(17)魔女の選択
2話投稿の2話目です。前の話からお読みください。
すみません。
パメラは王都に向かう飛竜籠の中にいた。
本来、平民である自分が利用できるような乗り物ではないが、あの方が特別に手配してくださったのだ。
普段の私ならそんな甘えは絶対に許さないところだが、今の体力を考えると本当にありがたいことだと思う。他の手段ではここまで来られなかっただろう。
いつか行かなければと思いながら先伸ばしにしていた自分が悪いのだ。もっともむこうは私に来てほしくなどなかったかもしれないが。
ルーク・タイラー。キースとグレイスの1人息子。あの可愛い坊やを死に追いやったのはこの私なのだから。
右手で左の二の腕を押さえる。そこには闇の封印紋を模した入れ墨がある。
封印紋の再検査が始まった。やがて私やあの方のところにも来るだろう。
私は良い。逃げることもできる。まあ、逃げるまでもなく、先に私の命が尽きそうだが。
でもあの方は逃げも隠れもできない。あの方のお立場がそれを許さない。
7歳の時にあの方に見いだされ、私はどん底の生活からすくい上げられた。そして生きる力と目的を与えられたのだ。
闇の魔法の腕を磨く。そして法で裁けない害悪を密かに排除する。
仲間たちは正義を貫く志とやらに燃えていたようだが、私はそんなもの、どうでも良かった。ただあの方の側であの方を守ることができれば、私はそれで良かったのだ。
私が入った頃はまだ小さな組織だったが、今では複数の国にまたがる巨大な闇の暗殺集団だ。
そして内部は対立し、分裂し、腐敗した。
あの方が初めに掲げていた組織の理念など、今の幹部たちは覚えてもいないのではないだろうか。
隣の国の支部が闇の魔法を私欲のために使い、それが発覚し、今、組織は追い詰められている。
暴いたのが果ての森の薬師の弟子だと聞いた時には因縁めいたものを感じた。
私はキースとグレイスに裁かれているのだと。
あの時、植え込みに子供がくぐれるほどの小さな穴があることに気がつかなかった。そして入れ墨の処理をするところを見られてしまった。
まだ子供だ。誤魔化せるか?
いや、あの場にはあの方がいた。誤魔化しはきかない。
ならば闇魔法で記憶を操作すれば?
だめだ。あの子はルーク・タイラー。あのキースの子だ。
ケネス魔導師のはるか上を行く魔力感知能力の持ち主を魔法で誤魔化せるわけがない。キースは息子にかけられた闇魔法に絶対に気づく。
それならいっそ殺すか?
キースの魔力感知は強い感情を魔力の揺らぎとして感知する。息子が強い恐怖を感じたら離れていても気づくだろう。
あそこにいたのが私だけなら良かったのに。私だけならどうなっても良かったのだ。でも私はあの方を守らなければならなかったから。
キースとグレイスが仕事で忙しいため、ルークが寂しがっていることを私は知っていた。
だから私は微笑みながらルークにささやいたのだ。
「グレイスはシャランの実が大好物なのよ。仕事から帰ってきたグレイスにルークがシャランの実をあげたらきっと喜ぶわね」
野生のシャランの木はなぜか崖に突き出るように生える。だから大人たちは子供たちに、シャランの木に近づいてはいけないと教えるのだ。
翌朝、ルークの遺体が崖の下で発見された。発見したのは息子の異変を感知し、仕事の途中でグレイスを連れて戻ってきたキースだった。
私も昨日から行方がわからなくなっていたルークの捜索に加わっていて、遺体発見の現場に居合わせた。
あの時のグレイスの姿を今も忘れることができない。
あのグレイスが、いつも春風のように微笑み、どんな時も女らしさと淑やかさを失わなかったあの人が、変わり果てた小さな息子を抱き締め、まるで獣のような声で泣き叫んだのだ。
あの声が耳について離れない。
私にも魔術師の死がやって来た。私は死んでも魂が救済されるという天の国には行けないだろう。
あの時、ルークが転落死する可能性はけっして高いものではなかった。
ルークはシャランの実を採りに行くのではなく、お小遣いで買うことにしたかもしれない。シャランの実を採ろうとして誰かに止められたかもしれない。採るのを諦めたかもしれない。
賭けだったのだ。
私の話を聞いて嬉しそうに駆けて行ったあの子の姿を思い出す。
私はあの時の賭けにはたして勝ったのだろうか。それとも負けたのだろうか。
体が怠い、重い。小さな薬師にもらった薬を飲み干すと、少し楽になったような気がする。私には、まだやらなければならないことがある。
あの方に頼まれたのだ。
「いつか君が逝く時には私を……」
果ての村に訃報が届いた。大公死去。
この国で大公と呼ばれるのは前王の兄にあたる人物である。母親の身分が低かったため、王位を継ぐことはなかったが、魔術師として2代の王を支えてきた功績は高く評価されている。
王都で厳かに葬儀が執り行われ、多くの人々が彼の死を悼んだ。
壮大な葬儀の陰で、1人の元宮廷魔術師の女性が静かに息を引き取った。
見送る家族も無く、その女性は共同墓地にひっそりと葬られたのだった。




