9 村へ
長めです。
やっとヒロインでます。
時間にして8時間。食料は尽きずに到達出来た。
洞窟は村の外れの崖につながっていた。外に出ると林が広がっていて、すぐに村が見えた。
久しぶりの陽の光は目に堪えた。だが生きているという実感がよく感じられた。
疲労疲弊しきった身体を必死に動かして、一歩ずつ村へと近付く。どうやらここは裏門らしく、村の入口にしてはなんだか雑な作りだとは思った。
村に入ろうとしたその瞬間だった。
背後でガサリと音がして、そちらを一瞥すれば魔物化した大熊がそこにいた。明らかな殺意を向けてきた熊を見てため息を吐いた。
こっちは空腹だし疲れているというのに、どうしてこうも巻き込まれねばならないのだろう。
熊は一直線に俺の方へと向かってきた。手頃な餌とでも思っているのだろう。
そんな心外なことを思われてはたまったものじゃない。
俺は足元にある石を拾った。石に魔力を乗せて投げつけてやれば、プロ野球選手もびっくりな超高速で飛んでいく。
石が熊の脳天をぶち抜いたというのに、あまりの速さに気付かなかったのか熊はそのまま襲いかかってきた。
しかしながら、俺のいるすんでのところで倒れ込んだおかげで、血の汚れをつけなくて済んだ。
倒れ込んだ衝撃で降りかかった埃とかがあるのはまぁ仕方ない。この程度は払いのけるられるし、べっとりと血液が付着するよりもマシだろう。粉塵を払っていると、後方から声がした。目と鼻の先に村があることから、村の人間だろう。
一人、二人と続いて、村人がわらわらと集まってきた。
「……冒険者様か……? ようやく助けが来たんだ!」
……自分を守ったつもりだったが、どうやら面倒事に巻き込まれたようだった。
この村は俺を殺そうとしたあの王国の領土の小さな村だった。
ここ最近林に潜む魔物に怯えていたみたいで、それを俺が退治したことにより村からの印象は最高だった。ある意味で勇者様だといえよう。
とはいえ、疲れきった俺からしてみれば厚遇されるのはありがたい。
俺の身元も伝達されてないような辺境地らしいし、今のうちに体力回復してとっとと消えるとしたい。
この村には民家しかないようで、週に一度だけくる商人との取引でまかっているようだ。
金銭に関しては、村で育てている農作物を売って生計を立てているらしい。とはいえ都心部とは離れているため、出稼ぎをしようにも農作物を売ろうにも一苦労らしい。
週に一度とはいえ、品揃えもさほどいいとも言えず人里離れた立地のせいで先程のように魔物に襲われる頻度も低くはない。
こんな村で生まれた若い人間は嫌気がさして、成人するとともに早々に村を出ていくらしく、残された人間は小さな子供か年寄りばかりだ。
そんな人々が自衛の術など持ち合わせているわけもない。
今の時のように影にひっそりと隠れてやり過ごしているのだろう。
だから彼らにとって、俺という勇者的存在は大きかった。是が非でもこの村から逃がすまいというオーラがただ漏れだ。
まあもちろん捕えられるなんて間抜けなマネはしない。村から逃がさぬようにさせる割には自由を許され、俺は《内職》に勤しむ時間を与えられた。
森が近い僻地で住民の知識が乏しいだけあり、森の中は素材の宝庫だった。
もっといえば農作物なんて育てている場合ではない。ここにある薬草やら素材や何やらを売っておけば、この村で死ぬまで暮らせるほどはあるだろう。
治療薬の基礎となる薬草や、爆薬になるような起爆剤のもとだとかがわんさかある。
……師匠が見たら喜ぶだろうな。
出来ないことは分かってはいるが、師匠と、一度で良いから旅に出たかった。身につけた知識と技術を用いて、世界を見て回れたらさぞ楽しかっただろう。
いかんいかん、不幸続きで心が参っているようだ。
気を取り直して内職に励まねば。
ある程度の食料、薬一式、爆薬を用意し終えたらこの村とは縁を切る。
欲を言えば、この世界の地理やら知識も学びたいが、村一同で団結しているようで、その辺の知識は与えてくれない。
頑なに世界へ出すのを拒まれている。
世界から拒まれた人間が何とも皮肉なことだ。
出来れば商人がやってくる前にケリをつけておきたいと考えていた。
世界を回る人間であれば、指名手配者をよく覚えているはずだ。何より人と物を相手にする商売だ、人の顔を覚えるのが得意だろう。
俺も接客に従事していたからよく分かる。
人相書きやらが出回っているかなんて知らないが、エンカウントしないに越したことはないだろう。
俺が初めて訪れた日に商人が来たと言っていたから、次の来村まであと五日ほど。
もちろん商人も機械ではないのでキッチリ1週間で来る訳では無い。その点を考慮して、早め早めに準備を進めないといけない。
「なんだアレ」
村に来て五日目。そろそろ商人がやって来てもおかしくはないタイミングで、俺はソワソワしていた。
今日は外の騒々しさに起こされた。商人か!? と思ったがどうやら違うらしい。朝から元気な住民達だ。
泊めてもらっている民家から出て広場へ向かうと、村の人々が集まっていた。
その中心には何か薪のようなものが集められていて、キャンプファイヤーでもするのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「処刑を始めろー!」
「とっとと殺せー!」
こういった罵声が飛び交うことを考えると、どうやらこれは魔女狩りの類らしい。
魔女狩りであるなら、今ここにいる俺もなかなか危ないのだが、この世界で魔女はさほど忌み嫌われていない。
王国魔術師がいる世の中だしな。忌々しい。
禁忌を冒したとか、国に背いたとか、そんなレベルではないと迫害されないはずだ。
となると、何か罪を犯した者が処刑されるのだろうか?
「違います! 私は――」
「黙れ! 忌々しい!」
耳に届いたのは、若い女の声だった。
この村に限らず、貧富の差が激しい世の中だからな。おおかた盗みでも働いて、上手くいかず捕えられたのがオチだろう。
可哀想だが、それが自然の摂理というものだ。
そう思いながら俺も野次馬精神を発揮、犯人(仮)を見ようと、人混みを掻き分けていた。
辿り着いて見えた人物に、俺は驚きを隠せなかった。
元の世界では見ることが滅多にないであろう、銀色に輝く美しい長髪。黄色く煌く瞳。
そして最大の特徴。犬に近い獣の耳に、ふさふさとした尻尾。――これは…。
狼女――亜人だ。
師匠の家のある森から出ることがなかったから、見たことはなかった。
存在しているという話を聞いて関連文献を読んだだけで、実際こうして見るのは初めてだ。
なんだろう、この感覚。
あぁ、あれだ、勉強したところがドンピシャでテストに出たとか…そんな感覚。
でも亜人族って確か、昔人間族と大きないざこざがあって、二度と関わらぬようにお互いの国を遠くに配置したとか何とか…じゃなかったか?
この村も、王国からは近い方ではないが、亜人の国に比べると遥かに王国寄りだ。
それなのに何故こんな場にこの女はいるんだ?
「村長、そいつは」
俺が声を掛けると、暗い面持ちだった村長が少し明るくなる。
こちらに駆け寄り、ひそひそと話し出した。
「実はですね、朝方、村の若い者が、村の外で倒れているのを発見したそうで。亜人でしかもウルフ種ですから、こうして処刑を……」
ウルフ種。やはりそうか。
外に倒れていたのだったら、放っておけばいいものを。起きてきたら襲われるとでも思ったのだろうか。
しかし…見る限り、彼女は俺の知る文献とは異なり、理性も知性も持ち合わせていそうだ。
それなのに殺すというのか?
ここの村の人間が殺されたという訳でもないのに?
……全く、この世界の人間は他人の話を聞かずに、伝承を優先するようだ。
いや、どこの世界も変わらないか……。
「この女は何かしでかしたのか?」
俺が村長に問えば、「それは……」と黙り込む。
かと思えば村民が口を揃えて、亜人はこうだああだ、恐ろしい存在だ、と叫び出す。
なんだか見た光景じゃないか。
そう、こちらに来てすぐに俺が体験した光景に似ている。
……胸糞悪い。
自分の行いを正義と決め付け思い込み、殺しを正当化する。
何が厄災だ、何が災いだ、何が恐ろしいだ。
一番恐ろしいのは、そうやって正義を振りかざす者たちなのに。
「こいつがこの村から、消え失せればいいだけの話なんだろう?」
「そ、そうですが、亜人はですね――」
「あぁ、分かった分かった、亜人は悪者、はいはい。もう今だけで何回も聞いた」
ヒラヒラとわざとらしく手を振り、狼女の方へと近付く。
俺が一歩、また一歩と足を進めるにつれて、女は怯えて震えが強くなる。
目の前に到達し、しゃがんで地べたに座る女と目線を合わせた。
さて、まずは状態確認といこうか。
目元が赤い。この短時間で酷い仕打ちを受けて相当泣いたのだろう。
倒れていた時の状態を知らないが、新しい打撲痕、切り傷などが目立つ。全く、獣耳と尻尾がなければ喜んで村民がついていくような美少女に、どうしてこうも傷をつけられるかね。
手首、足首をうっ血する程きつく縛られ、抵抗の出来ないようされている。
普通の村人って、こんなに相手をボコボコにするもんなんだろうか?
流石に酷すぎて結構引くな。
「あ、あの? カズヒロ様?」
女を観察して黙り込んだ俺を心配したのか、村長が話し掛けてくる。
大丈夫だ、安心しろ。別に忘れていた訳じゃない。
人間はクソだと改めて認識し直していたところだ。
「もう一度聞く。この女が、ここから居なくなればいいんだよな?」
「? は、はい」
「そうか」
俺は立ち上がり、狼女を一瞥する。
瞳には怯えているのが写っている。これから待ち受ける《死》を恐れているのだ。
俺は人差し指を立てて、女へと向けた。
手足にあった縄が砂のように崩れ、そのまま消え去った。
――お尋ね者たるもの、縄抜けが出来なくてどうする。そう言われて無詠唱で使えるようにと、毎日のように師匠に縛り上げられて訓練したこの魔法。
まさか外に出て最初に使うのが、自分の縄抜けではなく、捕虜の救出でとはあの頃の俺も思うまい。
捕縛を解いたのを見た村民達が驚かない訳もなく。
というか、驚く以前に俺が魔法を使って解いたことに対して、罵倒の嵐。
ええとなんだ、これはもう呆れてモノも言えない。
女はなぜ俺がこんな事をしたのか分からないようで、その場でまだ座っているままだ。
「何をするおつもりで!?」
流石の村長も怒り狂って怒鳴りつける。
王国から逃げ出した時みたいに、物を投げるつばを吐くなんてものはなかったが、バッシングの剛速球が強いこと強いこと。
「だから、居なくなればいいんだろ? 俺はこいつを連れてここから去る」
そう言うと、豆鉄砲を食らった鳩のように村民は呆気にとられていた。
聞こえなかったのか? まぁ確かに、罵倒のうるささでかき消されていたのかもしれない。
念の為もう一度発言すると、聞こえていました、とキレ気味に村長が返事をした。ならいいんだ。
「なぜ、なぜですか?」
本当に理由が分からないのだろう。
村民を代表して尋ねてくる村長の頭の周りには、はてなマークが飛び交うように見える。
理由なんて単純だ。可哀想だから、自分を重ねたから。俺だって人間だ。そんな単純明快な理由で構わないだろ。
元より要領の悪い俺がそんな崇高だったり、天才的思考で動く訳がない。
まぁこれを話したところで、こいつらが理解すると思えない。
ここは適当に誤魔化して、とっととこの場から去るとしよう。
「理由を余り言いたくはないんだが……。それに早急に居なくなって欲しいんだろ。俺達は今すぐにでもここから発つ。それで満足してくれないか?」
「そ……そんな! ここに居て我々を守ってくださると言う話では――」
「はあ?」
いつ俺がそんな話をした?
確かに、こいつらを襲った魔物を退治した。だが、それも泊めてもらう為の代金に過ぎない。
正規な契約もした訳でもないし、そもそも俺がどこかに留まる予定は元々存在しない。
もっとも俺に利点がない。
はずれにあるごく少数の村民で成り立つこの村が、金銀財宝を俺に貢献して、何不自由無く過ごさせてくれる余裕なんてないだろう。
そしてそれが叶ったところで、恩師を殺された事実と憤怒が収まるはずもない。
この村に来たのも、俺の復讐の為の中継地点でしか過ぎないのだから。
なんだか俺が悪いような話になって来たが、そもそも魔物が良く出る場所に、村を作ろうだなんて考えた馬鹿が悪い。恨むなら俺じゃなくて先祖を恨むんだな。
ようやく自分達を助けてくれる勇者様に巡り会えたと勘違いしていた村民らは、まさかの手のひら返しに困惑していた。
埒が明かない。また新たに余計な事を言われる前に行かなければ。
商人が来る前にこの村を去れるのは予定内だが、予想していたよりも手持ちの備品が足りないな……。
次の集落までの道中で作成すれば何とかなるか……。
「おい、狼女、行くぞ。立てるか?」
手を差し出すと、怯えた様子で応えようとしない。
どうせこの村に辿り着くまでに色々と拷問なりされて、人間不信にでも合っているんだろう。
……いや、むしろ早々に信用されでもしたら、そいつの神経を疑う。
ため息をつきながら頭を掻いて、手のひらを女に向けた。
狼女は叩かれると勘違いしたのか、頭を庇いながら小さくなる。
手のひらに魔力を集中させる。
柔らかな光が発生し、その光は狼女を包み始める。
体中に出来ていた痣や傷、うっ血等が全て綺麗に修復されていく。
見ての通り治癒魔法だ。
思い出す修行の日々。毎日ボコボコにされ、これもまた無詠唱で骨折程度まで治せるようになるまでスパルタの限りを尽くされた。
今考えると、あの時森で見殺しにしていてくれた方が良かったのかも知れないと思う程の拷問だ。
……もちろん感謝している。
一瞬で全身が完治したようで、その場に居た誰もが驚いていた。
――その中には俺も含まれるのだが。
なんだ、思ったよりも怪我が軽かったのか?だいぶ早い回復じゃないか。
まあ、この悪い雰囲気から早急に居なくなれるのは幸いだ。
「あ、ありがとう……ございます」
怯えながらも礼を言う。
俺に対する恐怖が少し緩和されたようで、多少は言う事を聞いてくれるような余裕が出来たように見えた。
さて、狼女が動けるようになったところではあるが、この大人数の村民から、どう切り抜けようか……。
そうだ。折角ならば、昨日森で採取したアレを使ってみようか。
偶数日12時に投稿予定なので、月末月頭はどうしようか悩んでいます。