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(2)ベルの森の生活

記述を一部訂正しました。内容に変更はありません。

 



 ひととおり村人の治療が終わると、ベルはエドの馬車で森の家に送ってもらう。馬車には森の生活に必要な食料や日用品が積まれている。




 ベルは出来るだけ人と目を合わせないようにしている。“見えて” しまうかもしれないからだ。


 “見える” のはいつも、人が痛い思いや苦しい思いをする場面ばかり。いきなり見てしまった時にショックを受けないわけがない。普通にしていられる自信はまだ無い。




 両親と暮らしていた幼い頃、


「何もしていないのに人の顔を見ると泣き叫ぶ失礼な子供」「人をじっと見つめて奇妙なことをつぶやく気持ちの悪い子」


 町の人々からそんな噂をされ、自分も辛かったが両親に辛い思いをたくさんさせてしまった。


 町の子供たちに石を投げられ追い回されたことも何かの拍子に思い出してしまう。




 果ての村の人たちはベルがいきなり悲鳴をあげても、誰かを凝視したままぶつぶつと変なことをくちばしっていても、けっこうおおらかに受け止めてくれる。


だが、その温かさをこのままずっと自分が手にしていられるだろうか。いつか変な子だと嫌われてしまう。ベルはそんな恐れを抱かずにはいられなかった。


 いつかもっと心の強い人になって、村の人たちの中に飛び込んで行けたら……


 ベルは固く折り畳んでいた心の翼を少しずつ外に向けて伸ばそうとしていた。小さな雛はようやく羽ばたく練習を始めたばかりだ。


 村人たちもベルの様子を察して、そっと見守っている。先代のスカートにしがみついていた頃から知っている少女は、村人たちにとって自分のうちの子か親戚の子のようなものなのだった。




 森の家に着くと荷物運びをエドが手伝ってくれる。というよりエドが荷物を運ぶ回りで小さな荷物を持ったベルがうろちょろしているようにしか見えない。


 あっという間にいつもの場所にそれぞれの荷物を運び込み、エドは村に帰って行った。




 家の中は静かだ。


 鳥の声、カエルの鳴き声、木の枝を揺らす風の音。


 とりあえずお茶をいれる。お茶の香りを楽しみながら、いつかエドさんをお茶に誘うことができるだろうか? と考える。


 ああ、お茶が美味しい。




 さて、一息いれたらお仕事開始だ。ベルはエプロンドレスに着替えて家の外に出た。


 家のすぐ隣に薬草園がある。けっこう大きな回復薬草の畑とわりと珍しい種類の薬草もある温室。温室の中の様々な薬草はベルの師匠が大切に1つ1つ集めてきた物だ。その向こうには普通の野菜畑と何種類かの果樹。これらを全てベルが1人で世話している。


 回復薬草はほとんど全ての薬師が育てている基本の素材である。この薬草は花の色で効能が違う。白は解毒、青は解熱、赤が傷を癒す力、黄色は胃腸を整える力を強める働きをする。


花の色以外、葉の形も色も香りもまったく同じ。そのくせ違う葉が混ざると薬の効能が落ちるのだ。だが、ベルは間違えたことが無い。



じつはベルにはもう1つ “見える” ものがあるのだ。



【眠り草】

(状態)日照不足、軽度


【白の薬草】

(状態)水分不足、軽度


【青の薬草】

(状態)薬効成分最高値、下降間近



 ベルには植物の状態も “見える”


 べつに草や木が病気になっているわけではないのだが。これもまた、薬師にとっては願ってもない有用な能力なので助かっている。


 この植物の状態表示はベルには草や木が自分に話しかけている言葉のように思えた。



【眠り草】(もっとお日様に当たりたい)


日光浴したい眠り草の鉢は日が当たる場所に移しましょう。



【白の薬草】(もっと水をちょうだい)


水がほしい薬草には魔道具で霧雨を降らせます。



【青の薬草】(薬にするなら今が一番良いタイミングだよ)


教えてくれてありがとう。


栄養をたっぷり溜めこんだ青の薬草の葉を摘んだらすぐに調薬室へ。


錬金台の上に魔導釜を準備。魔導釜は加熱、保温、冷却が魔力で調節できてとても便利な魔道具だ。ベルの魔導釜は小さめだが、果ての村の専属薬師とも言えるベルにはちょうど良い大きさだ。それにあまり大きな釜だとベルの魔力量が足りない。


魔導釜に水と青の薬草を入れて加熱し、闇属性の精神安定の魔力と光属性の浄化の魔力を込める。ベルの特製解熱薬の出来上がりだ。


 出来上がった薬はすぐに浄化済みの瓶に詰める。瓶1つ1つに保存の魔法がかかっている。


 これでとりあえず大丈夫。ベルはホッとため息をついた。



 光と闇の両方の属性を持ち、薬にその魔力を込められる薬師もめったにいない。


 ベルが作る薬は他の薬師の薬よりもかなり高品質の物になっていたのだが、ベルはその事に気づいていなかった。




 薬草の世話を終えたら今度は果樹と野菜畑だ。(以下ベルによる意訳)


(肥料は前の物を希望する)


(そろそろ支柱を立ててほしい)


(今が食べ頃、収穫求む)


(枝が重い、剪定してくれ)


(完熟、今食べないと一生後悔するほど甘い!)


 野菜や果樹たちは今日もにぎやかだ。ベルはそれぞれの希望を叶えるためにくるくると忙しい。


 鳥の肉を分けてもらったから、今夜は鳥と野菜たっぷりのスープにしよう。


 食べきれない果実は子供たちの甘い栄養剤にして、残りは蜂蜜でジャムを作ろう。


 こうして、おしゃべりな植物たちに追い使われながら、ベルの1日は案外にぎやかに過ぎていくのだった。





 なぜベルにこんな能力があるのか?


 それについてはここに引き取ってもらったばかりの頃に師匠が推測を話してくれたことがある。


 遥か昔の勇者、聖女、賢者といった英雄たちが神様からいただいた力の名残ではないかと。


 長い歳月の間に薄まっていた血が何かの拍子に濃くなって、ずっと後の子孫に現れることがある。それを “先祖返り” というそうだ。


 まあ、英雄の血の1滴や2滴ぐらいは誰にでも流れているかもしれない。勇者の中にはたくさんのお嫁さんや子供をつくった人もいたそうだから。




「誰にでも現れる可能性があった能力で、神様から使命を与えられたわけでもないのなら、好きなように使っても良いし、使わなくても良いのではないかしら」


 師匠は私を子供扱いせず、自分の将来のことは自分で決めて良いのだと話してくれた。


 そう、ベルは初めから薬師の弟子として師匠に引き取られたわけではなかった。


 ベルの将来の選択はベル自身のものだと。薬師になっても良い。ならなくても良い。どちらでも全力で応援すると言われた。




 師匠の下で読み書きを習い、私に “見えて” いたものの意味を知った。そして、幻はその人の怪我や病気が治らなければ見え続けるのだということにも気がついた。


 怪我や病気が治らない限り、私はその人の恐ろしい幻を見続けることになる。




 だから私は薬師になる決心をしたのだ。


 恐ろしい幻が消えてくれるのを縮こまって待つのではなく、自分の手でその幻の原因である怪我や病気を治してしまえば良い。


 私が恐ろしい幻を消すのだと。


 そうして、ベルは薬師になったのだ。



誤字報告ありがとうございます。

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