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13 ダンジョンⅠ

「カズヒロ様、あれって……」

「ん?」


 アヴィが声を出す。道に何かが転がっていたらしく、それに気付いたらしい。

距離からしてまだまだそれなりにあるのだが、アヴィは目がいいようだ。これも亜人種の特徴なんだろうか。

俺にはまだ何が転がっているのかが分からない。


「人が倒れてます」


 見えないのを察したのか、言葉にして《アレ》の説明をしてくれた。

人か、どうせ魔物にやられた冒険者の類いだろう。放っておけばいい。

冒険者なぞ回復薬の一つや二つ持ち合わせているだろう。

いずれ起き上がって回復して帰宅するさ。


「カズヒロ様……」


 ……はあ……。


 優しいにも程がある。悲しそうな目で訴えるな。

お前を嫌う人間族だぞ、そのままにしておけばいいだろうが……。


 ………全く、仕方ない。恩を売って損をすることは無い――はずだ。

アヴィに免じて助けてやるか。


 数百メートルほど歩くと、倒れている冒険者の元へ着いた。

意識はないが命はある。

出血が酷く、何が鋭く大きな刃物で切られたようだ。逆に生きているのが奇跡と言えよう。


「……光の精霊よ、えーっと、こいつを治せ」


 倒れている男に手を向けて声を出す。

白い光が手に集まり、ゆるりと時間をかけて傷を癒していく。

 万が一意識があった時の為に、適当に詠唱をつけておく。

どうやら無詠唱は異端らしく、目立つらしいのでこうしておこう。次使う時までにまともな詠唱を考えておくのも課題だな。


 さて、回復魔法は終了。掛かった時間は――一分ぐらいか。まあ重症患者じゃこの程度が関の山だ。

傷は全て完治したのだが、意識の方が戻らない。

ついでに何にやられたのか聞き出そうと思ったんだがな。叩いていれば起きるだろうか。


 十回ほど両頬を叩いてつねってを繰り返したところで、冒険者の意識が戻った。


「……こ、れは――お前たちが治してくれたのか!?」


 ふうむ、思ったよりも飲み込みが早いな。いいぞ。会話が省ける。

「そうだ」と伝えると、いきなり前のめりになり、地面に頭を擦り付けて、


「助かった! 本当にありがとう!」


 と、やりすぎと思えるほどに礼を告げる。

まぁこれもマントの力が聞いているからの反応なんだろうが。


 まあ回復薬は持っているだろうが、一応後遺症なんて出られたら困る。こっちがした対応で不備はなかったと完璧に言える状況を作らねば。

いわゆる、アフターケアというやつだ。

空間魔法で収納してあった回復薬を二つほど取り出し、冒険者の座る横へと置いた。


「もし痛んだりしたら飲め。俺の回復魔法に不備があった、なんて難癖を付けられたら困るんでな」


 一般的にも売っている回復薬の改良版だ。

作成こそ俺がしたし、使われている材料もそれこそ一般薬となんら変わりもない。

だが、作成の過程で《隠し味》として回復魔法を忍ばせてある。

この技術には師匠も驚いていたのを覚えているが、正直武器に魔法を付呪するようなものだ。

やろうと思えばできるし、実際こうして出来ている。

 回復魔法を忍ばせてある為、効果は申し分ない。

瀕死状態から70%ぐらいまでは回復できる上物だ。在庫量も多いし、70%回復なんてさほどいい性能じゃないから、一個や二個減ったところで俺に支障はない。


 なんだか感激しているようだが、話を進めよう。

こいつの知り得る限りの情報を引き出す。傷つけられた事も聞いておいた方がいいな。

どこから逃げてきたか知らないが、これから俺達の行く道中に魔物がうじゃうじゃ居たらたまったもんじゃない。


「何があった? 細かく教えろ」

「お、おう。実は――」


 この先に行くと分岐点がある。おおかた、動物達から聞いた三叉路だろう。

事前に動物から聞いた情報に誤りはなく、街に向かう道と山への道があるらしい。

山への道を進むと、ここらでは有名なダンジョンがあるという。

 階層も二十階層とダンジョンの中では比較的簡単な部類のようだ。

ただ、地元住民が言うには、あそこには強力な守護者がいて、最下層には宝が厳重に保管されているだとか……。

……いやいや、簡単なのか難しいのか、どっちかはっきりしろよ。


 だがその真実を誰も知らないのは、ある程度の階層で数週間から一ヶ月以上は遊んで暮らせるほどの素材が手に入るからだ。

魔物のレベルも低レベル冒険者でも済む程度で、いい経験値の宝庫という訳だ。


 この男は自分の腕にそこそこの自信があったようで、一人でいるあたりパーティすら組んでいない。

そして欲に溺れ、最下層にあるという秘宝を探しに出向いたという。

言われている通りダンジョンは簡単で、十三階層までは通常通り何もなく進めた。


 しかし、十四階層にたどり着くと、今までの階層のように《巣穴》や《洞窟》といった自然のような地形作りではなく、その場は言わば《礼拝所》のような場所だったという。

確実に人為的に作られたであろう石像と、石造りの床。そして、神殿。

モンスターの気配もなかったが、あまりの異変に逃げようとしたらしい。懸命な判断だな。

 だが背を向けた瞬間、何者かに切りつけられ――そこで《おかしい》という異変への疑問が、はっきりと《恐怖》へと変わったらしい。

持てる限りの回復薬を服用し、命からがらここまで逃げ延び、力尽きた……という訳だ。


 神殿を含む人為的建造物……。

宝の匂いがするな。ちょうど金もない訳だし、少し覗いてみるか。


「行ってみるか」

「ええ!? 正気ですか!?」

「本気かい、あんちゃん!?」


 アヴィと冒険者の男が同時に叫ぶ。

そこまで驚くことか? 俺の今の戦闘能力も知りたいし、丁度いい機会だと思うんだが……。

 あぁ、アヴィは戦闘が出来るか分からないしな。いざとなれば入口に置いて、俺の帰りを待ってもらおう。

それに十三階層まではこの男が片付けてくれたんだろう? 手間が省けるし、無駄な戦闘をしないで済む。問題にすぐ対処できるのだ。


「ダメそうなら戻る、行くぞアヴィ」

「は、はい」

「ま、待ってくれ、せめて名前を教えてくれ!」


 名前――名前か。まずいな。

カズヒロなんて名前はこの世界じゃスタンダードじゃない。どころか、こんな変な名前は召喚された勇者ではという考えに至るのが早そうだ。


 それに名前を教えたところで、この男からなにか搾取出来るかと言えばノーだ。

見た感じ俺よりも弱そうだし、魔法について詳しいわけでもなさそうだ。

俺の今欲しかった情報は既に手に入れたし、お尋ね者の身としてはこの世界の人間にはあまり関わらない方がいい。


「名乗る程ではない」

「ちょ――でも、命の恩じ――」


 くどいな、とっとと行くか。こんなに面倒になるなら、首を突っ込むべきじゃなかった。全く俺も本当に甘いな。

 アヴィが後ろでぺこりと会釈をして、こちらへ走った。





「お前はダンジョンについて来なくていい」


 一瞥して告げると、ひどく驚いていた。

気にせず歩く俺の前に立ち塞がり、少し泣きそうな目で訴える。お前は目で訴える事しかできない狼娘なのか?


「私も一緒に行きます」


 先程の話を聞いて恐怖で震えているくせに、覚悟だけは一人前のようだ。

別にそれは構わない。だが俺に人を守るスキルも魔法もない。

師匠と一緒に居た頃は守られる側だったし、強い師匠を守る必要もなかった。

 この女に戦闘能力があるのか知らないし、どれほどかも知らない。

ただの強い覚悟(いし)で抜けられるダンジョンなどあり得るはずもない。


「……はあ、武器は作ってやるが、俺に守るスキルも魔法もない。死にさえしなければ回復魔法で何とかなるが――」

「それでも! いいです!」


 お供すると決めたのです、と頑なに意思を貫く。

死ぬかも知れない可能性があるのに、ただ命を救ったと言うだけで俺にこれ程の覚悟を見せてくるなんてな。

全く、何がこいつをそうさせるんだか。


 これを機に俺も援護魔法とかを勉強するか。

バイトだった頃の周りを気配る力とかを思い出して応用すれば、それなりにいい仕上がりになるかもしれない。


「死体を運ぶのだけは御免だからな……」

「……! 頑張ります!」


 空間魔法を展開し、手を突っ込んで回復薬を十個ほど取り出す。

小瓶サイズではあるが持ち運ぶには少し多い。ついでにポーチも取り出して、そこに瓶を詰めた。

 危なくなったら使え、とアヴィにポーチを渡すと、とても嬉しそうに受け取った。

回復薬程度でそんなに喜ぶほど心配なら、本当に入口で待ってて貰っていいんだが……。


 ポーチを腰に付けるアヴィ。

……それにしても装備が薄いな。俺も最初の村で手に入れた軽装のみだし、人のことを言えたものじゃないが、これから危険地域に向かう装備じゃない。

村人と遜色ないレベル。

 ダンジョンを切り抜けられて街に向かったら、まずは武器と装備の調達だな。

金は――ダンジョンでなんとかなるだろう。


 ……と、思った俺が馬鹿だった。


 現在、ダンジョン十階層。

魔物一匹すら出てこない上に、鉱物を始めとした素材もゼロ。

難易度の低いダンジョンだけあって、素材は薄いとは思ったが、先の冒険者野郎がこれでもかという程に吸い尽くしていたらしい。

クソ……弱いくせにそういうところはちゃっかりしやがって。


 ゲームとは違って、もう一度入ったりクエストを受注したらリスポーンしているとか、そんな糞みたいな(たのしい)機能はない。

新たな魔物が住み着き、拠点とし、仲間を増やすまで何もない。ゼロ。

このノリなら最下層まで一気にいけるんじゃないのか?……いやそれは金銭的にも色々と困るものがあるんだが。


 素材の反応もない(元)魔物の巣窟を下っていく。

結局難なく十三階層まで来たが、何も収穫なし。


 さて、次が問題の十四階層だ。気を引き締めていこう。

得体の知れない相手に挑むには、こちらとの能力差が分からない場合、入念に準備をする必要がある。

防御魔法を何重にも掛け、防御優先に。多少戦闘能力アップの魔法も掛けるが、基本は守りに徹底しよう。

長期戦はこちらの体力もある為なるべく避けたいが、攻撃重視防御手抜きでワンパンで殺されたりしたらたまったもんじゃない。


 特にアヴィの守りは強めに掛けよう。

戦闘中に守ったり援護出来ないから、今のうちに対策しておく必要がある。

俺に出来る事はこれしかない――そう考えると、だいぶ無力だ。

 あとはアヴィが自分の体力を見計らって、しっかり回復薬を飲んでくれる事を願う。


「これをやる」


 空間魔法で取り出したのは、俺が師匠といる頃に打った剣だ。

強化魔法が三重にかけられていて、能力向上も乗せているため、木程度なら豆腐を切るが如くスッパリといってくれる代物だ。

ただし、剣自体がペラペラな弱い剣なのが難点だ。

まあ早々に折れることなんてないとは思うが。


「行くぞ」

「はい……」


 傾斜ををゆっくりと降りていく。

途中から土の傾斜が石造りの階段へと変わった。なるほど、人為的ね……。


 最後の一段を降りて目の前を確認する。薄暗いが、奥に神殿があるのが確認できた。

ここまでは男の言うとおりのようだ。

階段から神殿へ向かう石造りの道が形成されていて、道の脇には三体の石像が配置されていた。

 確かに今までの階層と異なり、自然に出来た場所とは言い難い。

床も綺麗に切られた石が規則的に敷き詰められて、脇を固める石像も職人が作ったかのように精巧だ。

 神殿の横には更に下の階層へ降りる階段の入口が見え、迷路のように入り組んでいた今までの階層とだいぶ違うな。


 ……しかし、モンスターの反応がないが、この感じる異質な存在はなんだ?


あの神殿か? 何か禍々しいものでも祀っているんだろうか。

触らぬ神に祟りなし――だな、とっとと下へ行こう。


 階段へ向かおうと、石の床に一歩足を踏み入れる。

石臼を引くようなゴリゴリ、という音が耳に届き、殺意の類がこちらに向けられる。

俺達が一歩一歩と足を進めると、音が増し殺意も増える。


「――なるほどな、面白い」


 俺が笑うと周囲から三つ、武器を抜く音。

ただの石像じゃない、これは――ガーゴイルだ。

三体のガーゴイルは持っていた斧を迷うことなく俺達に向けてきた。


 ()()()。これは明らかに何かを守る為に、知能を持った魔法を扱える何者かが仕掛けたことだ。

そして二十階層あるこのダンジョンで、十四階層で三体もガーゴイルが現れる。

一体最下層にはどんな宝を隠し持ってるんだか。


 悠長に考えていると二体から同時に攻撃を受けていて、咄嗟に俺は二体から振り下ろされた斧を受け止める。

……腕で難なく受け止められたな。

防御魔法も一重目が解けることはない、さほど強くはないようだ。


 とは言っても二対一は分が悪い。これからどういう攻撃を仕掛けてくるか分からない。

とりあえず右腕で受け止めた斧を掴み、一体を遠くに投げつけた。

勢いで神殿がぶっ壊れてしまったが、まあ仕方がない……。

これでしばらくは一対一だ。


 さて、石像を倒す魔法なんて知っていたか……、まあ高火力で殴れば死ぬか。

手を向け、魔力に意識を集中させる。

内から、体の底から燃え広がえり、永遠に燃え続けるイメージを。

地獄の炎のように熱く苦しい絶望を……。


「これで――燃えてくれるといいが」


 熱々のフライパンに水を一滴垂らしたようなジュッ、という音。

そしてそれに続くように内側から炎……青い炎に包まれる。

 前の世界で聞いたときに、赤い炎よりも青い炎の方が熱いと聞いたことがある。

この世界の人間はそんなことを知っている訳もなく、初めて師匠の前で見せたときは大層驚いていたのをよく覚えている。

ただまあ、もちろんこの温度(かりょく)に辿り着くにも結構な時間がかかった訳だけど。


 それはそうと、一瞬でガーゴイルはただの灰と化した。

この感触だと、無詠唱で発動できる赤い炎の全体攻撃で先制を仕掛けるので十分そうだ。


 なんて思っていると、先程の吹っ飛ばしたガーゴイルが復帰してきて、こちらに飛び掛ってきたではないか。

俺はそちらを見ずに無詠唱で炎魔法を使うと、これも一瞬で灰となった。


 そう言えば三体居たはずだ、もう一体はどこへ?

――まさか、アヴィ?


 検証を優先していてすっかり忘れていた。

静かなところを見ると、戦闘終了……死んでいないといいが。

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