10 村と狼娘
昨日森で採取したアレを使ってみるか。
そう考えてポケットに手を突っ込む。
指先に感じた数粒の丸薬のようなものは、昨日俺が森で採取した薬草を合わせて作った――煙玉である。
ちょっと遊び心を入れてしまったせいで、催涙効果もある。使うときは使用者とその仲間には対策と注意が必要なのが難点なんだが……。
出来立てほやほやの試作品。テストもする時間もなかった為、どれほどの煙の量なのか、催涙の効果は出るのか……などなど、不安要素はたっぷりだ。
「ま、これも師匠から受け継いだ一つだ」
探究心、そして好奇心ってやつ。
ニヤリと笑って、ポケットから取り出した丸薬、煙玉を勢い良く地面に叩きつける。
衝撃で煙玉が割れ、白煙が瞬時に一帯を包み込んだ。
ここまでは上々だな。
地面に叩きつける前に、俺と狼女の顔の周りへ、空気の塊を作成した。
この場に合わせて言うなればガスマスク魔法というべきか……。
さて、村人に世話になった恩をこうして仇で返すような事をして、大変申し訳ないとは思うが目標の為だ。目標には多少の犠牲というものはつきものである。
混乱に乗じて、狼女に向けて声を上げる。
「おい、ついてこい!」
「え……あ――はいっ!」
走りながら後方――煙玉と村民らを確認する。効果は十分のようだ。
どうやら遊び心もしっかりと発揮しているようで、皆口々に「目が…」等と某国民的長編アニメさながらの発言している。
見る限り、煙の広がり方が不十分だな。
狼女を囲っていた村民、約二十~三十名に対して、煙が覆えているのはその三分の二程度。
十分な薬草の量も、丸薬の大きさまで調整できなかった試作品だし、これが限界というやつか……。
さて、俺がこの村に入ったのは裏門からだった訳で、つまるところ正門へ走って逃げればいいと言う事。
この村は単純な作りで、正門から裏門まで直通の大通りが敷かれている。
それ沿って民家が形成されている為、人目につきやすいのが難点と言えよう。
「これ被っておけ」
俺の少し後方を走る狼女に、黒いマントを渡す。
疑問そうにしていたが、「さっさと被れ」と催促すると、ビクリと震えながらもマントを被った。
渡したマントはもちろん、外出には必須の認識阻害マント。
逃げる際に咄嗟に持ってきておいて良かった。今後必ず必要になるからな。
「よし、もういいだろう、歩くぞ」
「で、でも追っ手が……」
「マントがある、心配するな」
この村に魔術師はおろか、錬金術さえ出来る人間はいない。
このマントの能力を突き抜けて、俺達だと理解できる人間はまずいないだろう。
悠々と歩いて村を出れるという訳だ。
それにしてもどうしたものか。
やはり村の人間からは世界の知識を得られなかった。
世界常識については、師匠から教わっていたとしても、土地勘がゼロに等しい。
文献の知識があったところで、森から出ていないし、買い出しに国に少し踏み入れていたぐらいだ。
今後のやる目標も復讐以外定まっていないあたり、本当に俺の計画性のなさが垣間見えてしまう。
この女が使えると良いんだが……。
「おい」
「は、はい!」
「はぁ……、あまり大声を出すな」
いくら他人に見えていたといっても、会話まで遮断しているような高性能マントじゃないんだ。
つっても、マントの能力を教えていないから仕方がないか。
「お前、この辺には詳しいか?」
「ええと……その……」
狼女――アヴィ・トゥルーと名乗るこの女は、亜人の国より追い出されて人間の国を彷徨っていたと言う。
人狼…ウルフ種にしては不完全で中途半端という事で、種族には要らないとして切り捨てられたと。
人肉を貪るウルフ種ではあるが、その人を喰らうことができず、弱者として俺のように蔑まれ忌み嫌われ、今に至るのだ。
その理由があってか、あの村民に捉えられた時に激しい抵抗をしなかったのだろう。
いくら中途半端で弱者の女亜人種とは言え、ただの村人に比べれば遥かに力量の差はあるはず。
抵抗しない理由に、体力を消耗していたという理由もあるだろうが……。
そして逃げた先の敵対している人間が、亜人種に手を差し伸べる訳もなく。右も左も分からぬまま逃げて隠れてを繰り返した。
そんなアヴィが土地勘なんて得られる余裕なんて、あるはずもない。
お互いに行くあても分からず、知らない土地に放り出されたという事か……。
全く面白いじゃないか。
「お前、行き場がないなら俺と一緒に来るか?」
「え……」
アヴィは言葉を詰まらせた。
そりゃそうだ、人を食べれないほど弱い――優しい人狼なのだ。
俺のただの私怨による復讐劇に巻き込まれたくなぞないだろう。
そもそも勇者に立ち向かうような無謀で馬鹿な奴は、俺ぐらいのものなんじゃないか?
それなのであれば、今後俺に仲間が組めるわけがない。
ここは助けたというのもあるし、アヴィにこのマントをくれてやるのもいいかもしれないな。
母国に帰れないとなると、逃亡生活にはこのマントは必須だろう。
折角助けた命だ。途中で死なれちゃ俺の苦労が無駄になるというもの。
旅をしている内に繊維素材は手に入れられるだろう。また作ればいいさ。
……と思ったが、そう言えば作り方なんて聞いた覚えがないな。
関連書探しも視野に入れて――
「――行きます!」
なんて話の逸れた余計な事を考えていると、耳をつんざく程の爆音返事がやって来た。
でかい声を出すなと言ったはずだが、この獣娘は…。
それにしても……行きますだって?
まだ恐怖があるのだろう、体は震えてはいるものの、その真っ直ぐ俺を見つめる瞳には覚悟が宿っている。その言葉が事実なのだとよくわかった。
「……そうか」
アヴィの決意に頬が緩み、ふと笑みがこぼれた。
いや決して馬鹿にしているつもりはない。
師匠も、俺を迎え入れた時、こんな感情だったのだろうか。そう思うと、懐かしく…そして誇らしく感じる。
恩師であるあの人と同じ行いを、同じ道を辿れるのかと。
「……にしても」
どうしようか、この先。