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(8)レイン公爵家

 

「竜の怪我を見つけてくれたこと、感謝する。怪我をした竜を出撃させてしまうところだった」


 ガーネットはすぐに手当てを受け、今は竜舎で休んでいるそうだ。


 犯人と竜装具師の師匠は親子であった。何代も続く竜装具師の家の長男で、まさかあんなことをするとは誰も思っていなかった。


「装具を着ければ隠れる場所だ。上手くいけば出撃した竜が帰って来るまでばれないと思っていたらしい。その間にナイフを持って逃げるつもりだったのだろう。あんな珍しい物がそう簡単に売りさばけるわけがないのにな」


 ギルバートは苦々しげな、どこか悲しそうな顔でそうつぶやいた。


 竜装具師は人から尊敬される仕事だ。竜騎士と竜に信頼される人物。それがどれ程の名誉であったかを犯人である竜装具師の息子が知らなかったわけではないだろうに。


 犯人にどのような罰が下されるかはわからないが、たとえ罪を償い終えたとしても彼はもう竜に関わる職に就くことはできない。


 竜は忘れない。


 1度、竜の敵と見なされた者はその後どういうわけか世界中の全ての竜から敵視される。


 ガーネットを傷つけた犯人は全ての竜の敵になったのだ。


 犯人の父親はこれからどうなるのだろう。法的にはこれからの話し合いになるのだろうが。父親も息子同様竜の敵になってしまったのだろうか?


 そして竜たちはこんなことがあっても竜騎士たちを変わらずに信頼してくれるのだろうか? ベルは刺された瞬間のガーネットの悲しげな目を思い出すと悲しかった。


「大丈夫」


 考えにふける自分に答えるような声がしてベルがはっと顔を上げると、ギルバートがベルの顔を見て、微笑ましいものを見つけた様な顔をしていた。


「竜は馬鹿じゃない。人にも良い人間と悪い人間がいることはちゃんとわかっている。この程度のことで竜と竜騎士の絆は揺らがないさ。あの男の父親は……義理堅い、自分自身に厳しい男だからな。できれば続けて欲しいが、まだどうなるかわからないな」


 ベルが赤くなって隣のエドの腕にしがみつくと、


「失礼。薬師殿はずいぶんと表情がわかりやすいものでね」と言って、ギルバートはクスリと笑った。そして姿勢を改めて、


「君なら妹も心を開くかもしれない。妹は少し頑張りすぎる子でね。どうか力になってやってほしい」


 と真摯に語るその顔には妹を心配する兄の気持ちが溢れていた。




 レイン公爵家の屋敷まではギルバートが案内してくれることになった。


 公爵家は3男1女。長男と次男は領地の方で仕事をしている。だから王都の屋敷にいるのは公爵とギルバートと末の妹のマーガレットだけ。4人の母親である公爵夫人はマーガレットを産んだ時に亡くなって、その後公爵は別の女性を側におくことはしなかった。


 そんな公爵家の事情をギルバートに教えてもらううちに、馬車は目的地に着いていた。



 公爵はどこか自分の父に似ているとベルは思う。見た目も言動も仕草もまったく似ていないのに。でも同じだ。愛するものを守るためになりふり構わぬ様子が。ただひたすら娘が心配で憔悴の色が隠せない1人の父親がそこにいた。


 公爵は目の前の小さな薬師に事態の解決を望んでいるわけではない。ただ、娘のためになることならば何でもしてやろうと思っているのだろう。それでも、公爵はベルを1人前の薬師として扱ってくれた。


 まずはマーガレットに会ってみることになった。


 今回はエドは一緒に行けない。ベルはお嬢様付きの侍女に案内されてマーガレットの部屋に向かった。


 初めは入室を断られたが、13歳の薬師と聞いて興味をもったお嬢様は、部屋の扉を開いてベルを迎え入れてくれた。


 マーガレットは部屋着を着てソファーにぼんやりと腰かけていた。


【マーガレット・レイン】

(状態)栄養失調、貧血、睡眠不足


 痛ましいほどに痩せ、やつれ、美しかったであろう金色の髪や肌も艶を無くし、青い瞳は何もとらえていないように見えた。


 侍女に促され、ベルはマーガレットの対面に腰かけた。


 さて、何から話せば良いだろうかと考えていると、お嬢様の方から声をかけてきた。


「13歳で薬師なんて優秀なのね。私と1つしか違わないのに」


 ベルは首を傾げた。


「優秀、ですか?」


「ええ、優秀だと思う。女性の薬師はとても少ないと聞いているから。宮廷薬師には、過去に1人だけだと聞いたことがあるわ」


 誉められているのだろうが、まったく誉められた気がしなかった。マーガレットの淡々とした口調が、生きることも何もかもをあきらめてしまったような儚さを感じさせるせいだろうか。


「この前出会った治療師の先生には、こんな情けない薬師は初めてだ。と言われました」


 ヴァルドに言われた言葉を出すと、マーガレットが少し意外そうに、


「ずいぶん酷いことを言う治療師もいるのね。私の回りには優しい治療師しかいないわ」と言う声には先程よりもほんの少し感情の動きが感じられた。


「酷くもないんです。本当のことだから」


 ベルは初めて1人で治療した患者のことをマーガレットに語った。


 初めての患者は猟師のシド、エドの兄だ。シドが崖から落ちて足を骨折してしまった時のことだった。


 ベルはシドを見るなり悲鳴をあげ、大泣きした。崖から落ちる瞬間を、下の地面に叩きつけられる瞬間を見てしまったから。


 たちまち駆けつけた村の女たちにベルは慰められ、逆にシドは怪我人なのに女たちに叱られ、皆が寄って集って助手をしてくれてベルはシドを治療することができた。


 シドは治療後、女たちから再びお小言をもらっていた。もう大怪我をしてくれるなという愛情溢れるお小言だった。


 だからまがいなりにも自分が薬師でいられるのは村の皆が手伝ってくれているからで、自分は泣き虫で臆病な情けない駆け出し薬師なのだと話すと、マーガレットは、


「良いわね」とつぶやいた。その声に込められた寂しさにベルはなんだか目の奥が熱くなった。




 そして、マーガレットはポツポツと自分のことを語りだした。


「私、王妃に向いていないの」と。







すみません。書き溜めが無く、ギリギリです。一日に一回は続けたいのですが、間に合わなかったらごめんなさい。

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