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(5)魔力誘導

 



 ベルは自分の光と闇の魔力を細い糸にして、アイリスの体内にゆっくり伸ばしていく。


 魔力誘導の指輪と胎児の間に魔力の通り道を繋ぐために。母と子を魔力暴走の危機から救うために。




 意識を失っていてもアイリスの体が、心が異常を感じて動揺している。


(大丈夫ですよ。私はあなたの敵ではありません。助けに来ました)


 精神安定の闇属性の魔法をごく薄くゆっくり浸透させていく。少し魔力の糸が通り易くなった。




 腕を通り、体の中心部を避けて右側から胎児のところへ。


 光の魔力を軽く照射して糸の先端の状況を確認。もう少し先。闇の魔力の糸からは精神安定の魔法をもう1度。


 光の魔力を照射。もう少し体の中心部へ。闇の魔力で母体の動揺を抑え、光の魔力で確認しながら胎児を探す。




 やがて幻で見たのとよく似た場所に…………いた! 赤ちゃん?



 そこにいたのは、人の大きさにまで成長することが信じられないくらい小さな存在。でもたしかに生きている。



 胎児は魔力の光を不規則に点滅させていた。暴走しそうな自分の魔力と戦っている。生きようとしているのだ。



【未定】

(状態)魔力過多症、魔力暴走のおそれ



 胎児を驚かせないようにそっと近づく。恐がらないでね。苦しいのを治しに来ました。遅くなってごめんね。



 今、胎児に魔力の糸を通すのは無理かもしれない。胎児はすでに魔力暴走寸前だ。


 先に少し魔力を吐き出させた方が良いだろうか?



 ベルは自分の魔力の糸を編み込むように小さな袋を作った。


 胎児の魔力を外から少しずつすいとり、母体に拡散しないように、一旦ベルの魔力で包んで隔離する。



 魔力で作った袋の口を胎児にそっと近づける。光の点滅に合わせて…………今っ!…………もう1回!…………ここっ!


 少しずつ根気よく胎児の体内魔力の圧力を減らしていく。




 あと何回かで魔力の糸を通せるかと思ったとき、胎児が焦れて身動みじろぎしたような気がした。


 胎児の体内で大きな魔力が動くのを感じてベルは焦った。



(だめっ! そんなに動かしたら魔力暴走が……)




 少女の顔色が変わった様子に室内にいた全員が固唾を飲んだ。






 その時、母親の魔力が動いた。






 意識が無いはずのアイリスの魔力が胎児を包み込む。そしてゆっくりと回り始めた。


 右回り、左回り、そしてまた右回り。胎児の光の点滅に合わせるように右、左と……


(まるで2人で会話しているみたい……)




 ベルにはアイリスが愛しい我が子を抱いてあやしている姿が見えるような気がした。


 アイリスは自分が妊娠していることも知らなかったはずなのに。




 やがて、胎児の光の点滅はだんだんゆっくりになっていき、


(ほら、今よ)


 誰かの声が聞こえた気がして、ベルはとっさに魔力の糸を胎児の中に差し込んだ。





 魔力誘導の指輪の魔石に赤い光が点った。



 ヴァルドは振り向いたベルに、彼らしくもないかすれた声で尋ねた。


「できた……のか?」



 ベルは何度も何度も頷いた。声の代わりに涙が溢れた。



 ケネス老師は笑顔でベルをねぎらった。


「よくやったのう。よく頑張った」



 ベルは首を横に振った。


「私は何も……していません。アイリス様、が」



「アイリスが?」


 伯爵は怪訝な顔でベルを見た。



「アイリス様の魔力が、赤ちゃんを、守るように、私を導いてくださったのです」



「アイリスが」


 伯爵は瞳を潤ませた。侍女は両手で口をおさえ、嗚咽を堪えている。


 伯爵は震える手で妻の頬に触れた。その寝顔は満足そうに微笑んでいるように見えた。






 とりあえず魔力暴走の危機は去った。アイリスもじきに目覚めるはずだ。


 このあと1番大変なのは出産の時だが、それは伯爵家の専属薬師の仕事であろう。



 ベルは伯爵の心からの感謝の言葉と過分な謝礼金を手に、エドと一緒に村に帰ることになった。



 専属薬師が帰って来るまでの間は、ヴァルドが港町と伯爵のお城を行き来して2人を診るそうだ。馬で走ればお城と港町の移動はすぐなのだとか。


 謝礼金もたっぷり出るということで、ヴァルドは上機嫌であった。


 ベルはヴァルドが派手なドラゴンローブをなびかせて馬を走らせる様子を想像して、彼の心臓の強さを心から羨ましいと思った。




 帰り際、しかめっ面のヴァルドがベルを呼び止めた。


「泣き虫で、臆病で、まともな受け答えも出来ん。まったくこんな情けない薬師は初めてだ」



 鼻をふんっとならすとそっぽを向いて、



「だが、まあ、ギリギリ及第点をくれてやらないこともない。一応礼は言っておく。何か有ったら港町に報せろ。俺の居場所は人に聞けばわかるだろう」


 それだけ言うと、ベルとエドに背中のドラゴンを見せつけるようにして去って行った。




 帰りの馬車には、なぜかケネス老師が一緒に乗っていくことになった。


 伯爵が付けた護衛の兵士と老師の帰りのための馬車。行きと違って果ての村への帰り道はかなりの大人数になった。




「そうか。グレイス殿は亡くなられたか」



 グレイス・タイラー 元宮廷薬師。ベルのお師匠様である。



「師匠とお知り合いだったのですか?」


 ベルは師匠の宮廷薬師時代の話はほとんど聞いたことがなかった。


「グレイス殿が結婚した相手が私の部下でな。2人の出会いも、プロポーズの時のことも知っておるよ」


 ケネス老師は茶目っ気たっぷりに笑ってみせ、そしてその笑顔が少し悲しげなものになる。


「彼らが王都を出ていった時のこともな」


 今回ケネス老師はかつての部下、キース・タイラーの墓参りをするためにこの地を訪れたのだった。




 森の家のすぐそばに師匠のお墓がある。


 お墓は3つ。師匠のお墓と師匠の旦那様のお墓。そして2つのお墓に挟まれた小さなお墓がもう1つ。


 幼い頃に亡くなった師匠の息子さんのお墓だった。


 当時5歳だった息子さんは、ある日姿が見えなくなり、翌日、崖の下で亡くなっているのが発見された。遊びに夢中になって転落したものと結論付けられた。


 この事件のあと、タイラー夫妻はそれぞれの職を辞し、果ての森に移り住んだのだった。






 ベルは今、ドキドキしていた。


 お茶を淹れるお湯の温度は大丈夫? クッキーの間に挟んだジャムは甘すぎない?



 ベルが1人で使うには少し大きいテーブルに、今、お茶のカップが3客。


 お墓参りの後、ケネス老師とエドをお茶でもてなしているのだ。


 どうやら2人とも甘いものは嫌いではないようで、クッキーもお茶もお代わりしてくれた。


 護衛の兵士たちにも可愛い布に包んだクッキーを渡したけれど、喜んでくれるだろうか?


 今夜は村長の家に泊まって明日伯爵の城に帰るという老師に、ベルは手作りのジャムや薬を幾つかお土産代わりに渡した。


 馬車と兵士たちの馬が見えなくなるまで見送ったベルは、自分では気づかなかったけれどめったに見せない笑顔になっていた。





 そしてこのとき渡した薬が、その後ベルを王都に呼び寄せるきっかけになるのであった。







ベルが王都に行く前に番外編を2話はさみます。

次回更新はあの派手な人のお話です。

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