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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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覚悟と教え


 羅城門で一輪の花が咲き、大鬼を喰らい尽くした頃。

 東側で鬼の殲滅をしていた、ただ一人が羅城門の花に気がつく。


「親父殿! 親父殿! 羅城門にでっかい花が咲いてますよ!」


 羅城門の方へと、よそ見をしながらも、組み伏せた鬼の首に刃を滑らし落とす、(みなもとの)満仲(みつなか)


「笹の葉や釣鐘みたいな花が空を目指してますよ!」


 星と月が輝くとはいえ夜であり、羅城門までは距離があるというのに、立ち上がった満仲の眼には花の姿形が、はっきりと見えている。

 父親である、(みなもとの)経基(つねもと)は知っている。……眼が良いという事は、鬼や妖と闘わねばならぬ時に重要である事を。


「……っ」


 満仲に急かされるように経基は羅城門の方を見たが、ほんの一瞬だけ顔が歪む。

 ――未来(さき)観測()てしまった。


「あれは竜胆(りんどう)です。……目で見ても美しく、そして薬にもなる。良い花です、満仲も竜胆の様に、凛と真っ直ぐに生きなさい。それが父として貴方に望む事です」


 経基は、大時化(おおしけ)のように荒れる心内を悟られまい、と微笑みながら満仲の方へと手を伸ばし、顔に付着した泥を拭ってやる。

 ちょうど賀茂忠行が飛ばした、式神が南より飛来し、経基の肩に止まる。


「私は南の戦さ場に援護に向かいます。……貴方は(つこう)殿に付き従い学びなさい。良いですね?」


 経基の言葉にしっかりと頷く、満仲。

 経基は満足げな顔をした後に踵を返し、南へと駆ける。


「親父殿! 御武運を! いってらっしゃい!」


 (ただ)ならぬ気配(・・)を察知したのか。……満仲は父の背中に向かって、鼓舞激励するように声を張り上げる。


「やはり、子供というのは(さと)いものですね。……貴方たちの未来(さき)を守るためならば」


 経基が駆けながら眼を見開き、花城を見る。

 今の花城に少し未来(さき)の光景が重なる。……眼を覆い隠したくなる光景であった。

 大蜘蛛の化け物が吠えながら、花城を。そこに住まう人々を、物のように散乱させ、喰らい、蹂躙していく様が観測()える。

 ――妻と、貴女(・・)の思い出の場所も破壊され尽くす、未来が。


「この命を燃やし尽くしてでも、未来(さき)は変えてやる!」


 駆けながら、()いている太刀を押さえる手に力が込められる。――その手は微かに震えていた。





 羅城門での戦闘を終えた、陰陽師一名と滝口武者三名の計四名は南の戦さ場へと、急ぎ向かっていた。


「小次郎。あそこは……巨椋(おぐら)池だよな?」


 弥次郎が、手で何度も眼を擦りながら隣の将門へと声を掛ける。


「ああ、間違いなく巨椋池であり。……同じモノ(・・・・)が見えている」


 宇治川のすぐ南に広がり、池よりも湖と形容した方が正しいともいえる巨大な巨椋池。

 そこには()(そび)えていた。


「夜這い星か? いや……あれは」


 やにわに将門は頭上の遥か上、星の()を縫い、揺れ飛ぶ白い物を発見する。


「小次郎くん、あんまりじろじろと見んとき」


 将門達の後方から付いてきていたはずである、賀茂忠行の明るい声が将門の耳に届く。


「小次郎くんの肩に、式を引っ付けて語りかけとる、二人には聞こえてへんからね。こっちを見ずに、そのまま」


「忠行様。弥次郎と具次郎には見えていないようなのですが。……あれは狐なのでは?」


 忠行に言われた通り、振り返らずに小声で問う。

 

「そう、御狐様。……ああやって飛んではるけど、じっと見とったのに気がついてはるからね。見物料とか言って、法外な要求されるから、見るのやめとき」


 被害に遭ったことがあるのか、真剣味を帯びた声色の忠行による、有り難い忠告であった。

 それでも尚、将門は目を離すことが出来なかった。夜這い星が流れ、巨椋池の向こう側へと隠れるまで。


「……(くらい)の高い伏見稲荷の神使(しんし)が見えるとはね、驚きやなぁ。陰陽寮に引っ張ろうかしら」


 将門の肩に付けていた式との繋がりを切り、三人の後方で嬉々としながら一人言つ。


「しかし、今回はどんな無理難題を押し付けられるやら、頭が痛いわ」


 忠行は駆けながらも、溜息を吐き、渋い顔をする。





 ――巨椋池(おぐらいけ)()出現直後。


 周囲には唸る声が重なり、大小様々の木片が散らばっていた。

 巨椋池から出現した山。……否、大蜘蛛の鬼に水面から弾き飛ばされ、地に落ち、負傷した兵の呻き声と砕けた舟の残骸であった。


「落ちた拍子に骨が折れた奴、砕けた奴は下がって手当てを受けて来い! 動ける奴は散らばった(いしゆみ)や弓に矢をありったけ集めてこい!」


 その惨状の中でも、矢継ぎ早に兵へと指示を飛ばす男。


「優雅に気楽に都の貴族様のように夜の巨椋池で舟遊びをしながら、湧いてくる小鬼を狩るだけの簡単な仕事だったのによぉ。……まるで大物が掛かって、仰天したところに、背後から押されて、竿ごと水に落ちたみていじゃねいか!」


 その男は、波のようにうねる髪と、伸ばし放題の髭を揺らし、(いか)っていた。

 怒る男の大声のせいか、背後で倒れていた禿げ頭の男がむくりと上半身だけを起こす。


「おん! 煩い! 此処は何処だ!」


 未だに意識が朦朧としているのか、ぶつくさと意味のない言葉を発しながら辺りを見回す。

 ふと怒る男の背に目が向くと、途端に震えだす禿げ頭の男。


良範(よしのり)! とうとう化けて出おったか! 銭を返せ、馬鹿野郎!」


 支離滅裂な叫びを上げる男に対して、良範と呼ばれた怒る男は振り返り、無言のままに気付け薬の代わりとばかりに平手で頬を(はた)く。


「元名の従兄弟おじ。目が覚めましたか?」


 赤くなった頬を摩りながら元名。――藤原(ふじわらの)元名(もとな)は気を取り直す。


「迷惑をかけたな純友。状況はどうか?」


 元名は藤原北家の者に相応しい言動へと戻る。


「従兄弟おじの代理として兵と武具をまとめ上げました。……が、負傷者多数であり、舟が使い物にならず。さらには不味い事に、不用意にあの大蜘蛛に近づいた者が数人死にました」


 藤原(ふじわらの)純友(すみとも)は怒りを抑えながら、淡々と伝えるべき事を伝える。


「大蜘蛛に近づいた者がか。……あの大蜘蛛は微動だにせず、寝てるように見えるが?」


「蜘蛛の脚には毛が生えているでしょう。あの大蜘蛛は毛の代わりに手が生えており。……その手によって数人は引き千切られましてね」


 影となって見えないが、酸鼻を極める光景が広がっていることは明らかであった。


「ならば死んでいった奴の為にも、大蜘蛛はぶっ殺してやらんとな」


 着々と弓や弩の準備が整い、隊伍が整いはじめる。

 しかし、兵達は大きな鬼を相手取る事になり士気が上がらずにいた。


「皆よ、よいか! 敵はただのでかい的だ! 更には眠りこけている、今が好機である! 我らの同胞を傷つけし憎き鬼を矢衾(やぶすま)にて穴だらけにしてやれ!」


 元名は士気を上げる為に声を張り上げる。


「――なお! 恐怖に打ち勝ち、此処で鬼と相対せし者だけに特別手当を支給する事を藤原元名が確約する!」


 兵達は元名の特別手当という言葉を発した途端に士気が上がる。


「純友。覚えておけよ、人というものは目の前に利があれば殊更(ことさら)に働く。鞭だけではなく、飴をほんの少しばかり与えてやれ」


 真理を説いたり。と、したり顔をする元名。


「後学のために教えていただきたいのですが。……与える飴がなければ、その時はどうすれば?」


 早くに実父である藤原(ふじわらの)良範(よしのり)を亡くした藤原純友にとって、元名の話に出てくる()が手持ちに無いのである。


「うんなもん、飴がある所から引っ張ってくればいいんだよ。どんな手(・・・・)を使ってもな」


 悪どい顔をする元名。

 その言葉の真意を察したのか感心する純友であった。


 元名による人心掌握の簡単な講義が終わる頃には元名麾下(きか)の準備が整い、号令を待つのみとなっていた。


「野郎ども! 鬼を滅し、酒と飯に女を喰らおうぞ! 支払いは羅城門で踏ん反る、(うるわ)しき従兄弟である藤原忠平殿だ! 放て!」


 一斉に放たれた矢は、()の如き鬼を穿つ為に空を埋め尽くし、我先にと走る。

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