(番外編)竜を背負って立つ男
とある港町にヴァルドという治療師がいる。
真っ赤な髪。金色の瞳。首にはたくさんのネックレス。両方の耳には幾つものピアス。筋肉のしっかり付いた大柄な体に纏う白いローブの背中には金と銀の2匹のドラゴン。
およそ治療師らしくない格好の男は治安のあまりよろしくない路地裏を歩き回っていた。
すりもチンピラもこの男には手を出さない。自分や自分の身内が1度や2度はこの治療師の世話になっているからだ。
ヴァルドはスラムの子供たちや貧しい者たちからは治療費をとらない。むしろ、もっとちゃんと食えと食べ物を差し入れてやったりもする。
なに、金は有るところからむしりとれば良い、とこの男は思っている。
孤児院に顔を出したらチビたちがヴァルドの足に群がった。子供たちはどんなにはしゃいでもヴァルドの手には触らない。ヴァルドが治療師の手を大事にしていることを知っているからだ。
子供たちが騒ぐ声に気づいて、孤児院の建物の中からひょろっとした頼りなさそうな男が出てきた。見た目よりもけっこう頼りになるこの男が孤児院の院長。ヴァルドの昔からの仲間の1人だ。
ヴァルドはスラムのガキ大将だった。
飲んだくれの父親は家に金を入れないし、ほとんど帰って来ない。母親はそんな夫とまだ小さい息子を棄てて出ていった。
だから自分と似たような境遇の子供たちを集めて、いろいろなことをして食いぶちを稼いだ。
冒険者たちや町の人たちの使いっ走り。港町を訪れた商人や旅人の道案内。店の前の掃除。庭の草むしり。
生まれつき才能が有ったのだろう。冒険者が気まぐれで教えてくれた魔力操作の訓練を密かに続けて、ヴァルドはいつのまにか自力で回復魔法の真似ごとができるようになっていた。
金貸しのじいさんがそんなヴァルドに目をつけた。
血も涙も無いと評判の因業じじいだったが、これまた何の気まぐれか金を出してヴァルドを王都の魔法学院に入れてくれた。
「貸した金は倍にして返せよ」とは言っていたが……
ヴァルドは貴族にもめったにいないほどの魔力適性を持っていた。ただし、攻撃魔法適性ゼロ。極端なくらい治癒回復系に特化した魔力適性だった。
魔導師にはなれない。だからヴァルドは世界一の治療師を目指すことにした。
ヴァルドは口が悪いし生意気だ。学院生の多数を占める貴族たちにたちまち目をつけられいじめられた。毎日ボロボロ。でも治療に使う自分の両手は守りきった。
そして学院始まって以来の優秀な成績で卒業し、治療師になったのだ。
王立治療院への推薦もあったが断った。
自分は貴族や金持ちのために治療師になったんじゃない。故郷の仲間やスラムのみんなを元気にしてやりたいから何があっても頑張れたんだ。
◇◆◇◆◇◆
1人の男が自分の家の廊下に蹲っていた。
せめて寝室のベッドで横になりたかったが、もうその力は無いようだ。
まあ、こんなもんだろう。こんなに穏やかに逝けるなら上々だ。
男は昔はそこそこの冒険者だったが仲間だと思っていた連中に騙され瀕死の重症を負った。腕の良い女の薬師に助けられ命はとりとめたが左目の視力と左足の動きは戻らなかった。
冒険者廃業の届けを出して家に戻れば家の中はもぬけの殻。家財道具を全部持って妻が男と逃げたのだ。
幸い冒険者ギルドに預けていた分の金が手元にあったので、男はそれを元手に金貸しを始めた。
信用貸しはしない。必ず担保をとる。相手が返せないような金額は貸さない。無理の無い返済期間を設定する。そして必ず法律で決まっている通りの証文を作る。
返済期間の延長はしない。金が返せないなら担保を、それも無いなら法律に従って奴隷に堕ちてもらう。奴隷といっても人権は保証されているし、頑張って働けば自分を買い戻すこともできる。
男は当たり前のことをやって来た。だが、世間は非情だ、血も涙も無いと男を嫌う。
男の方は別に嫌われてもどうということはない。親はとうに死んだ。子供もいない。なんなら今男が死んだって誰も困りはしない。ある意味、とても自由な境遇だった。
男はたいした物は持っていない。男が死んだあと、男の財産を目当てに来た連中は何も無くてびっくりするだろう。男は気にくわない連中のがっかりする顔を思い浮かべていい気味だとニヤリと笑う。
金は男が死んだらしかるべきところに行くようにちゃんと手配してある。
たとえば3年前に気まぐれで学校に入れてやった生意気なガキのところとかな。
面白いガキだった。えらく生意気で、大の大人相手にも怯まない度胸があって、仲間に慕われていて、おまけにスラムのガキの癖に独学で魔法まで……
だからほんの気まぐれだったのだ。あんなガキを学校に行かせてやるなんて。
卒業まで5年。どんな顔をして帰ってくるか見てやろうと思っていたが、どうやらそれまでもちそうにない。
目の前が暗くなっていく。
真っ暗になる前に、赤い髪と金色の瞳を見たような気がした。
おいおい、最期のお迎えくらいべっぴんさんの女神様にしてくれたって良いだろうに。
翌朝、男は顔をしかめて野菜スープをすすっていた。どうやら自分はまた死に損なったらしい。
「せっかく入れてやった学校をもう追い出されたのか?」
今ごろ学校でお勉強しているはずのクソガキは馬鹿にしたような目で男を見た。
「知らねえのか? 学校には飛び級ってのがあるんだよ。あんな所にチンタラ5年もいられるかよ。俺様は天才なんだぜ」
生意気さにさらに磨きをかけて帰ってきたクソガキが甲斐甲斐しくお代わりをよそってくれる野菜スープを飲んでいたら、昔助けてくれた女薬師の言葉を思い出した。
温かくて美味しい物を食べれば、けっこうなんとかなるものよ。
ああ、その通りだな。と男はお代わりのスープを飲み干した。
◇◆◇◆◇◆
婆さん、ちゃんと食べてるか?
そこの坊主、喧嘩か? 男前になったじゃねえか? 治してやるから来い。
そっちの嬢ちゃんは熱があるみたいだな。治癒魔法をかけてやるから、今日はおとなしく寝てろ。
ヴァルドが荒っぽい場所で治療師として認められるまではけっこういろいろ大変だった。
ヴァルドは魔法攻撃ができない。ガキのころはそこそこ喧嘩もしたが、治療師の手をそんなことで傷めるわけにはいかない。つまり暴力への対抗手段が無い。
だが、自分の身を守る方法なんていくらでも有る。たとえば魔道具とか。
そう。じゃらじゃらと首にたくさんぶら下がっているネックレスも、耳に幾つもつけたピアスもヴァルドの身を守る魔道具だ。
これのおかげでヴァルドは何度も命の危機を乗り越えて来たのだ。
俺は治療師ヴァルドだ。
背中の2匹の竜は看板代わり。俺はここにいる。治してほしい奴はここに来い。どんな怪我も病気も必ず俺がなんとかしてやる。
ヴァルドは今日も薄汚れた路地裏に、大きな背中を伸ばしてまっすぐに立つ。
その背中の金と銀のドラゴンは港町の人々を照らす希望の光だった。
まあ、そんな風に言われたらヴァルドは恥ずかしさに転げ回るだろうけれど。




