14 ダンジョンⅡ
「カズヒロ様~! やりました!」
嬉しそうに駆け寄ってきたアヴィ。どうやら生き残れたようだ。
アヴィよりも先に、奥にあった石の塊の山を見る。倒せたようだな。
だがあの剣にこんな粉砕出来るようなパワーをたたき出せただろうか。知らない間に高威力の魔法でも組み込んでいた?
いや……それはないはずだ。
寄ってきたアヴィを見る。衣服のほつれ等が見られるものの、アヴィ自体に傷は一つもない。
もしやそれほど強くはないガーゴイルだったんだろうか。
「あ、あの……」
先程の嬉しそうな声とは裏腹に、今度は申し訳なさそうに声を掛けてくる。
手に持っていたのは、先程俺が渡した剣なのだが……。
綺麗に折れている。
………いや、三重の強化魔法だぞ?
作成した時がまだ俺がまともに魔法を扱えた時期じゃないとしても、木が豆腐になるレベルだぞ?
石像相手とは言え、折れることはないだろ。
待て、よく考えろ。
今までの事柄をよく思い出すんだ。今まで隔離生活を送ってきていたから、基準が自分と師匠になっていたが、それなりにおかしい事柄があった。
確認せねば気が収まるまい。
「おい、アヴィ、ステータスを見せろ」
「ちょっと待ってくださいね――情報、開示っ」
簡単に言ったが、アヴィに魔術の類が使えるか知らなかったな。
なんて思ったがこうして開示出来ているのを見ると、ある程度は扱えるようだ。
他人のステータスを見るには魔力介入の承認が面倒だからな。
どれどれじゃあ確認してやろうじゃないか。
――可視化されたステータスに、俺は目を疑った。
前もって説明するのであれば、街にいる大抵の成人男性20-30歳程度の平均ステータスはこうだ。
体力が100~150程度、魔力は80。そして最後に精神力。
これは、恐怖に対する抵抗力と考えてもらえれば早い。数値としては60もあれば十分だろう。街中なんて魔物におびえる必要がないからな。
さて、ここでアヴィのステータスを見てみよう。
体力は3500。この時点でおかしい。平均男性の三十五倍ってなんだよ。
そして魔力――は800か、そんなに高くない。いや待て、それでも十倍かよ。上級魔術を連発できるレベルだぞ。
精神力も1000もあるし、化物かよこの女……。
種族に追い出されるのも分かる気がする。
亜人種の平均レベルは分からないが、こんな体力でゴリ押しできるような化物を置いといたら何されるか分からない。
しかもなんだこの常時発動スキルってやつ――超回復?
そうか、回復魔法を使った時に超速で回復が終了したのはこれのおかげか。
彼女が傷一つなく戦闘を終えられたのがよく分かった。
ガーゴイルは思ったよりも弱かった上に、動きがさほど速くはない。アヴィの超回復が次の攻撃までに間に合ったんだろう。
この勇者もびっくりなステータスから考えると、パワーの方も相当なようだ。
おおかた折れたこの刀剣は、彼女のゴリラと形容するにはゴリラが可哀想な程、超威力で高火力で人ならざるハイパワーのせいで折れた。
未熟ではあったが、俺が三重も掛けた強化魔法をぶっ壊して。
「わ、私、力が強過ぎるからって言うのも、追放された理由でして……」
「化物かよ……」
頭を抱えてため息を吐く。
もっと早く言え。ペラッペラな剣を渡した俺が馬鹿じゃないか。
次渡すのは鉄槌とかそんなもんにしてやる。
というかこいつ、適性まで表示されている。
適性は宝玉に触れなければ解放されないステータスのはず。まさか、いい家育ちなのか?
「あっ、適性ですか。実はですね……、昔家族に連れられて行った神殿で、好奇心で触れちゃって。物凄く怒られてしまったんです……」
なるほど、アヴィらしい理由だ。
だがお陰で今後装備を考えるにあたって、必要な情報になってくる。適した武器や装備を揃えるには、解放されていて困ったことはない。
そこは過去のやんちゃなアヴィに、素直に感謝するとしよう。
さて話がだいぶ逸れてしまったが、本来の目的であるダンジョンの攻略に戻ろう。
ガーゴイル三体を倒したことにより、この空間に漂っていた不穏さが消えている。
あれはガーゴイルに仕掛けられていた魔法と取って問題なさそうだ。
全二十階層で現在このガーゴイル三体か。普通に考えて下に降りるたび守りが固くなるはずだ。
いくらこの階層が簡単だったとはいえ、気を抜かないようにしよう。
という事でさっきもやった通り、階下に行く前に準備をする。空間魔法でしまっておいた鉄槌を取り出して、強化魔法を掛ける。
鉄槌とは言え三重じゃ心配だ、掛けられるだけ……そう、五重でどうだ。
俺が無詠唱で掛けられる最高の強化魔法をこれだけ重ねていれば――
「折れましたぁ~……」
泣きながら鉄槌を見せてくる、ここは十六階層。
折れたというか、もうほぼ粉々になっている。鉄槌を素材に戻す気か?
少し不安で扱っているところをチラチラと確認していたが、扱いも半端じゃない。
十数キロあるので、普通であれば両手で扱うものなのだが、なんとこのアヴィは片手でダガーを振るうかのように扱ってみせた。
しかも折れてからは使い物にならない鉄槌を置き、あろうことか肉弾戦に入っている。
ガーゴイル相手に。石像相手に。素手で殴っている。
それが効いているものだから、化物なのだ。
「殴って効くならもう次は武器をやらん。手持ちが無くなる」
「そんな……」
耳と尻尾を垂らして嘆いたところで俺の意思は変えない。
ガーゴイルよりも強い敵がきたら考えてやる。
それにしても階層を進めているのに、敵の守りに変化がない。
いや全くない訳ではない、数は増えている。二体ずつだけだし、持っている武器が変わることもなかった。
別の種類の魔物なり守護者が出てくるものだと思っていたが、そうではないのだろうか。
まああと四階分ある。多少変化はあるだろう。
階下に進む。十七階層。またガーゴイルだ、数は……九体。
十四階層から一律二体ずつしか増えていない。なんだこの甘いセキュリティは。守る気があるのか?
もしかして、疲弊疲労を誘うだけで何もなかったりするのか? それこそ俺は怒り狂うぞ。
俺の持つ中でも低火力で死んでくれるので、肉体と魔力に疲れはないのだが、何分メンタルに問題が出ている。
十八階層。ガーゴイルが十一体。
階に降り立つと同時に全体攻撃、死亡と灰になったことを確認。
相も変わらず設置されている無意味な神殿を無視して、横にある階段を降りる。
十九階層。ガーゴイル十三体。
もうここまでうじゃうじゃいると逆に作った人を労ってしまいたい。
どういう受注で頼まれたのかしらないが、相当に可哀想だ。
もちろん全体攻撃で消滅させる。
結局十四階層からここまで、ずっとガーゴイル地獄だった。
石像職人の精神が狂いそうな量だ。全部で……48体か。頭がおかしいな。
工夫も何も感じられなかったが、普通の冒険者とかは、あの倒れていた男も含めてここまで辿り着けないんだろうか。
ここまで適当に作られていると、最下層に辿り着く前にパーティ全滅とかありそうなのだが。
それでないとここまで守りが緩い理由の見当が付かない。
「もう最深部ですね」
結局十七階層からずっと素手で戦ってきたアヴィ。
怪我もなく、入る前に見せていた怯えた様子もない。散々出てきたガーゴイルで戦闘への迷いが消えているようだ。
次は最深部。最下層、二十階層だ。
またガーゴイルという手も今までの流れから推測出来るが、ラストスパートだ。
ここを作った誰かも、最後までガーゴイル統一みたいなアホさはないはずだ。
今まで以上に入念に防御を練る。幸い、今までの階層が楽だったお陰で回復薬も減ることはなく、武器が二本減った以外痛手を負ってない。
というか仲間から被った害が一番キツイとか、このダンジョン、ある意味相当厳しいな。
「アヴィ」
階下に降りる前に、一言言っておこう。
何が起きるか分からないこと。
今までが手ぬるかったが、最後の階層だから気を抜かない欲しいということ。
そして、いざとなったら――俺を置いて逃げろということ。
最後の一言を添えた時、酷く傷ついた顔をする。
そして無理に笑顔を作って「……わかりました」と返事をした。
俺が死ぬことなんてないとは思うが、万が一だ。
それにアヴィなら、認識阻害マントとその馬鹿力があれば、冒険者とかをやって一人で生きていけるだろう。
先は長いんだ、こんなところで恐れて止まってはいられない。
俺達は階下へと足を進める。
最深部に着くと今までの異質な気配は全くしなかった。
広く取られたこの部屋は、今までの階層とは異なっていた。
神殿はおろか、ガーゴイルですら一体も置いてない。
逆になんだか神聖な、なにかのオーラを感じる。
発生源は――あの斧か。
部屋の中央。台座に垂直に刺さる斧が一本。
異常なバランス力――と褒めたいが、どうせ魔法が掛かっているのだろう。
大きさはアヴィの背丈とほぼ変わらぬ程だ。こんなのを扱える奴なんてトロールとか、オークとかそんなレベルじゃないのか……。
横には石碑のようなものが置かれている。
この斧についての伝奇か何かが綴られているのだろうか、一メートル程の大きさで、細かい字がびっしりと書かれている。
文字を学んでおいて良かったな、それでは後で読むとしよう。
ふむ、おおかたガーゴイル達はこの斧を守っていたのか。だから武器も斧一択という事なのか。
それにしてもこの感じ……もしかして、選ばれし勇者にしか抜けない伝説の剣と似たようなものか?
それならばせっかくだ、抜いてみようじゃないか。
斧に触れようと、俺は手を差し出した。
柄に触れようとした瞬間、静電気のようなパチリという感覚が指先に伝わる。
ただの静電気と思い俺はそのまま斧を持った――のだが。
「がは……っ!?」
「きゃああぁああ!? カズヒロ様!」
俺の体は、斧から発せられた凄まじい電撃に包まれた。
ここに毎度何か書くか悩んでいます。