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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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暗躍する化生・参


 干将(かんしょう)莫耶(ばくや)

 その剣は亡国の鍛冶屋夫婦が、打ち鍛えた至極の(つるぎ)である。

 だが、いくら至極といえども、人が鍛造した剣である。

 相対する葛の葉が持ちしは、形代といえども三明の剣。

 彼我(ひが)の差は莫大であり、折れるのは干将・莫耶の筈であった。


 しかし、玉藻は干将・莫耶を夫婦の息子より、譲り受けた時。

 剣に対して、折れる事、曲がる事、欠ける事、劣化する事、離散する事、その五つを術により強く禁じただけである。

 ……玉藻が助ける事が出来なかった、鍛冶屋夫婦のように固い絆で結ばれ、断ち切ることの出来ない不壊の雌雄剣。

 それが玉藻が持つ、真物の干将・莫耶。




 音を立てながら、玉藻の一撃を防ごうとした大通連と小通連の刃が砕ける。

 周囲に刀身であった筈の破片が煌めきながら細かく散る。


 飛散する二振りの残骸を目にし、葛の葉に募っていた焦燥感と、心の何処かにあった侮りに似た気持ちは雲散(うさん)する。


 葛の葉は冷沈着静な思考と、いつもの表情を取り戻す。


 渾身の力で双刀を振り抜いた玉藻の体勢は流れ、崩れている。

 対して、葛の葉は二振りを犠牲にしたものの、五体満足であり、通力で操れる剣はもう一振りある。


「焦ったな、玉藻。その身を砕き、魂を断ち切ってやる」


 中空からの最後の一振り、顕明連による不可避の一撃。

 その一撃は玉藻の頭蓋を砕き、込められた神力により魂を寸断する。





 ――筈であった。


「ああああ!」


 ――斬り飛ぶ弓手と玉藻の咆哮。

 玉藻は自らの尻尾を二の腕に巻きつけ、無理矢理に弓手を引き上げ、腕を犠牲に顕明連を防いでいた。

 ――鋭き切口からは、瀑布の如く血が噴き出す。

 玉藻の血は、辺り一面を赤く染め上げ、葛の葉の半身を

も濡らす。


 玉藻は踏み止まり、右足で葛の葉の鳩尾(きゅうび)を狙い、蹴飛ばす。


「ぐうっ!」


 葛の葉の口から苦悶の声が漏れる。

 玉藻のしなやかな体躯から放たれる強烈な蹴りは、葛の葉の動きを暫し止めた。



 玉藻には血と、僅かな隙、僅かな時間が必要であった。――必中必殺の術を発動する為に。


「存外楽しかったぞ、葛の葉。終わりだ」


 玉藻は残った馬手で干将・莫耶を一つの鞘に手早く納める。

 ……神仏に合掌し祈るように手を顔の前に持ってくる。


「何かが。……来る」


 葛の葉は玉藻の異様な雰囲気を察する。

 通力で浮かせていた顕明連を下ろし、両手でしっかりと握り構え、何が起こってもよいように気を強く保つ。



咒堕(じゅだ)蠆盆(たいぼん)可畏変(かいへん)


 呪詛を吐き金色(こんじき)に輝く双眼。

 俄かに、葛の葉を濡らした血より、数多の血塗られた逆さまの手が生え、生い茂り、葛の葉を拘束する。

 葛の葉の背後の地面には、先程までは無かった()が開いていた。


「何をっ――」


 葛の葉の口は逆さまの手により遮られ、穴より這い出る手によって落とされる。


 ――静かな決着。

 綿密に計算し、全ての行動がこの決着の為に。渾身の一撃で二振りを砕き、隙を晒したのも、自らの腕を斬り飛ばさせたのも、違和感無く、葛の葉の身体に血をかける為。


「また会おうぞ、葛の葉。その時はどんな顔になっているか。……楽しみぞ」


 玉藻は静かに笑う。

 葛の葉を飲み込んだ穴は、何事もなかったかのように閉じていた。


「全て、全てが妾の計算通りに事が進んでいる! あとは土蜘蛛が都を蹂躙し、この国の帝を飲み込めば!」


 堪え切れなくなったのか、玉藻は高笑いをしながら、水晶玉を覗く。

 水晶玉に映されたのは、今まさに。……





 ――圧倒的な神力の奔流によって、その存在を否定され、消えゆく土蜘蛛達であった。





 身体を拘束されながら、一切の光の届かない、地の底に落ちゆく葛の葉。

 この術は封印術の一種かと葛の葉は考えた。


 俄かに、背に衝撃を感じる。

 痛みに耐えながらも、葛の葉は脱出の手掛かりを得る為に、僅かに動く弓手で辺りを触る。

 すると土の上ではなく、つるりとした漆器のような感触が手に返ってくる。


 玉藻は蠆盆(たいぼん)と称していた。ならば、盆の上なのやもしれない。

 そう考えた矢先に、葛の葉の耳に、蠢く音と息遣いのような威嚇音が聴こえる。

 目だけを音の方へと向けて見れば、ぐるりと葛の葉を囲むように蠢く、(さそり)蜘蛛(くも)(へび)などの毒虫であった。


 一斉に動き出す虫達。

 差し出された供物を貪り喰らうように、その毒虫達は牙を葛の葉の身体に突き立て毒を送り込む。


 その虫達が持つ毒は、毒に非ず。

 魂を改変させる呪いであった。


 魂を凌辱し、別のモノに堕とす呪い。……葛の葉の意識が徐々に別のモノに変えられていくのを感じる。

 葛の葉は、いつ終わるともしれない拷問のような呪いに、ひたすらに耐え忍ぶ。……夫と息子を想いながら。

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