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12 出発

「今日はここで野営をする」


 村から歩いて数時間。

徒歩だと限界はあるが、村人達が追ってこない程度には距離を取れただろう。

それよりも道中に薬草が生えまくっていて、興奮のあまり採取に勤しんでしまった。移動どころではなかったな。


 それにしても、空間魔法は本当に助かる。

先の村で少々食材と、不要だと言われた鍋類をかっぱらっておいて良かった。これから安定した宿生活を送れるわけじゃないし、現にこうして野宿を強いられている。

村人には申し訳ないが、アヴィへ与えた仕打ちに対する罰金という事で、許して欲しいところだ。

 魔法空間から、鍋と食材を取り出す。

思ったより少ないな、あと……二食分くらいだろうか。というか、アヴィがどれほど食べるかによっても変わってくるな。


 そしてさっきから視線を感じる。というか、アヴィは俺の言葉の後からずっと立ち尽くしており、いそいそと飯の支度をしている俺を眺めていた。

別に支度を手伝えとか強要するつもりはないが、せめて座って楽にするとかないのか?

ずっと歩きっぱなしだし、疲れてるはずなんだが……。


「何だ?」

「え、あの、いえ……」


 一体なんだ、もじもじして……。まさか風呂やらトイレやらがないから嫌だとかそんなことか?

まあ魔法でなんとかならんことはないが……。

そう言えば俺もこっちの世界に来てから、浴槽につかってゆっくりするっていうのはなかったな。自宅の風呂が懐かしくなる。


「救世主様、その……私も食べていいのでしょうか?」

「はあ?」


 あぁ、もしや俺が思っていた以上に腹を空かしていたのか。

まあ人間の国にやって来てから、まともに食事を取れてはいないだろうとは思っていたが、自己申告する程とはな。


「先に食うか? まだ準備してるから待て」

「先に……!? ど、毒見と言う事でしょうか!?」


 突然怯え始めた。なんだなんだ、話が噛み合ってない気がするぞ。

一体この女は俺に何が言いたいんだ?

えーっと、さっきの言葉を思い出そう、私も食べていいのか……、つまり、この食事を与えられる権利があるのか、と言う意味だったのか?


 いや、助けた命を殺そうとする救世主様があってたまるか。

先の村の恩を仇で返した前例があるが、あれは特例だろ。というか攻撃はしてないだろ。

催涙は立派な攻撃です! と言われてしまえば仕方ないが、処刑に対する正当防衛と考えれば優しい方だろう。


「いいから、座れ。俺は言う程鬼じゃない。」


 道中の川で汲んだ水を入れる。

完璧とは言い難いが魔法で浄化もしたので、体に悪くはないはずだ。

そこに適当に切り分けた野菜を入れていく。この世界にコンソメが無いのが悔やまれるな。在庫の少ないスパイス達を、節制しつつ加えていく。


 シンプルな野菜のスープだ。

見知らぬ土地で長距離を歩いた身としては、腹の足しにもならない貧相なものだが、食べないよりはマシだ。

明日も行く宛もなく彷徨う羽目になるのだから、食べられる時に食べられる物を摂取しておかねば。


 元の世界にいた時と違って、今は戦う必要がある。

金ないから今晩抜けばいいや……は通じない。

下手に食べる機会を失って、死に直結――だなんて間抜けすぎる。


 二食分とはいえ、まだストックがある。

1日も歩けば、次の集落にたどり着くぐらいは出来るだろう。

 最悪道中獣を狩って補えばいい。

野菜不足は……逃れられないかもしれないが、食べられるだけいいか。


「救世主様はどうして優しくして下さるのですか?」


 私は迫害すべき亜人種なのに、と。

まあ信じられないだろうな。どれだけ長い間迫害されれて来たか知らないが、多分俺が初めて出会った《マトモな人》なんだろう。

ったく、俺も口下手だ、ちゃんと伝わるように言おう。


「同じだったから」


 これから苦楽を共にすると決めたのだから、話さなければな。


今まで俺にあったこと。

愛すべき優しい恩師による救済と、彼女の強く勇敢な死。

――俺の決意。


 言葉にするのは難しいし、下手だ。

プライドという枷が俺の発言を邪魔するが、素直に、出来るだけ感情論ではなく、起こった事実を。もちろん、記憶による補正がかかっているかもしれない。

でも、彼女(アヴィ)に伝わるよう、心に響くように。


「……と言う訳で、俺は召喚した奴らと、あっちの世界から来た偽善者達に復讐をするつもりだ。人を食えない優しいお前には苦痛だろうから、嫌ならとっとと――」

「――いえ、いいえ!」


 抑えられてはいるが、それなりにデカい声で俺の言葉を遮る。

俯いたアヴィからはぽたぽたと水分――涙が流れている。

まさかとは思うが、今の話が響いたのだろうか。


「救世主様、私……アヴィでよければ是非お手伝いさせて下さい。行き先が地獄であろうとも、喜んでお供致します」


 涙で潤んだ瞳。まっすぐ向けられた視線。

今日だけで2回目だよ。

その強く宿る覚悟の目を見て、また笑いが零れた。


 本来こうであるべきだったんだ。

召喚されたあの日から。

こうして、信頼できる仲間を得られるはずだったのに。


 厄災側の人間か、よく言ったものだ。

結局、自分達が迫害したせいで、復讐という名の厄災を生み出している。

本当に悪いのは人間の汚い心とはよく言ったものだな。


「……助かる。それと、俺の名前は救世主様じゃない」

「で、では、なんとお呼びすれば……」

「俺は名前が和弘、苗字は長塚だ。好きに呼ぶといい」

「でしたら、カズヒロ様と!」

「様……」


 カズヒロ様は……、重いというか。あまり、救世主様から変化がない気が……。

……好きに呼べと言った以上、やめろとは言えない。

何かアヴィも喜んでるし、いいか。


 それにしても明日からの予定はどうしようか。

グツグツと煮立ってきたスープを眺めながら思う。


「あの、カズヒロ様。この地の知識についてなのですが……」

「あぁ、俺もお前も知識はないな」

「はい、私は持ち合わせていないのですが、その……私、動物と会話できまして!」


 動物と会話? あぁ、なるほど、亜人種の特に獣人に近い種族だからか。

国の名前や情報がわからずとも、どこに何があるかがさえ分かればいいのだ。

人の居る地であれば、何かしら情報が得られる。いい手段かもしれない。

ついでに飯の調達等にも使えそうじゃないか。


「よし、じゃあ明日は動物に近くの集落が無いか聞いてくれ。そこに向かおう」

「はい!」

「それじゃ、飯にするか」


 お椀にスープを分けて渡す。

熱いからな、と注意を促すのも忘れない。動物は熱いものを食べる環境で生きてないからな……心配しつつ伝える。

亜人種なので火も扱えます! と怒られてしまった。


 食事を終えた頃には、薄暗かった辺りは完全に闇に包まれ、遠くでは獣の鳴き声がした。

とりあえず焚き火が消えぬよう魔法を掛け、俺達の居る一帯に隠蔽魔法を掛けた。


 安堵と満腹感から眠気が襲ってきたのか、アヴィは直ぐに眠ってしまった。

 聞けば彼女は、十七歳だそうだ。母国では成人が十八歳だそうだが、それにても俺より若い。

高校生の女の子がこんなに辛い境遇に置かれる事がない日本と比べると、可哀想に感じる。


 帰りたいだろう、家族にも見放され、心細いに違いない。

一緒に来るか?なんて軽率に言ったが、アヴィには最後まで俺の復讐に付き合わせる必要はないのかもしれないな……。


 さて、魔法も準備終わったし、今日は本当に疲れた。俺も寝るとしよう。



 翌朝。

起きるとアヴィがいない――逃げたか?

なんて思いつつ焚き火の後処理をしているとアヴィが現れ、「おはようございます!」と元気に挨拶をした。

てっきり居なくなったつもりでいた俺は、呆然としながら「どこへ行っていた?」と尋ねる。


「早く起きてしまったので、動物の方に近辺の情報を教えて頂いてました」


 ふむ、思ったよりも使える娘のようだ。

即行動を起こしてくれている。待ち時間が省けた上、迅速に次の行動へ移せる。

 しかもその腕に抱えられた木の実を見ると、食べられる食べ物についても聞いてくれたようだ。隠れている部分もあるので、俺からはよく見えないが、毒物や人間に有害な木の実は含まれていないようだ。


 こういう時は、褒めてやらねば人は動かじ――というやつだな。


「アヴィ、ありがとう。よくやった」


 礼を言いながら、頭に触れる。いわゆる《撫でる》というやつ。

わしゃわしゃと撫でてやると、時々手に当たる耳が心地いい。劣悪な環境を強いられているのに関わらず、撫でた髪は指通りがいい。

 元の世界では犬猫の類は飼っていなかったが、嫌いじゃなかったしな……。

いや、むしろ飼いたいとも思っていた。

借家だったり家族が許さなかったりで、結局写真とかカフェとか、友人のペットで我慢してたっけか。懐かしいな……。


「あ、あの……カズヒロ様、そろそろ……」

「おっと、悪い」

「い、いえ……」


 しまった、ちょっと嫌そうじゃないか。顔が赤くなるほど怒って――そうか、年頃の女子だもんな。

……というか逆に年頃の女子にこんなことしたらものすごく嫌なのでは。

今後の連携や旅に支障が出たら困る。

控えるとしよう。


「不快にさせてすまない、次はしない」

「え!? あ、う……その、別に……そんな……」


 後半がよく聞き取れなかったが、まあいい。どうでもいいことだろう。

さて、アヴィが貰った情報を共有して貰わねば。


 ……話によれば、今いる場所から道沿いに歩くと、三叉路に行き着くと言う。

一本は山へ、そしてもう一本が俺達の目的である人の居る地だそうだ。


 街には必ず入口に二人の長い棒を持った人間が居るという、動物にしてはなかなか有益な情報までくれた。

長い棒――つまり、槍などの武器類だろう。

守衛と考えると、常に二人も立っている街となると、それなりに規模の大きな街だと考えられる。


 俺達が逃げてきた村は、柵こそあるものの、気で作った簡素な囲いだった。

行く予定の街は《硬いもの》で出来た《大きな壁》があると言うらしく、城壁の類と捉えて良さそうだ。


 抽象的すぎる説明は人間の文化やらを知らないから仕方ないとして、それでも何となく欲しい情報を得られた。

今は場所さえ分かればいいんだ。

街に向かい、正確な情報を探るとしよう。


「行くぞ」

「はい!」


いつもご覧頂きありがとうございます。

次回の更新は3/2を予定しております。

またよろしければそれ以降にお会いしましょう。

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