お城の王子様
千尋は母から不思議なマッチ箱をもらいました。
このマッチ箱は不思議なマッチ箱でした。どこが不思議かというと、箱の模様でした。その模様は、美しい天使達が舞っている絵でした。このマッチ箱の中には太いマッチが五本入っていました。長さは十五センチくらいで、太さが三ミリくらいでしょうか。頭の部分は金色の変わったマッチ棒です。このミステリアスなマッチ箱は、千尋の大切な大切なお母さんの形見です。
「お母さん、しっかりして! 死んじゃイヤ!」
「千尋、お母さんはもう長くはないわ」千尋のお母さんは病気でした。家が貧しいので、医者にみせる金もありません。
「そんな事を言わないで! 千尋を一人にしないで! 私にはお母さんしかいないの」
「千尋、よく聞いちょうだい。お母さんにはもうお迎えが来ています。千尋にこれを渡します」千尋のお母さんは、千尋に一つのマッチ箱を渡しました。
「このマッチ箱には五本のマッチが入っています。千尋がどうしても辛くてたまらなくなった時、このマッチをすりなさい。一回するたびに素晴らしい事が起こります。お母さんはもうダメです。お迎えがすぐそこまで来ています。お母さんは旅立ちます。千尋、元気でね」と千尋のお母さんは、息をひきとりました。
千尋は涙が枯れるくらい泣きました。毎日毎日泣きました。でも泣いてばかりはいられません。千尋はマッチ箱を眺めながら、お母さんとの楽しかった思い出に浸りました。まだ十二歳の千尋にとって、一人で生きていく事はとても辛い事です。千尋は仕事を探しました。毎日毎日足が棒になるくらい歩いて探しました。でも十二歳の女の子を雇ってくれる所はありませんでした。家賃が払えなくなって千尋はアパートを追い出されました。廃屋になった屋根の下で暮らすようになった千尋は、木の実や草等を食べて飢えをしのぎました。
やがて辛い冬がやってきました。お母さんが買ってくれたボロボロの服しか持っていない千尋は、寒さでガタガタ震えました。
「寒い、お腹が空いた」千尋はマッチ箱を眺めました。
「どうしても辛くなったらこのマッチをすりなさい」という母の声が聞こえたような気がしました。
「そうだ、マッチをすろう」と千尋は一本のマッチを取り出しました。このマッチは十五センチくらいの長さで、太さは三ミリくらい、頭の部分は金色のおかしなマッチです。
「変わったマッチねぇ」と言いながら、千尋はマッチをすりました。
「あれ、ここはどこかしら?」千尋は辺りを見回しました。春のような暖かさで、色とりどりの綺麗な花が、辺り一面に咲いています。七色の巨大なじゅうたんのようなお花畑の向こう側には、絵本で見たような美しい大きなお城が建っています。
「綺麗なお城ね」と千尋はお城に向かって歩いて行きました。お城の玄関までたどり着くと、扉が開いてタキシード姿の猫が出てきました。
「お嬢様、お待ちしておりました」とこの猫は言いました。
「おかしな猫ね。人間の言葉を喋るなんて」
「お嬢様、パーティーにご案内します」とこの猫は千尋をお城の中に案内しました。
「お嬢様、こちらに」タキシード姿の猫達が、千尋を美しい姿に変えました。色とりどりのキラキラ光る宝石を散りばめた豪華なドレスに着替えた千尋は、テーブルの椅子に座りました。千尋の目の前には、食べきれないほどの料理が並んでいます。見たことも食べたこともないような高級料理ばかりです。お腹が凄く空いていた千尋は、料理を一口食べました。今まで味わった事がないくらいの美味で、千尋はお腹いっぱい料理を食べました。お城の中には、とても豪華なステンドグラスやシャンデリア、高級絵画が飾られ、金のテーブルや椅子等が並べられています。美しい女性達が優雅な音楽を奏で始めると、大広間で舞踏会が行われました。たくさんのタキシード姿の男性とドレス姿の女性がカップルになって踊っています。千尋は初めて見る光景にただ目を見張るばかりでした。その時「お嬢さん、踊りませんか?」と声をかけてきた男性が現れました。千尋はその人をじっと眺めました。その人は宝石をあしらった衣装を身にまとい、腰には剣を刺しています。髪は金髪で目は海のような澄んだ青色。小さい頃絵本で見た王子様そっくりです。千尋は笑顔でうなずくと、その人と踊り始めました。
「お嬢さん、お名前は?」とその人はたずねました。
「私、千尋」
「千尋ちゃんか、ボクはニール。このファンファーの国の王子をやっているんだよ」
やっぱりこの人は王子様だったんだ。千尋はニールという王子様にひとめぼれしました。千尋とニールは毎日手をつないで城の周りを散歩しました。千尋とニールはある森の中に入りました。森の小動物達は、二人を歓迎しました。
「こんにちはニール王子」とリスが出てきて言いました。
「こんにちはリスくん」
「王子様、この可愛い女の子は誰ですか?」
「ボクの可愛い可愛い恋人だよ」
次は鳥が飛んできて言いました。
「こんにちはニール王子。この可愛い女の子は?」
「こんにちは鳥くん。ボクの可愛い可愛い恋人だよ」
今度は山猫が出てきて言いました。
「こんにちはニール王子。この可愛い女の子は?」
「こんにちは山猫くん。ボクの可愛い可愛い恋人だよ」
アライグマや鹿やウサギ、キツネ、タヌキ等が出てきてニールに同じ質問をしました。森の動物達はすっかり千尋が気に入ったようで、たちまち千尋は動物達の人気者になりました。
動物達だけではありません。お城の中でも千尋は人気者でした。誰もが千尋に微笑みかけ、千尋は笑顔でこたえました。
ある満月の夜、ニール王子は千尋にプロポーズしました。そしてついに結婚式が開かれる事になりました。ファンファー中の人達や森の動物達まで、ニール王子と千尋の結婚式を見物にきました。ニール王子を一目見たいという人や王子と結婚する女の子はどんな子だろうかという人達でお城の中はいっぱいになりました。お城の外にまで人だかりができています。人々は千尋の美しさに一瞬で心を奪われて、涙を流す者、お祝いの歌を歌う者等様々でした。
千尋は幸せの絶頂にいました。ニール王子は千尋の指に結婚指輪をはめました。お城につめかけたたくさんの人達は、ニール王子が千尋に口付けする瞬間を、今かいまかと待ちわびています。ニール王子の唇が千尋の唇に触れようとした時、ふと辺りが暗くなり、目の前のニール王子が灰色になりました。お城の中のステンドグラスやシャンデリア、高級絵画、大勢の人々、森の動物達等全部モノクロになりました。そして全てが消えてしまいました。
千尋は元の寒い屋根の下にいました。豪華なドレスではなくて、ボロの服に戻っています。手の中にマッチの燃えかすだけが残っていました。そして指には王子様がはめてくれた指輪が…。
「ニール、ありがとう」と千尋はつぶやきました。寒さはだんだんと厳しくなり、体が凍りつきそうです。千尋は二本目のマッチをすりました。
二本目のマッチをすった千尋―次はどんな素晴らしい世界が千尋を待つのでしょうか?