大人って、ズルくないですか?
「大人って、ズルくないですか?」
聖也君が、言った。
ママは、黙って次の言葉をまっていた。
「子供は、いつも振り回されっぱなしです。」
ママは、聖也君を真っ直ぐ見て言った。
「そうかもしれないわね。
大人も自分を取り巻く環境の中で、懸命に生きているのだけれど。」
聖也君が、下を向いたままつぶやいた。
「ただの言い訳にしか聞こえないです。」
ママは、優しく言った。
「大人も、子供に、振り回されているのよ。でも、それ以上に子供の笑顔や存在に・・・居てくれるだけで、支えられたり、元気をもらったりして、生きる力になっている。大人達も、そうやって、育ててもらってきた。
忘れがちだけど、けして忘れては、いけない大切な事よね。」
こんな話をママから聞くのは、はじめだなぁ。
ママは、続けた。
「子供には、子供の世界があるように。大人にも大人の世界がある。大人になったからといって、トラブルや障害を何でも上手く乗り越えられるわけではない。
むしろ逆かもしれないわね。だって、守りたい人が、増えるから。トラブルも増えて、思うよいにいかない事が、増える。大人も人間なのよ、神様じゃない。上手くいかないときもある。子供の事をどれだけ大切に思っていても、伝わらない時もある。私も子供の頃、両親が、私より患者さんばかりを一生懸命見ていて、何で、こんな家に生まれてきたんだろう?って、何度も思った。でも、大人になった今は、両親を誇りに思うの。病気の人達を治すのに、一生懸命だったんだって、私を育てるために、一生懸命だったんだってね。」
聖也君は、下を向いたまま、何も言わなかった。
「詩穗、ママ、看護婦の仕事をしようと思っているの。本当は、ずっとしたかったけど、あなたに私と同じように、寂しい思いをさせたくなかったから。できなかった。でも、あなたは、自分の人生を歩きはじめてる。ママも、母親であるけど、一人の女性として、自分やりたい事をはじめたいと思うの。お互い頑張りましょう。」ママが、笑った。
なんだか、私自身を認めてもらったようで、嬉しいかった。
聖也君が、立ち上がった。
「詩穗、家出は、終わりだな。俺は、帰るよ。」
なんだか、聖也君が、寂しそうで心配になった。
するとママが、私の顔を覗きこんで、
「今度は、家出じゃなくて、お泊まりに行けばいいんじゃない?」と言って笑った。
パパは、ちょっと心配して、何か言うかもしれないけど、前のママほど、手強くないから大丈夫よ。パパは、結局、詩穗には、あまいんだから~。」
ママの笑顔に、聖也君が、笑った。
あぁ、良かった。なんだかホッとした。
今日は、聖也君を一人にしたくなかった。
さすが、私のママ。全部、お見通しなんだなぁ。
「何年、あなたのママをしてると思っているのよ~」
とママが言った。そして、三人で、笑った。




