる感覚。

犯人の震えた声と、自分のしでかした事に気付く顔。

崩れ落ちたのを見た女性スタッフの叫び声と、事務所から駆けてくる店長の足音。


 ドラマとかなら腹刺されても死ななかっ、た、し……、次目覚める、時……は……、ベッドの……………。











 ――ベッドの上では、なかった。目覚めたのは、硬い床の上だった。

 周りは歓声に満ち、目を擦りながら起きると横には数人倒れていた。

……どこだ、ここ。


 曖昧な意識の中、周囲を確認する。

ゲームとか映画とか、ファンタジーの世界で見るような格好の人達。

あまりにも流暢に喋るものだから、コスプレという文化に惚れ込んだ外国人かと思った。


 だがそんなコスプレパーティに招待される理由もないし、そもそも俺はさっきまでバイト先に居た。で、そこで強盗に刺されて……。

 それなのに……なんだここは? 玉座の間というか、儀式の間というか。

とにかく、バイト先のバの字もない。全く知らない場所だ。


「目覚められたようですね、勇者様方!」


 ………何だって?



 *


 ………ここで聞かされた話を整理しよう。


 俺達は《厄災》に立ち向かうために召喚された勇者だと言う。ライトノベルで読んだような展開が実際にあるとは、感慨深い。

 召喚されたのは全員で五人。どうやら皆の共通項は《死》のようだ。

死ぬことにより選ばれ、こちらに転送されたらしい。後戻りもできない人間を選ぶとは、なかなか手厳しいな。


「突然の出来事で頭が追いついてらっしゃらないと思います。詳しいお話は明日させて頂きますので、まずはお部屋でゆっくりお休みください。」


 なんという厚遇なのか、部屋の前には二人の使用人が常に立っていて、いつでも好きなように使っていいという。望みのものは出来るだけ届けるようにするとも言っていた。

出来るなら元の世界に返してもらいたいが、向こうじゃ死んでるんだから帰れるわけなんてないか。


 部屋は金持ちの部屋って感じが満載で、フリーターの俺には縁のない広さ。ベッドはびっくりすぐらいふわふわしていて、逆に寝づらい。ソファで寝るとしよう。


 他の勇者達は食事をしたりしているみたいだけど、俺はまだ気持ちが追いついていない。そんなことをする余裕なんてない。召喚されたと言うよりも、死んだという事に強いショックを受けた。

そんなに充実した人生じゃなかったけど、こうやって直面すると寂しくなるものなんだな。

 それに悲しいことに、俺が死んだところで心配してくれる人はいない。

家族とも長いことあっていないし、会いたくもない。……あぁ、バイト先の店長とか後輩ぐらいは悲しんでくれるといいなぁ。


 俺はソファに倒れこむように寝転んだ。

ついさっきまで元気に働いていた訳で、眠気がないわけじゃないが、どうやら眠れそうにない。

誰かと話そうと思っても、外にいる使用人さんは事務的な愛想を振りまくだけで機械的だし、眠気が襲ってくるまでやりたい事もない。こっちの世界の本は文字が違うみたいで読めない。

喋る言語に関しては、勇者の能力なのか知らないが、既に訳されているので問題はないのに……。


「はぁ……」


 嘆息していると、部屋のドアがノックされた。誰だろう。

寝転んでいる状態から体勢を直し、返事をすると入ってきたのは、一緒に召喚された一人――大学生の平沢 清仁だった。

召喚された中では顔が一番整っていて、使用人の何人かがキャーキャー噂しているのを見た。

それなのに自称オタクでゲーマーだと言うのだから、世界と言うのは本当に不平等だなあと嘆いたのを覚えている。


 それにしても、そんな人生イージーモードくんは俺に何の用だ?

 平沢は部屋に入るなり、俺の横へ図々しく座る。


「平沢 清仁だ。お互い災難だな!」


 そして、みなの部屋決めをしている時に交わしたように、自己紹介をした。

大学生だからと高卒の俺を見下しているのか知らないが、人の名前と顔を覚えるのはそれなりに得意だ。伊達に接客してないからな。

俺が忘れたとでも思ってるのだろうか。それとも地味すぎて俺の存在を覚えていないとか? こいつ、本当に小さい言動がいらつくやつだな。


 平沢も眠れなくてやってきたのか? 残念だが、お前と話せることは余りなさそうだが……。

なんて思っていると、いきなり俺の肩を組んだ。


「なぁ、美結ちゃん……どうよ?」


 美結ちゃん……? あぁ、朝日 美結さんか。

社会人のくせに、一番落ち着きがなかった記憶がある。突然の召喚と使命で訳も分からず怯えるのは分からんでもないが……。

 それにしても、「どうよ?」って言うのは――


「可愛いよな!」

「はあ」


 能天気にも程があるだろう。こいつ朝日さんを狙っているという事か?別に俺はどうでもいいけど……。

というか、世界を救うっていう使命を忘れてる訳じゃないよな?

 俺がつれない返事を返したせいで、平沢の機嫌はたちまち悪くなる。少し雑に、組んだ肩を離すと、ソファから立ち上がった。

 恋愛に発展して恋仲になるのは勝手だけど、これから支障が出るようなら、俺は口を出すぞ。死因が痴話喧嘩とか仲間割れとか、勇者にあるまじき失態だろうが。


「……ま、いいや。長塚はライバルじゃないって事か。仲良くしようぜ」

「あぁ」


 結局俺達は、平沢の部屋を担当していた使用人さんが、抜け出したのに気付く夜中まで喋り続けていた。案外、悪いやつでも無いのかもしれない。



 翌朝。

そこそこに早く起きた俺は、城の中を探索しようかと思い廊下へ出た。

まだ少し薄暗い城内を歩いていると、淡い光が差し込む中庭へ抜ける廊下に差し掛かった。中庭には、色とりどりの花々や、木が植えられていた。

そして中心には、白塗りの西洋風四阿(ガゼボ)が佇んでいる。


「ん? あれは――」


 ガゼボの中のベンチで座って本を読んでいたのは、一緒にやって来た最年少、中学生の中島 吉哉。

こんな歳の子が死んでしまったのがは悲しい上に、世界を救うという責任を背負わされるのも可哀想だ。

 それにしても、こちらの言語をもう習得したのか? 幼いと思っていたが、一晩でどうにかなるだなんて、相当優秀なんだな……。近づいて見てみれば、読んでいたのは絵本のようだった。


「っ!?」

「あ、悪い……」

「……みんなには言わないでくれ……、こ、これが一番分かりやすい文献だったんだ!」


 無理に難しい言葉を持ってきているあたり、可愛らしいなと思う。見栄を張りたい年頃だよな、わかるぞ。

 もちろん言わない、と念を押して、俺はその場を去った。

 それにしてもたかが絵本、されど絵本。絵がある分理解がしやすいし、彼の判断は間違いではないと思う。それにここは王国の城だ。図書室にも、それなりの文献が揃えてあるはずだ。


 俺もうかうかしていられないな。中学生に遅れをとらないよう頑張らないと……。

今日の説明を終えた後には、きっと戦いに備えた訓練が待っているに違いない。

きっと平和で過ごして居られる期間は短いだろう。その短い間に出来る限りこの世界の知識を蓄えないと。

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