学校の快暖
四本目のマッチをこすった千尋が行った世界は、レトロ感漂う小学校。
学校には階段がある。当たり前の事だが、階段と言わず会談もあれば快暖もある。快暖とは快適で暖かいという意味だ。千尋も快暖の渦の中にいた。いつの頃からかは覚えていないけどここにいた。何日前か何週間前、何年前、もしくは何十何百何千年、ずっとここにいたような気がする。それとも昨日の事かほんの数時間前。そんな事はどうでもいい。楽しければいいんだもん。今が楽しければそれでいいんだもん。人生は楽しいの繰り返しであり、楽しいの積み重ね、一生楽しければ幸せな人生だったと天寿をまっとう、それでいいではないか。
大人の先生が教壇に立つと「起立、気をつけ、礼!」の日直の声、先生が出席をとり、子供達は元気いっぱいにお返事。
一時間目の授業が始まり、子供達は教科書を机の中から取り出す。
「山田君、そこのところ読んで」と先生の声に、山田君は教室中に響く元気な声で教科書を読む。
休み時間になれば、子供達は一斉に席を立って遊び始める。プロレスごっこ、カンフーごっこ、女の子のスカートめくりをするエッチな子等。
女の子達は、あやとりやお手玉、オジャミ、アルプス一万尺等―千尋は雪ちゃんに「千尋、あやとりしよう」と誘われた。雪ちゃんは千尋の友達、出会った時から今までずっと友達。これからもずっとずっと友達。給食食べる時も一緒、休み時間も一緒、おトイレ行く時も金魚のフンみたいに一緒。
雪ちゃんはクラスの人気者、だからお友達がいっぱいいっぱい。友達百人できるかな♪の歌みたいに、お友達百人くらいかもっともっといるお茶目でとっても明るい女の子。雪ちゃんとお友達になれば、千尋だって友達百人なんてあっという間にできちゃうだもん。
先生はとっても優しい男の先生。いつも同じ背広を着て、授業中に面白い事を言っては、みんなを笑わせるとっても面白い先生。教室大爆笑、いつも笑いが絶えないとっても明るいクラス。
授業の後の給食は、とっても美味しい。今日はコッペパンに牛乳、カレーライスにリンゴのデザート。食いしん坊のカツヤ君は、いつもおかわり一番、大食いの太った男の子。
給食が終わると、楽しい楽しいお昼休みの時間。雪ちゃんに誘われて、今日はグランドでサッカー、翼君がキレイに見事なシュートを決めた。
お昼休みはいつも楽しい。私はお昼休みが大好き。ブランコ鬼ごっこ、かくれんぼ、缶けり、ジャングルジム鬼ごっこ、ケイドロ、縄跳び等汗だくになって遊び回る。
学校帰りの道草も楽しく、雪ちゃんと一緒に花を摘んだり、密を吸ったり、百円玉握りしめて駄菓子屋に行ったり…。
雪ちゃんがくれたミサンガ、七色に輝くミサンガ、私の大事な宝物。
やがて春が過ぎて夏がやってきた。夏といえばプール、海、夏祭り、花火大会等楽しい事がいっぱい。
水泳の時間はちょっぴり恥ずかしいけど、とっても楽しい。紺色のスクール水着一枚になって、冷たいプールにドボーン。男の子達は、紺色の海水パンツ一枚になってとっても楽しそうだ。みんなで水をかけあったり潜りっこしたり、クロール二十五メートルを競争したり、水滴が光と溶け合い、美しい七色の虹を作る。どこかで蝉の大合唱が始まったみたいだ。
夏祭りの日、雪ちゃんやたくさんのお友達と一緒に、夜空いっぱいにたなびく美しい花火を見たり、神楽を見たり…。みんなわたあめや、りんご飴を舐めながら祭りの夜は過ぎていく。祭りは楽しいけどつまんない。すぐに終わっちゃうからつまんない。本当に楽しいのは、次のお祭りが来るのを楽しみに待つ事なんだと、誰かが言ってた。
秋になり、黄金色の紅葉が辺りを埋めつくす。秋は別れの季節だと人は言う。だけど雪ちゃんとはずっと友達でいるような気がする。その先もずっと、何百年何千年それとも未来永劫。雪ちゃんとはずっと前から、生まれる前から、何千年も前から友達でいるような、そんな気がする。
体育の授業では体操服に着替える。男の子は短パンに半袖シャツだけど、女の子は、パンツみたいな紺色のブルマに、半袖シャツという、ちょっぴり恥ずかしい格好をする。
体育の時間、みんなでドッチボールをした。友達が投げるボールをよければいいという簡単なルールだ。ボールを避けるのは簡単だ。ボールの軌道をよんで避ければいい。真ん中にきたらキャッチすればいい。下がパンツみたいなブルマの私は、ボールをキャッチして、お友達の男の子にぶつけた。ボールをぶつけられた男の子は、私を狙う側になる。ちょっぴり残酷、少しおふざけのゲーム、これがドッチボール。
音楽の授業、女の子達の人気ナンバーワンの時間がやってきた。女の先生がオルガンを弾く、そのオルガンの音に合わせて歌う。男の子も女の子も、天使のような声で歌う。私も楽器を奏でたいと思った。雪ちゃんだってそう思うはず。楽器は不思議な曲を奏でる魔法の道具、魔法を使いたいと、子供だったらきっと思うはず。魔法が嫌いな子なんていないんだもん。だから子供達は楽器が大好き。子供達はリコーダーを奏でる。とっても美しい音色で奏でる。
一番恥ずかしい時間がやってきた。体育や水泳よりも、ずっとずっと恥ずかしいおかしなおかしな時間。ちょっぴり変な気持ちになる時間。それが身体測定。男の子も女の子も、みんな白いパンツ一枚の裸ん坊になる。裸ん坊になった子供達は、先生に連れられて保健室に行く。保健室で身長と体重を計ってもらう。雪ちゃんも裸ん坊になって身長と体重を計ってもらっている。雪ちゃんの次が私。身体測定が終わると、教室に戻って服を着る。おかしな気分はこれで終わる。
学校の帰り、よく雪ちゃんと道草をして通る道がある。その道の奥の林の中に、古びた洋館が立っている。蔦が壁をびっしりと覆いつくした、とっても古い不気味な洋館。羊羹ではなくて洋館。お菓子の羊羹ではない。
「洋館を見に行こう!」と雪ちゃんに誘われて洋館を見に行った。ギャグのつもりなのか、雪ちゃんは羊羹を持ってきてくれた。雪ちゃんと羊羹を食べながら洋館をしばらく見物。見物だけでは物足りなくなって、探検してみようと思うのが子供というモノ。雪ちゃんは大勢の友達を誘って、洋館の中をみんなで一緒に探検する事になった。
「誰が一番先頭に行く?」
「じゃんけんで決めようよ」と子供達はお互いにじゃんけんを始めた。結局私が最後まで負けてしまい、先頭に行く事になった。先頭も怖いけど、しんがりも怖い。二番目に負けた子はしんがりになった。
「千尋、先頭だけど大丈夫?」と雪ちゃんが心配そうに尋ねる。
「怖いけど、頑張るから」と私は満面の笑みで答える。みんなに聞いた話によると、この洋館はメリーさんのお家と言われている、有名な怪奇スポットだということだ。
「千尋、雪がすぐ後ろに付いてあげるから大丈夫よ」と優しい雪ちゃんは、私のすぐ後ろにぴったりと付いてくれた。雪ちゃんが付いてくれるなら安心だ。私は洋館の扉を開いた。ギーっという音と共に、洋館の扉は簡単に開いた。中は真っ暗みたいだ。当たり前だけど、明るい古びた洋館なんて聞いた事がない。だけど、これは全くの嘘だという事を後で思い知る事になる。
千尋は洋館の中に一歩踏み出した。後ろで扉が大きな音を立てて締まる。後ろに付いているはずの雪ちゃんや他の友達は、どこにもいない。
じっと目を凝らしていると、正面玄関の前に和室のような段差があり、上がり口になっているようだ。そこに突然、真っ白い女の人が現れた。上半身だけの女の人、下半身がない全身真っ白な女。その女の人は、上下にピョンピョンマリのように飛び跳ね始めた。私は暗闇の中で、ピョンピョン跳ねている白い女の人をしばらく眺めていた。怖いというより、不思議なモノを見るような感じでただ眺めていた。どう考えても、この世のモノではないと思った時、強烈な恐怖が襲ってきて、うしろを振り返った。
「雪ちゃん、みんな、どこにいるの?」と私は力の限り叫んだ。すると後ろから全身真っ白の女の人が現れた。上半身も下半身も揃っている女の人だけど、体が透き通っている。何体かの透き通った女の人が現れて言った。
「おいでやす、ここでのんびりしていきなはれ」
「中に案内しましょう。私達に付いて来て下さい」
体は透き通っているけど、言葉使いが丁寧なのと、グロテスクさはなくて、美しいと言った方がいいゴーストらしきモノに、なぜか恐怖を感じない。
どこからか英語の歌で、大勢の子供達の合唱する美しい歌声が聞こえてきた。ゴーストらしき数体の女の人は、長い螺旋階段を登って言った。どこまで続くか分からない長い長い階段。子供達の歌声は、段々と近く大きなモノになっていく。
「あれをごらん」と女のゴーストは言った。私は女の指さす方を見た。
するとそこには数百体の透き通る白い子供達が、大合唱を繰り広げていた。私はしばらく白い子供達の美しくさに見とれ、天使のような歌声に耳を傾けていた。そこがあの古びた洋館だという事もすっかり忘れて。
やがて螺旋階段は終わり、光の世界にやってきた。光にみちあふれた別世界とでも言ったらいいのか、光しか見えない空間だ。私はその光の中に吸い込まれるように進んで行った。この先何があるのかという好奇心のためだけに足を進めた。しばらく進むと白い世界にやってきた。白い白い白銀の世界。近くに廃屋の屋根がある。いつも見慣れた景色。千尋は元の世界に戻っていた。手にはマッチの燃えかすと、手首には雪ちゃんからもらった七色に輝くミサンガ。
「寒いわ。凍えそう」千尋はマッチ箱を見つめた。マッチは後残り一本。突然、千尋は雪に足をとられて倒れた。千尋は胸近くまで雪に埋まった。
「マッチを、マッチを」と千尋は何回もマッチをするが、湿っているせいか火が点かない。強烈な寒さが千尋の体温を急激に奪う。
「マッチをマッチを」と千尋は薄れゆく意識の中で、何回もマッチをこすった。
マッチの火が点かなくなって、雪に埋もれた千尋。
いったいどうなる?




