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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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花城の守護者達


 母さまに瞳を閉じてはならぬと言われて良かった。

 見逃してしまうところであった。――その益荒男(ますらお)を。

 鞘にあしらわれた三本足の鴉が飛びまわり、煌めく切っ先が縦横無尽に躍る。

 荒波の如く押し寄せる、悪しき闇を斬り裂き、光を余たちに照らす、その様を。……

 嗚呼、益荒男にして。……余たちを導く為に遣わされた神使(しんし)なのだろう。





 羅城門上層――簡易指揮所。


「洛中の状況は?」


「次善の策通りやね。内裏に近い鬼は一目散に弘徽殿(こきでん)に向こうてはる。……ちらほら湧いているのは腕に覚えのある検非違使が頑張ってくれてはる。それに帝も陽成院様も大極殿に入りなさった」


 藤原(ふじわらの)忠平(ただひら)賀茂(かもの)忠行(ただゆき)の報告を聞きながら、珍しく落ち着きなく、うろうろと歩いていた。


「あと市井のもんは術で、ぐっすりやさかい。それに法皇様も起きる気配は――」


 賀茂忠行は、そこまで報告を口にしながら、ちらりと忠平の姿を見て溜息を吐く。

 方々に幾つもの鳥型の式神(しきがみ)を飛ばし、不機嫌そうな表情をする。


「忠平はん。不安になるなら献策しいひんほうがよかったのちゃうか?」


 忠行の辛辣(しんらつ)な言葉に、忠平は身震いをしながら拳を握る。


「世は諸行無常! 幾ら、最高、最善の策を積み重ねても、何かの拍子に瓦解する事を言われんでも、よく分かっておる! 現に結界が破られた!」


 忠平は腰を板間に下ろし、砕かんばかりの勢いで拳を振り下ろす。


「最悪の事態に備えて、中宮と皇太子殿下と甥っ子を生き餌(・・・)にし、洛中の被害を最小限にする策は、帝にも陽成院様にも中宮にも了承を得ておる。……後宮の者も全て避難させておる、そして滝口には何も情報を与えていないが、今宵は小次郎がおる」


 自らに大丈夫だと、全てが策通りに動くと言い聞かせるように忠平は項垂れながら語る。


 その時、式紙の一つが忠行の元に紙の羽を羽ばたかせながら飛んでくる。――口端を上げる。


「ええ報告がきたで。……結界は大極殿を中心に広がっている事と、中宮はん達は無事みたいやで」


 忠行は顔を上げ、両手で自らの太腿を何度も叩く。


「よし。よし! ならば次は外だ! 外の鬼の大軍勢に対しての遅滞はどうなっている?」


 元気を取り戻した忠行は独楽のように回り、座ったまま忠平の方を見る。


伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)(なら)って、葡萄(ぶどう)(つる)で絡めとったり、竹の壁で阻んだりで順調やね」


 気心が知れてるいるせいか、鼻高々な様子を隠さない忠行。


「ならば、後は滅するのみよな」


 忠平は立ち上がり、高欄(こうらん)に手を掛けながら外を見る。――忠平の手には(かす)かな振動が伝わる。





 都の四条通りの東側では鴨川(かもがわ)の近くで数多くの鎧武者が陣取り、渡河しようとして深みに足を取られる鬼に対して、矢を射掛けていた。

 (みなもとの)経基(つねもと)は腕を組みながら、その様子をじっと見ていた。


「経基よう。いつまで遊びみたいな事をやっているんだ? こっちからも攻め込んで暴れようぞ」


 退屈そうに顎髭を抜きながら、(みなもとの)(つこう)は経基へと同意を求める。


「親父殿! (つこう)殿の言う通りです! 向かってくるのを射るだけ、なんて性に合わないです!」


 背丈に似合わない、大量の刀を束ねて背負い、飛び跳ねながら抗議する者。

 ――数え年で一四。少し早いが、元服したての源満仲であった。


「ほう! ぼんは俺と同じ意見か! 良い武辺者になるぞ。これが終わったら、飯を食って、鍛錬して、糞して寝ろよ!」


 仕は豪快に笑いながら、満仲の頭を撫でる。

 満仲も仕と同じように大口を開けながら笑う。


「……仕方ないですね。満仲も初陣ですし、もう少し数を減らしてからと思っていましたが」


 経基は溜息をついてから背後を見る。

 誰もが、今かと、今かと経基の号令を待っているようであった。


「全軍突撃! 虫一匹逃さずに殲滅せよ!」


 号令と共に解き放たれる武者達。……狩猟犬のように一目散に駆ける。

 彼らは鬼とは違い、鴨川の浅瀬を熟知しており、時間を掛けずに難無く渡河する。


 先頭を駆ける(つこう)は、迫る鬼の集団相手に毛抜形刀(けぬきがたとう)を抜き放ち、すり抜け様に首を斬り落とす。


「一番乗りじゃい、一番乗りじゃい! やはり戦さはこうでないとな!」


 仕は戦さ場でありながらも笑い。鬼を次々に屠っていく。


「仕殿! 楽しいですな!」


 満仲も負けじと刀を振るい、鬼を袈裟懸けに斬り倒していく。

 満仲の膂力や、その身に宿る力に耐えられないのか、刀は数度ほど鬼を斬りつければ折れる。


「そうだろう、これからどんどん鬼を斬れるぞ!」


 二人を横目にしながら、経基は溜息を吐く。……その溜息は満仲が折る刀の本数に対してであった。




 同時刻。都の西側。

 桂川があるとはいえども、平野部が広がる、西側は徐々に鬼の軍勢に押され気味となっていた。


「勢いを削ぐような、何か(・・)が必要よな。……しかし、かわいい弟の頼みとはいえども、断っておけば良かった」


 藤原忠平の兄である、藤原(ふじわらの)仲平(なかひら)は頭を抱えていた。


「はようせんか!」


「お祖父(じい)殿、尻を蹴るのやめて。(ほこ)を持っているんですから!」


 都の方から言い合いをしながらやってくる二人の男。

 仲平は近くにあった篝から火を取り照らす。

 そこには見慣れない老齢の男と、大蔵少輔である、小野(おのの)好古(よしふる)が両手に大量の鉾を持ち、よたよたと歩いていた。


「おお? 左衛門督(さえもんのかみ)であられる、藤原仲平殿。援軍に来ましたぞ」


 好古は、にこにこと笑いながら大量の鉾を下ろす。

 その緊張感の無さに、面食らった顔をする仲平。


「では、お祖父(じい)殿。やりましょう」


 仲平をそっちのけにして好古が、お祖父(じい)と呼ぶ、老人に鉾を手渡す。


「距離に……風は良し」


 遠くの戦さ場を手と指で測るようにしながら、老人は鉾を手に取る。


「射角はこれくらいかの。嗚呼、血が沸き踊るわい」


 そう言いながら老人は、歴戦の武人と戦さ狂いを混ぜたような獰猛な笑みを浮かべる。


「なにを――」


 状況についていけない仲平がそう発した瞬間。

 鉾が馬手より投げられる。

 ――否。


 その鉾は老体を弓として、矢の如く射出された。


「次!」


 その声に急かされ、好古は鉾を手渡す。

 鉾は手早く射出され、唸るような風切音を上げながら飛ぶ。

 何度も何度も鉾が無くなるまで、その行動は繰り返された。


「こんなもんかの。……好古よ、後はやっておけ、儂は帰るからな。閻魔(えんま)様の補佐官も辛いわい」


 老人は、からっと笑いながら都へと戻ろうとする。

 途中、呆気に取られている仲平の側に寄り。


「儂が抜け出してきた事は他言無用じゃぞ? 地獄の沙汰は心がけ次第よ」


 と、言われ、仲平は何度も首を縦に振る。



 前線では、鉾の雨が降っていた。

 先程まで兵の一人を地に組み伏せていた鬼が消し飛び、土塊へと還る。

 兵を背から襲おうとしていた鬼も土塊へと還る。

 数多の鬼が土塊へと還ってゆく。

 兵達は戦さの潮目が変わったのが、はっきりと分かり、勢いを盛り返す。


「野狂が孫、小野好古! 助太刀を致す!」


 大声と共に駆けてきた好古は地面に突き刺さっていた鉾を手に取り、器用に振り回し、鬼の軍勢へと向かって駆けて行く。





 北では船岡山から湧き出た、数多の鬼の軍勢が都を目指していた。

 しかし、どの鬼も船岡山を脱する前に兵に阻まれ斬られる。……仮に抜けても飛来する一矢によって首をもぎ取られ、土塊へと還ってゆく。


「三上山の大百足に比べたら雑魚しかおらんな」


 そう独り言つ、藤原秀郷は船岡山の少し離れた所から五人張りの強弓を引き、矢を放つ。


「しかし、忠平もこんな簡単な奉仕で反対闘争の罪は見逃してくれるんだから太っ腹よな」


 笑いながらも淡々と遠方へと矢を放ち続ける。


「帰りに乙姫の所にでも寄るか」


 北部の戦線に異常は無く、粛々と鬼は滅せられてゆく。

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