不機嫌な妖精
初投稿です。拙い文章ではありますが楽しく書いたので、楽しく読んで頂けたら嬉しく思います。
「フェリィ!」
そう私の名を呼ぶ声は幼い時からとても力強くてけれど優しい音色がして、私は彼に名前を呼ばれることが大好きだった。
「…何用でございましょうか、お坊ちゃま。」
けれど不器用で意地っ張りな私は名前を呼ばれたぐらいで喜んでいることがバレては格好が悪いと緊張と意地を張ってしまい、いつも不機嫌そうに振り返る。
多分、同じ年代の彼は所謂お貴族様で、私の人生はこのお屋敷の大きなお庭のバラ園の真ん中にあるガーデニングテーブルの上で裸で寝ていたところを彼に起こされたことから始まった。それ以前の記憶が全くないので何故ガーデニングテーブルの上で寝ていたのか、そもそも私は何者なのかということさえ分からないのだが、そんな私を幼いながら同情してくれたのか彼は、
「フェリィ!フェリィは僕の妖精さんなんだ!お父様、お母様どうかフェリィをどっかに連れていかないで!」
だなんて旦那様と奥様に向かって恥ずかしい訴えをして、私はちびっ子メイド兼、お坊ちゃまの遊び相手として、このお屋敷でお坊ちゃまと共にすくすくと成長していった。
とはいっても小さな身体と知能で出来ることなど大したこともなく、ほぼお坊ちゃまと一緒に毎日を過ごしていたのだが…。そのおかげか身辺がはっきりしていないにも関わらずお坊ちゃまと共に平民では到底学べなかったであろう勉学や、武術、馬術、音楽や芸術等様々なものを学ぶことが出来た。とても幸運なことであるし、私は生涯を通して私自身をお坊ちゃまの為に使おうと決めていた。
「プリシラ。今日から君は私達の大切な娘だ、プリシラ。」
…決めていたのだが。
「ここは…、お坊ちゃまは?」
「ごめんなさい、プリシラ。ハミルトンのお坊ちゃまは貴方にとても執着していたから寝ているときに連れてくることしか出来なかったの。」
11歳の春の月、寝ている間に私はほぼ攫われたと感じても仕方ない状態で他のお貴族様の養子として迎え入れられた。しかもお坊ちゃまのお家よりも上の爵位のお家にである。
いくら、そんじょそこらの貴族の子よりも優秀で見た目も中世的で女の子にモテてると自負している私とはいっても、物語もびっくりのサクセスシンデレラストーリーではないだろうか。因みに父母はとても若かった。流石に色々と吃驚した。
その日から貴族のお嬢様としてとても優しいお父様お母様と共に3年の間を過ごした間に双子の妹と弟も生まれ、6人家族となり毎日をなだらかに楽しく過ごしていった。お坊ちゃまは兄弟兼恩人、ご主人と思って過ごしていた私であるが、父母という存在がいなかった私にとってこの二人と屋敷の人間と過ごした日々はとても温かな毎日で、家族とはこういうものかと毎日感動する事ばかりだった。
14歳になった私はお貴族様や王族が通うという国一の学園という場所で勉学を学ぶことになった。うーん、超サクセスストーリーは続いているらしい。
私は中等部からの入学なのだが、私が幸せに家族とすごした三年間はこの学園で初等部に当たったらしく、半数の生徒は初等部からの持ち上がりなんだそうだ。これから私も少なくとも中等部の3年間は親元を離れ寮で一人で生活していくのだと思うと気が滅入るものがあった。高位のお貴族様であるのにメイド一人も連れていないのかと思われるだろうが忘れてはならない。いくら三年間お嬢様生活を過ごしていたとはいえ、私は元メイドで身の回りのこと等流石に自分で行えるし、武術も心得ている為、円滑な学園生活を過ごすうえで必要ないと自身で判断し、家族にその趣旨を熱く熱弁したのだ。しかし、入学式前日家族で訪れた自分の部屋の広さ充実感には驚いたものだ。一人部屋にも関わらずキングサイズのベットに広い部屋、大きなクローゼットにバス、キッチンまで揃っていたのだ。ヤバい。
父母、妹弟達と離れて暮らすということがとても寂しく思い、我儘をいいその日はキングサイズのベットで父母とギューギューにくっついて眠った。とてもあったかくて少し涙が出た。(妹弟は別室でメイドと共に寝た。)
「フェリィ…!?」
次の日、中等部の入学式へと家族で向かっている途中、突然その声はまた私の世界へと舞い戻ってきた。
思い出の中よりも少し低音ではあるがその力強さと優しさを含んだ妖精という名を呼ぶ声を私は知っている。
「おねえたま…?」
思わず足を止めてしまった、私を不思議そうに見上げる右手の先にいる上の妹の声にハッと意識が戻り、音がしたほうに懐かしさと嬉しさで振り返ったそこには、しかし私の記憶の中のお坊ちゃまは存在していなかった。
お坊ちゃまは、私と同じぐらいであった身長ではなく私が少し顔を上げるぐらいの身長となり、顔だちや体つきも丸さがなくなりガッチリとしていて、そして隣には、私と同じように真新しい制服を身に着けたそれは可愛らしい女性がいたのだ。記憶とのギャップに一瞬ムッとしてしまいまた不機嫌を顔に出してしまいそうになったが以前の私とは違うのだ。
「お久しぶりです。お坊…!…テオドール・ハミルトン様。しかし私は、フェリィではありません。マドレーヌ家の長女、プリシラ・マドレーヌと申します。私もこの学園の中等部へ入学しますの。三年間どうぞご学友としてまた仲良くしてくださいね。」
にっこりと笑いゆっくりとカーテシ―をする。私はもうお貴族様のお嬢様なのだ。どうだ、吃驚したかー!と内心ふんぞり返って視線を上げると、彼は悲しそうな顔をして私を唖然と見て何かもごもごと口を動かしていた。あれ、思っていた反応と違う…。
「お…、ハミルトン様?」
危ない危ない。いや決してお坊ちゃまって呼びそうになったりしてないです…。
「あぁ、フェリィ!いやプリシラ!こちらこそ宜しく…。それとどうか僕のことは名前で呼んでほしい。」
私の呼びかけにハッとしたお坊ちゃまはそう答えた。
「おねえたまのこと呼び捨てにした!!ダメなんだよ!」
「え、でもフェリィは僕の」
「ハミルトンの坊ちゃん、プリシラは君のモノではないのだよ、私達の大事な娘だ。どうか“学友”として適度な距離で、仲良くしてやっておくれ。」
私の名を呼び捨てにしたことにムッとした妹と父によりタジタジのお坊ちゃま。面白い。
「では、そろそろ私たちは失礼しますわね、娘の“知り合い”はハミルトン様しかいませんのでこれから娘が困ったときには是非手を貸してくださいね。では、参りましょう。」
にこやかに母がそう挨拶して、お坊ちゃまとの会話が強制的に終了させられ半ば強引に会場へと向かって私の入学式は終わった。もう少しお話がしたかったなと思ったが、同じ学年なのでこれからまたお坊ちゃまと前みたいに仲良く過ごせるだろうと能天気に思っていた。因みにクラスはお坊ちゃまと同じSクラスだった。第3皇子様もいるらしい。流石私、流石お坊ちゃま!優秀である。お坊ちゃまのこと数時間前まで忘れてたなんてそんなことないですよ、おほほほ。こうして私の超サクセスストーリーは続いているのである。
「マドレーヌ嬢、リリィに剣を向けて殺そうとしたというのは本当か。」
それは入学してから少し経った一年の夏の月のことだった。空き教室に呼び出されたと思って向かえばそこには王子様とあの可愛い女の子、因みに名前はリリアンである。と後ろで囲むようにいる男たちに間違いなく非難されていた。その男子の中にはお坊ちゃまもいて…。どうしてこうなった。
入学式から新学期が始まってすぐ、私はすぐお坊ちゃまに接触を試みたが、いつもお坊ちゃまの隣にはリリアン様がいた。楽しそうにお話をしている様子なので邪魔をするのはよくないと自分から話しかけなかったのが行けなかったのか、お坊ちゃまに名前を呼ばれても不機嫌な顔で振り返っていたのが悪かったのか。いつの間にかリリアン様一人の壁だったのが王子様を含む男子たちの壁が出来上がっていたのだ。いや正確にはリリアン様の周りに壁のように男子たちが囲んでいたのだが。その中心にいるリリアン様の隣にいるお坊ちゃまに話しかけられるわけがない。
お坊ちゃま以外にも、結局私は自分から必要な時以外話しかけに行かなかったので寮や席の隣人やクラスメイトという存在はいるが友達という存在が出来ないでいた。まぁ勉学に来ているのでそれは構わないのだが、やはり少し寂しく感じていた。
選択授業で剣術の授業を私は選択していたのだが、クラスメイトの他の女子で唯一この授業を選択していたのがあのモテモテ逆ハーレムを築いているリリアン様だったのだ。しかもリリアン様は全く剣術の技術がなく全くの素人だった。何故この男しかいないような汗臭い授業を選択したのだろうかと不思議には思っていたが同じ女同士ペアを組むよう指示されたので私は先生に代わり彼女へ剣術の指導を熱心に行っていた。彼女が不機嫌そうだったのはきっと気のせいだ。花のように可愛いリリアン様がそんな顔はしないだろう。そんな中で起きたのが先の事件である。春の月が終わり夏の月へ入った5回目の授業、夏の日差しの下みんなと少し離れた距離で剣術の特訓をしていた私達は、しかしその日の彼女の剣の音がいつもと違うことに気が付かなかった。打ち合いに疲れた様子の彼女に休憩をしようと伝え少しはしたないが芝生の上で寝っ転がり目をつぶった後だった。瞼の向こうが少し暗くなったことを不審に思い首を捻った瞬間私に衝撃が走った。ハッと起き上がり周りを見渡すと彼女の手には先ほどの剣が、そして私の首から肩にかけて血がにじんでいた。幸いうっすらと掠っただけの傷だったが首を捻らなかったら確実に私は殺されていた。
「リリアン様一体どういう事ですの!?」
「マドレーヌ様、あなたが悪いのよ。」
いくら彼女が可愛いといっても殺されかれて怒りが沸かないわけがない。怒鳴った私の言葉に冷たい瞳と言葉で返す彼女の様子に寒気がして。私は足を踏み出し彼女の腹に向かい全力で模擬剣を打ち付けていた。骨は避けたが内臓が押し出されたのだろう、ゲホッという音共に彼女はその場へ倒れたのだった。私の怒鳴り声で何事かと駆け寄ってきた先生は首を抑えている私と倒れた彼女の様子に顔を真っ青にさせ医療室へと向かわせられた。その後意識がはっきりとしていた私が、しかしあのリリアン様は幻だったのではないかという気持ちもあり、真実は伝えずに剣の中に真剣が混ざっていて、私を切ってしまった彼女が錯乱状態に陥った為、止む無く彼女を気絶させたのだと報告しその件は終わったのだと思っていた。いたのだが…、私はまた選択を間違えたのかもしれない。
「王子様、私は確かにリリアン様に剣を向けましたがそれは殺意などではなく彼女を落ち着けるために必要なことだったのです。この件に関しては学校側にも報告しておりますし彼女の名誉を守るためにもこれ以上の詮索はお止め頂きたい。」
やはりあれは幻ではなかったのだろうか。それなら尚更彼女の今後の為にもこれで話を終わらせたいと述べた弁論に対し、
「マドレーヌ様、酷いですわ。ゲホゲホ…。」
と怯え涙目で咳をしながら言った彼女の様子をみて、やっとあれは幻ではなく彼女が自身で行動してそして今この現状を引き起こしているということに気が付いてしまった。嵌められたのだ。
「プリシラ・マドレーヌ!これは殺意がなかったじゃすまされない。リリィのお腹には酷い青あざが出来ているんだ。しかも女性に向かって剣を向けるなど僕はガッカリだ…!!」
リリアンを守るようにまえに飛び出してきてフルネームで私の名を呼んだ彼の声には力強さはあっても優しさはなく、怒りしか感じなかった。婚前の女性の腹を見る仲とは何事だ。彼は誰だ。私のお坊ちゃまじゃない。
私のお坊ちゃまは私の名には優しさを持って呼ぶんだ。何故“リリィ”と私を殺そうとし、今この最悪の状態を作り出した彼女を呼ぶ名に優しさを含んでいるのか。絶対にあんな悪女の名なんかにその優しい声で呼んで欲しくない。そう決心したときに私の超サクセスストーリーは終わりを告げた。
その後の私の学生生活はこれまでとは一変してしまった。彼をリリアンに近づけないよう彼の部屋の前で待ち伏せし、彼にどんな憎まれ口を叩かれようとも、リリアンに殺意を向けられようとも決してお坊ちゃまを悪女と共にさせてはならない一心で行動をし続けた。勿論私のお顔は不機嫌丸出しである。何故そんな不機嫌丸出しの顔で彼にくっついているのかと周りは不審な顔をするがこれは仕方がないだろう。リリアンの行動も目を光らせお坊ちゃまに近づこうとするものならあらゆる手を使い遠ざけてきたので、前回のような王子様を含んだ悪女の取り巻きによる抗議が何度もあったが、それどころではないので今度は全力で私も抗議し返した。ここは学園だ。みんな平等なのだ。
「プリシラ…!!」
そんな日々の中力強いお坊ちゃまの声に呼ばれ、今日も私は貴方に振り向く。例えその声にもう“優しさ”を見つけることが出来ぬとしても、悪女の名を優しさを持って言い続ける限り、私はきっとこの命が尽きるまで、不機嫌な顔で貴方のそばにいるのだろう。
追記:2018年9月4日。
とても書くのが楽しかったので、この小説を元に”不機嫌な妖精”の連載小説を始めました。ストーリー展開やキャラ等これから異なっていく可能性が高く、ほぼ別物の小説ですが良ければ読んで頂けると嬉しいです。
→https://ncode.syosetu.com/n2750ez/