15 ダンジョンⅢ
赤色、黄色、緑色、水色、紫色、白色、茶色――そして、透明色。
これらは、適性色と言われ、鑑定宝玉に触れることでステータスに表示される。
炎や氷を色に形容しただけの簡単なものなのだが、各色には《スキル》と呼ばれる能力が三つ存在する。
解放するには難しい条件をクリアする必要があるのだが、どれも強力で、上級魔術に匹敵するという。
もちろん、スキルは透明色においても同様である。
むしろ透明色はそのスキルの絶大なる力により、恐れられていた。
扱えたが最後、世界を掌握してもいいと言っても過言ではない。
故に魔族を始めとする厄災側の生物たちは、みなが透明色適性を欲しがった。
「きゃあああああ! カズヒロ様!」
激しい電撃が全身を包む。薄暗かったこの部屋が一気に閃光のような光に包まれ、致死量のダメージが俺の体を貫いた。
……こんなにダメージを受けたのは師匠との戦闘訓練以来だな、懐かしい日々がフラッシュバックする。
斧より手を離すと電撃が止まった。
離れたはずなのに、体はバチバチと電気を放っていて、まだ体に残るダメージが体力を蝕む。
「………っ! 大丈夫ですか!?」
「……あぁ」
――《痛覚遮断》。
精神力には自信があるつもりだが、流石にこのダメージを継続的に受けてまともな精神で居られる自身はないからな。
早々に痛覚を切っておくに限る。
アヴィが俺を心配して駆け寄ってきた。
下手に触られてアヴィまで食らったら、彼女が死んでしまう。
「触るな」と一言放ち、寄ってくるのを制止させる。
全く……俺でなければ死んでいた。
透明色の第一スキル、《吸収》。
魔力・物理攻撃・魔法などを吸収する事が可能だ。
吸収したものは、体力を最優先に次いで魔力・精神力とチャージされる。その為、攻撃を受けても回復をしていくのだ。
スキル無効化即死級の攻撃や魔法を用いられない限り、ほぼ永遠に攻撃を受け続けられる。
デメリットは強大な攻撃力を持つ攻撃でないと発動しない事と、痛みは通常通り伴う事。
どれだけ強力な攻撃を永続的に食らっていられるといっても、身を裂く強烈な痛みに耐えられる精神が無ければ使えないスキルだ。
そんな訳で、このスキルで死亡を免れても、痛みによるショック死の可能性がある。
透明適性者は精神力も必要とされるのだ。
ほぼ黒魔術に近い魔法《痛覚遮断》と併用しなければやっていけない。
師匠には「人間じゃ無くなるからやめな」と強く言われていたが、隠れて習得しておいてよかった。申し訳ないという罪悪感もあるが……。
……しかし、こんなアホみたいなスキルが第一スキルなんだから、頭のおかしい適性色だな、本当に。
それにしても俺が触れるのを許されなかったのは、どういう意味だ?
この石碑に答えが書かれているといいが。
斧の横にある石碑を見ると、冒頭にはこうある。
《五種の神器が一つ 獣の戦斧 ここに主人と眠る》
五種の神器。はるか昔世界を救った、五人の勇者たちが装備していた武器を言う。
戦が終わった後に勇者達の墓に、共に安置されたと聞いたが、ここがその墓だった訳か。
それを忘れられる程廃れ、魔物が住み着いているとは、なんとも悲しい。
ええとなになに……、この斧は自らが選んだ者ではない限り、新たな所有者としては認めない、か……。
なるほどな、俺はその選ばれし者ではなかったという訳だ。斧にすら見放されるとはな。
他にも大量に書かれているが、要約するとこうだった。
使用者の都合のいいようなサイズ変化が可能。これによって、アヴィの身長並みの巨大な斧を持ち運ぶのも楽になる。
また盗まれたり失くした際に、勝手に戻ってくるという、ある意味で呪いのような高品質セキュリティ機能も搭載されているらしい。
昔北欧神話の本を読んだが、似たような武器を見たなぁ……、あれは鎚だったか。
しかし目の前にある宝を、そのままにして帰るのも勿体無いな。
だがこいつが許す人間なんているのか? つまるところ勇者に匹敵する者ってことだろう?
「あのぉ、カズヒロ様……」
「黙っててくれ、今少し考えている」
「で、でも……」
どうやらあの電撃は掛けられていた魔法ではなく、セキュリティの一種。つまり、この斧のスキルのようだ。
心を許す人間が現れぬ限り、台座から動く事もなく、触れる事を許さない。
勇者パーティに渡る前にどうにかしたいものだが……、一体どうすればいいのだろう。
「その、カズヒロ様……!」
破壊魔法を用いてみてみる案もある。
ただあのレベルの電撃を放てるとなると、俺の知り得る魔法は全てはじかれるだろう。少し傷をつけられればいいぐらいだ。
万が一俺がこの斧に許可されたとしても、こんな大きな斧を扱える力はない。
サイズ変化が可能だと書かれてはいるが、本来の能力を発揮するには、やはりフルサイズ。この今置かれている状態で操れるような力が必要になる。
もっとも、剣術しか習っていないし、技術も欠けてい――
「カズヒロ様!!」
「なんだ、うるさ――」
やけにしつこい! 何なんだ一体!
だがしかし、アヴィを見た俺は言葉を失った。
――斧を持っている。
なんで持てている?
その手には、あの戦斧が握られており、電撃を発することもなくそこにあった。
「良かった、やっと気付いてくれましたね」
「いや……何でだ?」
「私にもさっぱり……、なんだか、この斧が呼んでいる気がして。それで、手に取ったらこう……」
なるほどね、獣の戦斧って……あだ名とか武器名とかそういうのじゃなくて、そのまんまの意味ってこと?
合点がいった。
アヴィはペンを回すかのように、くるくると戦斧で遊んでみせた。
彼女の戦法にも合いそうだし、武器代も浮いた。神器だけあって、威力も申し分ないだろう。
それにあれだけ強力な電撃を放つんだ、アヴィの馬鹿力にも耐えてみせてくれるだろう。
俺は《説明書は必ず読みましょう》という教訓も得たし、地上に戻るか。
「あの、カズヒロ様……」
申し訳無さそうにアヴィが話し掛けてくる。
さっき俺が怒鳴ったせいだろう。
考えるのに夢中で、あんな態度を取ってしまった。元はと言えば、俺がアヴィを仲間に誘ったのに、あんな身勝手な振る舞いをしたのだから、謝らないとな。
それに今後の連携などに支障が出るのは困るしな。
「なんだ? さっきは怒鳴って悪かったな」
「い、いえ。その、私思ったんですけど……」
墓荒らし。アヴィが提案した内容だ。
《五種の神器》というのだから、この広い世界にあと四種類の武器が存在すると言う事。
それら全てが勇者パーティの手に渡っていないという確証はないが、一つでも先に手に入れて、相手の戦力を削るという作戦だ。
なるほど、なかなかいい案かも知れない。
だが世界には大量のダンジョンが存在して、どこが勇者の墓なのか分かるはずもない。
今回はたまたま巡り会えたが、そう運良く二度も三度も起きるようなものではないのだ。
「それで、考えたんですが、冒険者ギルドに登録してみるっていうのはどうですか?」
冒険者ギルド。聞いたことあるぞ、というかそいつらも俺の私怨の一つだ。
しかし皮肉だが世界の情報が手に入り、一番身近で旅をしていても不審がられないと言えば、それぐらいしかないのか。
だいぶ癪だが、いい考えだ。
全く、アヴィも冒険者に何度も追われた身のはずなのに、何でそんな考えなるんだ。
……いや、追われた身だから思いつくことなのかもしれないな。
「よし、それでいく。街へ向かうぞ」
「はい!」
元気に返事をしたアヴィは、慣れた手つきで戦斧を縮小させた。
戦斧に選ばれただけあって、扱いに慣れるのが早い。いいことだ。
だがしかし、そのままポケットにしまおうとしていたので、咄嗟に止める。
おもちゃじゃないんだぞ、もっとちゃんと扱えよ……。
魔法空間からそれっぽいものがないか、探ってみれば、あぁ、あったあった。
ちょっとボロいが、まだ十分に使える。
腰に巻くタイプの装備品で、ポーチがいくつか付いている代物だ。ポーチには回復薬を始めとしたアイテムを収納出来るし、あれば便利だろう。
本来は短剣をさす部分になるのだが、大きさ変化の可能なこの斧であれば収納は容易だろう。
何よりすぐ取り出せる。奇襲にあった時にも、ポケットに斧が深く入って取れませんでした、なんて間抜けな理由で死ぬなんぞ許さんからな。
「少し傷んでいるが、これを使え」
ずい、と渡すととても驚いている。年頃の女にお古を渡す男なんて、普通は考えられないからな。
街に着いたらちゃんとしたのを探してやろう。
「……私が貰っていいんですか?」
「? 当たり前だろう」
「……ありがとうございます、大事にします!」
別にすぐ新しいのをやるから、使い捨ててくれて構わないんだが……。
まぁいいか、機嫌を損ねたわけじゃなさそうだし。
そうだ、装備を整えないといけなかった。
それ程じゃなかったお陰で、ここまで(ダメージはあったものの)無傷で来られたが、未だに村人と村娘装備だ。
俺は最初の村でそれなりに揃えたとはいえ、森に近い小さな村で集められる装備なんてあってないようなもの。
ちゃんとした戦闘に向けて、《冒険者》に見えるようにならないと。
特にアヴィは、攻撃特化だ。体力が尋常ではないほど高いとは言え、防御力は低い。
こちらの攻撃を上手くかわされながら、長期戦に持ち越されてしまえば、それこそ負けてしまう。
それにあたって、まずは、……金か。
月に数千円は無駄な買い物をしがちです。