外伝集:紅葉伝説・参
「おーん、先ずは自己紹介だね。私の名は鈿女、この鈿女党を率いながら彼方此方を旅し、芸を磨き、チと神々に芸を納め、ちーとばかし恩恵をいただいたり何やりしてるよ」
私は激しく踊ったせいか足が動かず、へたりこんでしまっていた。
その巨体を屈め、私の顔を覗き込むように顔を近づけてくる鈿女と名乗った大女。
お世辞にも整った顔とは言えなかったが、どこか愛嬌があり、優しい雰囲気であった。
「私は、呉葉と言います。その勝手に踊って――」
「まあまあ、あねさん。自己紹介も大事だけど」
「食べることも大事、だいじ」
先程まで踊っていた双子の姉妹は綺羅綺羅とした笑顔で割って入ってきた。
山盛りの黒米や魚や肉がのった平たい土器を、その手に持っていた。
ハレの日でも食べれない、ご馳走の数々である。
それを目にした時、私の身体は反応して腹が鳴った。
「あっ……アレ?」
気恥ずかしさから鳴った腹を手で押さえた時に、やっと気がついた。
あれだけポッコリと出ていた腹も手足も傷だらけだったはずなのに……あんな苦しい飢えも転げた後も、枝で抉った跡など、最初からなかったかのように。
父や母が生きて、一緒に暮らしていた時のように綺麗な身体であった。
「砂浜で倒れてたのを、そのまま担いで連れてきたからね。途中で枝とかに引っ掛けたりしてないはずだよ……おーん、たぶん、きっと。何にせよ食べな食べな!」
手足のあちこちを触ったり、不思議そうな顔で観察していたが、鈿女は唐突に自分の土器から肉を一切れ摘み、私の口に放り込んできた。
その肉は塩が効いていたが、噛めば噛むほど甘く、生きてきた中でも一番の美味しさであった。
「うぐっ……えぐっ……」
不意に堰を切ったように涙が止まらなくなり、涙を流しながらも食べる手は止まらなかった。
「そうそう。食べることが今を生きる活力になるからね。今後の話はあとで――さあお前たちも、じゃんじゃん食べて呑みなよ!」
鈿女の号令で、固唾を飲んで待っていた周囲の皆が歓声をあげ、歌って踊って食べて呑んでをはじめた。
満天の星空の下で、宴は遅くまで続いた。
老いも若きも、男も女も皆が酔い潰れ、寝てしまった。
私は気分が落ち着き、この楽しい宴に当てられたせいか、どこか夢見心地のまま焚き火を眺めていた。
「おーん、まだ起きてたのか。……色々と落ち着いたかい?」
酒を片手にやってきた鈿女は私の隣に座り、酒をがぱがぱと呑んでいた。
「はい、落ち着きました。良くしてもらって、どうお礼をすれば良いのか――」
「おーん、良いんだよ。こっちも打算ありきで拾ったんだから。……」
酒を呑み続ける鈿女。――少しばかりの沈黙が流れた。
今の世は、誰も無償で他人を助けたりしない。
世の人は自分や家族を守るだけでも必死なのだ。
私は何処かに売られるのだろうか。
「単刀直入に言うよ、呉葉。――私たちの、鈿女党の家族にならないかい?」
「え?」
思いもしなかった言葉であった。
「家族といっても私たちは一切血が繋がってない。呉葉は私たちが何で繋がって家族になっていると思う?」
父と母が唯一の家族であった私には難しい問い掛けだった。
ただ皆んながとても楽しそうだった。
「なんだろう……絆とか?」
「おーん。思ったより呉葉は聡明だね、似たようなもんだけど、ちょこっと違う。――芸さ。芸で繋がってるんだ」
そう言った鈿女は酒器を地面に置く。
ゆったりとした動作で、その場に無いが、そこにあるかのように琴を爪弾く。
その所作は流れるようであり、不思議なことに見ているだけで私の魂の奥から流麗な音が湧き上がってくる。
「歌って、踊って、弾いて、音をかき鳴らして、笑かして、神様もチも人も全てを笑顔にする。そんな芸を鈿女党の家族で教えあい、学びあい、芸で繋がり、あちらこちらに芸の種を撒き広める。どうだい呉葉は家族に――」
「なりたいです!」
私は勢い余って食い気味に返事をしてしまった。
「父も母も飢饉で死にました。……私も死んでたようなものでした、でも、芸に私は生きる気力をもらったんです、だから……私も鈿女党に家族になりたいです」
じっと私の言葉を待ち、顔を見つめていた鈿女は、にっこりと笑った。
「おーん、なら呉葉は私たちの家族だ。……でだ、家族になったら党首が新しい名を付けるのが習わしでね」
鈿女は呉葉に名をつけるのが楽しみで楽しみで仕方がなかったのだろう。満面の笑みであった。
「実はね、呉葉を拾った時に蛙手が芽吹いてきてた。……だけど、そのままだと面白くないからね、赤く色付くのと大成することを願掛けして。――紅葉。紅葉という名を贈るよ」
こうして私は紅葉という名を貰い、鈿女党の一員――家族となった。
諸国を巡る途中で私は生きていくために必要な知識と技術を教え込まれ、様々な踊りや歌に楽器の扱い方
を学び、芸の人として修練の毎日であった。
ふとした興味から、皆に家族になった経緯を聞けば、誰もが行き倒れていたり、村から爪弾きにされたり、見た目が悪かったり、要領が少しばかり悪かったばかりに酷い目にあっていたところを鈿女党に身体を救われ、その芸に心と魂を救われたという。
また双子の姉妹。……名は佑瑠と佐瑠は、さらに悲惨で生贄として捧げられそうになっていたところに鈿女党が折良く居合わせ。
その芸で荒れすさぶその土地の氏神を宥め、氏子たちを説得し、彼女たちを生贄から解放したのだと。
そうやって鈿女党の家族は増えていく。
――あの日まで。




