スーパーアイドル
輝くスポットライトの中で歌う少女がいた。
輝くスポットライト、鳴り止まぬ声援、舞い散る紙飛沫、宝石のように輝くイルミネーション、全て私のモノ。
私は踊り歌う。二の腕と生脚を汗できらめかせながら、ミニスカートをひらり、男の子達の視線は私に釘付け。
千尋ちゃんコールが飛びかい、私は歌い踊る。私はステージの天使でありみんなの救世主、私はステージの歌姫。
「千尋ちゃん、よかったよ」とマネージャーの柏木さん。
「今何時?」と私は柏木さんに尋ねる。柏木さんはただ黙って私に時計を見せるだけ。この人はいつも事務的に喋る。鉄仮面のような顔に微笑みはない。これがこの人の悪いくせ、これがこの人のいいところ。
「千尋ちゃん、明日は水着撮影だから」といつもの無表情で話す。
水着撮影は楽しい。フリーの時は、海で遊び放題だし、ビキニの水着でポーズを作り、砂浜を走る私はマーメイド。どこまでも続く地平線、燦々と輝く太陽、私は生きている。私は生かされている。大自然に、見えない巨大なモノに。
「今何時?」と私が尋ねる。あなたはただ黙って時計を見せるだけ。
「千尋ちゃん、その後サイン会だから」といつもの無表情。
長い行列が私の前に並んでいる。私のために並んでいる。みんな私が目当て、私のサインと握手がめあて。笑顔は絶やさない。笑顔は大事、笑顔はエネルギー、笑顔は太陽。私はスーパーアイドル千尋。
「今何時?」と私は尋ねる。柏木さん、あなたっていったい?
「百人かな? 千人かな? めっちゃいっぱいサインしてー握手してー」と私はただ黙って時計を見せるあなたに、満面の笑みで答える。
「この手見て。めっちゃいっぱい私のファンが握手してくれたんだよ」
だけどあなたはただ無表情。鉄仮面のあなた、そんなあなたが好き。
「あなたが千尋ね」とキレイな女の人。私よりも少し年上かな?と思うような若くて綺麗な人。
「今年の新人賞はこの紅桜アリスがもらうわ」
なんだかちょっとイヤな感じの人。
「紅桜アリス、今年の新人賞を狙っている」と柏木さんは言ったけど、新人賞って何の事だかわかんない。私はただみんなの前で歌って踊って、みんなの笑顔が見たいだけなんだもん。
鳴りやまない拍手の嵐、舞い散る七色の紙テープ、七色の風船がいくつも上がり、千尋ちゃんコールの響き。
「千尋ちゃん、新人賞おめでとう」と司会者の人が私にトロフィーとブロンズ像を渡す。まばゆいスポットライトが私を照らす。私は光の国にいる王女であり天使でもあり、マーメイド、もしくは輝く妖精。だけど本当の私は女の子、みんなのアイドルの女の子、スーパーアイドル千尋。
私の後を付けてくる人達。柏木さん意外に私に付いてくる人達。カメラを構えて付いてくる人達。だけど私は笑顔でこたえる。だって私はスーパーアイドル千尋。
「今何時?」と私が尋ねる。あなたは時計を見せながら「パパラッチがいるから気をつけて」と鉄仮面の顔で。
「え、パパって何? あなたは私のパパ?」とあなたの横顔をじっと見つめる私がいる。無表情な表情で私を見つめるあなたがいる。あなたは誰? あなたは私の何? あなたにとって私は何? この世で一番おかしな人、この世で一番不思議な人、この世で一番いとおしいあなた。だけど私はみんなのアイドル。スーパーアイドル千尋。
「時計持ってた方がいいから」とあなたは私に腕時計をくれた。金色に輝く腕時計、私の腕にぴったりヒット。暗闇でも金色の輝きを放つ腕時計。ダイヤモンドを散りばめた腕時計。あなたがくれた金色の腕時計。私の一生の宝物。
黒いコートを着た人が近付いてくる。暗がりでも顔は分かる。私にははっきりと。たしか紅なんとかアリスっていう女の人。少しイヤな感じの人。この人は何かを手に持っている。暗闇の中でキラリと光る何かを持っている。この人は私に近付いてくる。キラリと光る何かを持ったまま近付いてくる。この人が欲しいモノは何? 新人賞なんかじゃない。今はきっと私の命。
黒いコートの人は、どこかに行った。あなたが倒れている。胸の心臓の辺りから真っ赤な液体が流れている。私はあなたの顔に優しく触れた。あなたは何かを言おうと、口をパクパクさせるだけ。顔が青いあなた。唇が紫色のあなた。私はあなたの手を握った。あなたの手は冷たい。だんだん冷たくなって、やがて氷のように。私の目から流れ出た液体が、あなたの青白い顔を濡らす。あなたはモノクロになる。段々と灰色になり、やがて消えてしまう。まるで春の霞のように。
千尋は三本目の消えたマッチの燃えカスを眺めました。だけど千尋の腕にはマネージャーの柏木さんからもらった金色の腕時計が光っています。
「柏木さん」と呟いた千尋の目から大粒の涙がこぼれ落ち、金時計を濡らしました。
三本目のマッチでスーパーアイドルになった千尋。
柏木さんとの思い出は一生の宝物。




