22 未知のダンジョンⅡ
心配されるということは、相手が自分のことを格下に見ているということでもある。
別にそれは構わない。心配してくれる相手が自分より強かったなら。
ダンジョン攻略の話だが、俺とアヴィ二人で進むことを快諾した。
だってどこに付いて行ったところで俺より弱いことは確定なんだから。
それにダンジョン一階層に入った時点で、このダンジョンについては粗方マッピングが済んでいた。だから敢えて条件を出した。
「大丈夫……なはずだ。悪い、俺達が一番最初に道を選んでもいいか?」
どうだ、どう見ても弱そうだろう。たぶん。
そして選ばせて貰ったのは当然、このダンジョンのボスが居る通路だ。
あとの道は金銀財宝もしくは雑魚モンスターが多少いる通路になっている。
ここに来た連中は結局はギルドの欲しい《ダンジョンの情報》よりかは、報酬の方が優先なはずだ。
モンスターの情報を出しておけば、多少なりともボーナスが貰えそうだし、その場で宝物を見つけられればそれに越したことはないだろう。
「カズヒロ様、思ったよりも簡単なダンジョンでしたね」
笑顔で魔物を殴り殺しているのは、俺の仲間の獣娘・アヴィである。
古の勇者から譲り受けた戦斧は腰にあるままで、素手でモンスターをぶっ殺している。大抵がワンパンで。
そんな彼女にお知らせだ。
「ここは一番強い敵がいる場所だぞ」
「え」
アヴィの手の中に居た肉塊――もとい、魔物だったものが滑り落ちてグシャリと地面へ。
アヴィにとっては弱い魔物ではあるが、奴らにとってはギリギリ倒せるか怪しいレベルだった。こちらで引き受けるのが当然だろう。
なんとかこの雑魚を倒せたとしても、この最奥にいるボスを見ただけで死ぬやもしれない。
だが俺が一番気になっていたのは、マッピングをすり抜けたある場所だ。
この奥にボスが居るのは知っていたが、さらにその奥に何か空間がある。だが何があるかまでは把握できず、ずっと気がかりだった。
もしやすると、戦斧のように何か勇者の遺物だったりするのかもしれない。
それでなくても俺の探知を弾くような何かが隠されている。興味をそそられるじゃないか。
そんな面白そうなものを、雑魚すら倒せない冒険者様に与えてなるものか。きっと価値もわかるまい。
……だがその前に、だ。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
「え!?」
返答ナシ。おかしい。居ると思ったんだが気配の察知を見誤ったか?
だが隠れているようで気配がバレバレだ。
アヴィには感じ取れなかったようではあるが……。
暗闇の中からゆるりと姿を現したのは、暗殺者に向いた軽装の青いアイツ――赤い月のジース・テイバーだった。
彼の姿を視認すると、アヴィが咄嗟に俺の前へと出る。
右手は腰にある戦斧に触れており、いつでも戦闘へと移行できるように警戒をする。
ジースが一歩動くとアヴィは戦斧を抜いた。
ガシャンと重々しい音を立てて元のサイズへ復元される。
だが肝心のジースは、次への一歩に動く――というところで、頭を下げ膝をついてかしずいた。
流石にアヴィも彼の意外な行動に拍子抜けしたのか、構えていた武器に入る力が緩んだ。
「……自分を、仲間に入れて欲しい」
ジースの口から飛び出したのは、想像にもしない一言だった。
「どういうことだ?」と問いかければ、彼が話し始める。
彼は冒険者ギルドに自分の能力値を偽って提出しているらしい。
現在の申請値は、体力が120、魔力は90、精神力300と、精神力以外は普通の一般男性の平均程度だ。暗殺者程度なら過度な体力……HPは不要だし、これといって魔法を使う場面もない。
まぁ人によっては気配遮断とか使う人間もいるだろうが。
暗殺や盗みを働くだけあって精神力はある程度多いようだ。
だが実際の値はその五倍だという。
…………いや、サバを読むにも程があるだろ。
俺よりは少ないとは言え、一般人からしたら圧倒的に化物だよ。
そんなんだったらゼッドに気付かれないまま殺意をこちらに向けたり出来るわけだ。
「今のチームは名ばかりで弱すぎる。そんな時に貴方を見つけた」
確かにあのパーティは平均に比べればひとふたまわりは強いかもしれない。
しかしそれは平均から考えて、だ。
ジースの本来のステータスを知ってしまったら、あの場にいるのは相応しくないのも頷ける。
それに、ゼッドがあまりにも厳しいせいで金稼ぎがまともに出来ないという。
とうかそもそも受けるクエストが自分の実力より遥かに低い上に、金にならないモンスターばかりを狩ったり単純な人助けとかで、全く金品へと代わるものがないらしい。
「………そんなの、」
わなわなと震えながら声を上げたのは、俺でもない、アヴィだった。
カタカタと戦斧を震わせて声を荒らげた。
「そんなの、信じられません!」
あれだけの殺意を浴びて信じられる者がどこにいよう。
ましてや常日頃殺意敵意を人間から向けられているアヴィにとっては、疑心暗鬼をうんでしまう。
赤い月自体をあまり信用していなかったし、もしかしたらスパイなのかも……と不安になるのも無理はない。
それであれば、二度とこちらに背いたり出来ないようにしてしまえばいい。
「心配なら奴隷の契でも交わすか?」
「おぉ、いいなそれ」
「カズヒロ様!!」
興奮して切れてるのはわかるが俺の名前出すなアホ狼。
だがしかし、奴隷契約というのはなかなかいい提案かもしれない。
しかも本人からの申し出だし、相当自分は裏切りませんという意志が固いのだ。これは信じてもいいのでは?
こちらの戦力も未だ不足しているままだし、圧倒的に《あいつら》を叩きのめしたいこちらとしては、願ってもないことだし。
「だがそれは俺とじゃない」
俺も信用してないわけじゃないし、姿を現してから嘘をついていないか探りを入れていた。
でも一番不安がっているのはアヴィなのだから、こうした方が一番いい。
「アヴィと契約を結べるのなら、アヴィの奴隷になれるのなら仲間に入れてやる」
「か、カズヒロ様!?」
俺が提案すると、ジースはチラリとアヴィを一瞥した。
彼女を品定めしているのだろうが、ダンジョンの入口からここまで俺達についてきて痛いほど彼女の力を見ただろう。
正直過大評価じゃないが、アヴィだけで赤い月を数回は壊滅できる自信がある。素手でも、だ。
というかアヴィが無抵抗だったとしても、彼女の膨大な体力をゼロへと持っていくのは至難の業だろう。なにせ成人男性の平均の三十倍を行く体力量なんだから。
伊達に強すぎるから追放された亜人娘ではないのだ。
「それに使う魔法は、俺の知り得る限りの最大級の契約魔法だ」
契約を破棄するには、どちらかが死ぬしかない。
つまりは死ぬまでは契約が続くというもの。ほぼほぼ呪いにジャンル分けされているような外道魔法だ。
主人の命令は絶対で、心の底から命じた言葉には必ず従う。万が一ジョークなどで死ねとか罵って言っても死なない安心設計だ。
心境や感情にもよく作用して、万が一謀反でも起こそうものならば死んだほうがマシだと思える程の苦痛が待っている。そこで死んでしまわれたら契約もパアなんだが。
さて、呪いの説明はしたつもりだが、この男がどう出るか。
アヴィも乗り気じゃなさそうだし、何より人間が最も見下している亜人の女の奴隷になるのだ。
普通の人間だったら唾を吐いて断るところだろう。
――強い意志さえなければ。
「やろう、いや、やらせてください」
確固たる意志を持った強い瞳がこちらを見据える。
魔法の説明を聞いた上でその反応をされると、流石のアヴィも仕方なかったのだろう、奴隷契約を結ぶことを了承した。……渋々ではある。
「わかった……。どうなっても知らないからな。ほら、二人共右手を出せ」
二人の右手を重ね合わせる。
そして俺の手は二人の手に触れない位置に置いて、詠唱を始めた。
「その魂、その生命を以て従属の契りと成せ。その力消滅せし時、互いの契約が破られん」
二人の手を中心に黒い光が包み込む。
じわりとした温かさのあと、ゆっくりと二人の手の甲に模様――呪印が描かれていく。
どうやら成功したようだ。
俺も本で見ただけだから実際やったことはなかったから不安だった。
やはり記述の通り、他者への呪術付与は魔力消費が少なく済むらしい。
この魔法は今のように第三者として契約を結ばせるのも可能だし、自分と奴隷の二人で締結も可能だ。
ただしその場合の魔力消費が最低でも二倍とかいう馬鹿げた魔法だ。
その分効果が強いのが期待通りと言えよう。
「二人とも、痛みは」
失敗していた場合、苦痛を伴う。それでも成功する場合もあるが、大抵は失敗に終わり最悪死者が出る。
命と引き換えに結ぶ契約なのだから、それくらいのリスクは承知しろということなのだろう。
「ありません……とても、暖かいです」
「ああ、自分も問題ない」
「よし、ひとまず成功したようだ」
二人から手を離す。
どす黒い紋様は消え、普段と変わらぬ素肌になった。
紋様が浮かび上がるのは、大抵従者が主人を裏切った時だ。それも苦痛と一緒に。
あとは情報開示の時くらいだろう。
上位にあたる従属魔法だけあって、並大抵の魔術師では見破れないはずだ。
見破れたところでどうせジースが主人だと思われるだろう。逆なのにな。
「これからよろしくお願いします、アヴィ殿……いや、アヴィ様」
「うひ……なんかゾワゾワします。敬語はやめてください」
それ、俺も最初に感じてたからな。
――なんて言えるわけもなかった。




