16 街へ
「あぁ、それなら換金所に行けばいい」
入口の守衛がそう教えてくれた。
厄災が来るとのお告げが出回っているせいで、入口の警備が強化されたようで、街へ出入りする人間には必ず身体検査を行っているという。
ここはレヴィン市。
俺を追放したあの王国の領土のようで、そこそこに人口も多く、栄えている都市だという。
王国より命令を受けた貴族が統治しており、一見いい都市とも取れる。
が、貧富の差が激しく、奴隷売買なんて日常茶飯事。
貧しい家の娘が一人で街を歩こうものなら、人さらいに遭いその日のうちに奴隷売買の倉庫へと送られる。
守衛は大量の賄賂を得て黙認。住民は仕方ないことと割り切っている。
「だがな。あんちゃん、見たところただの旅人だろ? うちの街じゃあ冒険者登録してねえ奴は、換金額が大幅に下がんだよ」
………なんだって? それも貴族の施策なのか?
いや、元々冒険者登録はするつもりだったからいいとして、自分達の依頼をこなさない都合のいい輩に対してはそうも厳しいのか。
まったく金持ちはみんな自己中心で困る。
「カズヒロ様! 見てください。亜人種が普通に街を歩いて……」
身体検査を終えて俺の元へアヴィが戻ってきたようだ。
幸いマントを取り上げての検査では無かったらしく、何事も起こらなかったみたいだな。
アヴィに言われて街を見ると、街中には、アヴィのように動物の耳と尾がある亜人種や、リザードマンのような種族などが歩いていた。
人間と亜人種は敵対しているはずではなかったのか?
「あぁ、ありゃ奴隷だよ」
「奴隷?」
なるほど。それなら理解ができる。
よく見てみればみな何かしら《所有物》だと表すようなアクセサリーや、タトゥーを入れられている。
魔術で束縛されている者もいるようだ。
奴隷契約を結んでいれば、街中を闊歩出来るという訳か。
――ふむ。これは利用できそうだ。
色々と説明をして貰った守衛に礼を言い、街へと入る。
ある程度歩いたところで、路地裏へ。
周りに人がいない事を確認して、アヴィを近くへと呼んだ。
魔法空間から適当なアクセサリーを取り出すと、出てきたのは――ネックレス。これなら丁度いい。
あまりアクセサリー系の装備を持っていないから、これを変化させて使わないといけない。
さて、滅多に使わない魔法だが、成功するだろうか。
数も少ないから、一度で成功して貰うと助かるんだがな。
――物質変化。
ネックレスを光が包み込む。
物質変化とは、その名の通り物質を変化させられる魔法だ。ただし、強く念じないと綺麗に形にならない。
俺はあまり得意ではないし、手持ちの装備で済んでいたから使う機会が滅多にない魔法だ。
……今後頻繁に使うことが出てくるだろう。時間のあるときに練習しておくか。
さて、余計なことを考えないでこちらに集中しよう。なるべく強く変えたいもののイメージをする。
見た目は……高価そうで艶やかに光る黒い革製で、魔術式が掘られているような。
そうだな、金属製のタグのようなプレートもつければ、それっぽくなるだろう。
ネックレスを包んでいた光が収束していき、やがて消えた。
完成だ。
思っていた以上に綺麗に形になったようで、満足ではある。
「奴隷であれば自由に動ける。これをつけるといい」
「え……」
「あぁ、組み込んである魔術式は防御向上が幾つか程度だ。見た目だけ奴隷に見えるだけに過ぎない。それに窮屈なんだろう」
「あっ……それは……」
図星だったのか、ぱっと両手で耳に触れる。
いくらマントが高性能で、獣の耳まで隠せているとは言え、頭部の大きな耳にずっとフードが掛かっているのは窮屈だろう。
それにここに来る道中も何度も耳に触れているのを見ていた。
敏感な方じゃないから気付くのには遅れたが、マントのせいで今後支障が出ると言うのならそっちの方が俺に放は問題だ。
もっとも、アヴィが奴隷をよくは思わないのはわかる。
さっきも奴隷を見る目が、悲しいと訴えていたしな。
「……強要するつもりはない、嫌ならすまなかった、忘れて――」
「いえ!!」
「あん?」
首輪になったネックレスを持つ俺の手を、両手でしっかりと掴んで、アヴィは言った。
触れた手は想像とは異なり震えている事はなかった。
「ありがたく頂きます」
「お、おう」
半ば奪い取るように俺から首輪を受け取ると、速攻で首にそれを巻いた。
よくよく考えれば、獣娘に首輪を与えるだなんてちょっとやばいシチュエーションだな……と考えたが、忘れよう。
だがまぁ俺の単純で皆無なセンスが、シンプルという意味で活きていたようだ。
アヴィの美少女さも伴って、よく似合っている。
黒く艶のある革は、アヴィの銀髪と相性が良かったようで、悪目立ちすることなく首に馴染んでいた。
外側に彫られた文字は、奴隷契約によく用いられている文字だ。
文献で読んだ程度の知識ではあるが、さっと見た感じこの街の奴隷達も、似たような刻印のアクセサリーを所持していた。それを見る限り確かだろう。
もちろん、見た目だけで奴隷系の術式も魔力も組み込んでいない。
俺は別にアヴィを奴隷にする気はないからな。
本当に俺が仕込んだ術式は、通常の視覚で感知できるようには埋め込んではいない。
それに防御向上の術式だ。見つかったところで特に大きな問題にはならないだろう。
変に奴隷に思い入れのある主人程度の認識で済むはずだ。
「……すごいです、少し防御が上がった気がします」
「そうか?」
「えへへ、似合いますか?」
「あぁ、可愛い可愛い」
「……ふふっ」
よくわからんが、機嫌がいいならそれでいいか。
さて、アヴィが自由になったところで、本来の目的に戻ろう。
まずは冒険者ギルドへ……だったか。
守衛によれば、門から真っ直ぐ伸びる大通りを歩くと、一際大きい建物が見えてくる。
入口の上にはでかでかと《冒険者ギルド》と記載されていて、この街での名簿登録からクエスト受注までそこで担っているらしい。
また、各都市にはギルドが最低一つは設置されているらしく、魔法によって情報交換が行われている。その為、どの都市に訪れても冒険者の名簿は有効だそうだ。
……現代技術がないから不便だと思っていたが、こっちはこっちで発展した技術をフル動員しているようだ。
「それとだ、アヴィ」
「はい?」
検問では、検問所とは思えぬほど緩い検問(それでも前よりは強化されたらしいが)だった為、容易に街へと侵入できた。
だがこれからほかの街、ほかの国へ行くにあたって、こんな適当な検問が許されている国が大量にある訳じゃない。
この世界では珍しい「和弘」という名前は、公では控えたほうがいい。
偽名を名乗ったほうがいいと俺は考えたのだ。
それと――そうだな、顔だ。魔法で誤魔化しはきくが、幻術はいずれバレてしまうし、何か物理的な顔を隠すものがあればいい。
こんなことになろうとはな……先の村にあった適当な面でも盗めば良かった。
「これから俺は人のいる場では《ログ》と名乗る。名と顔が割れている以上、こうせざるを得ない。協力頼む」
「もちろんです! えぇと……咄嗟に出てしまいそうなので、公の場では、ご主人様と呼んでもよろしいですか?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます! ……あと、カズヒロ様、こちら宜しければ……」
ゴソゴソと服の中から何かを取り出す。(どこにしまって――いや、収納スペースがないから仕方ないのか)
出てきたのは木彫りのシンプルな面であった。
「……これは?」
「はい、ええっと――」
長い逃亡生活の間に作成した面らしい。仕方なく盗みやら悪事に手を染めねばならない時があったようで、その際に顔を隠すものとして使っていたそうだ。
捕まってしまってからは使う機会がなくなったが、いざと言う時の為に取っておいた、とアヴィは言う。
なるほど、タイミングが良い。ベースさえあれば少し手を加えて使うか。
念の為アヴィに、改造の許可を取ると、
「な、何を言いますか! 私の物はカズヒロ様の物です! お好きにしてください!」
と、力説された。
……そんな、某国民的アニメの登場人物を彷彿とさせるような事をサラっと言うとは。
と言うか、その場合俺がそいつという事かよ。
まあいい………。
さて、2度目の物質変化。今回も上手くいくと良いが。
見た目は――そうだな、白いシンプルな面だ。ただし、汚れを敢えて付けさせ、古い感じを匂わせる。
不気味に微笑む表情で、能面の小面と般若がいい感じに混ざったような――。
「……とても、恐ろしいお面ですね……」
出来上がった代物を見て、アヴィが言葉をこぼす。うむ、我ながら気味の悪い面だ。
これならば「呪われて取れなくなった」と言われても納得してしまう。というか逆に趣味で付けていたら頭がおかしい奴になりそうだ。
「俺は、面が取れなくなった旅人、という設定で行く」
「了解しました!」
取れるような場所を探すという名目であれば、強い力を持つダンジョンや人を探すという理由に合点がいく。
さて、前準備に手間取ったが、ようやく行こうじゃないか――冒険者ギルドに。
イヌ派なんですが、猫を飼い始めたせいで猫派になりそうです。
両方派はワガママでしょうか??