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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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御元服の儀

 承平七年。一月四日。

 平将門が酒呑により神隠しにあってから四日後の花城は厳かな雰囲気に包まれていた。

 粛々と紫宸殿では御歳十五となられる帝の御元服の義が執り行われようとしていた。

 五尾の(あゆ)厳瓮(いつへ)が描かれた、万歳幡(ばんぜいばん)が風に揺れ、鮎が空を泳ぐ。

 既に束帯姿の文官と武官がずらりと紫宸殿外の庭に並び、静かに帝の姿を待っている。――藤原の姓を持つ者や、縁故のある者が大半であった。

 


 その中でも一際、衆目を集めたのは藤原忠平の長男である、藤原(ふじわらの)実頼(さねより)。――文官束帯でありながらも、その腰に平緒で括り付けられた、絢爛豪華な装飾の施された銀鞘の太刀。

 実頼は平将門に最新武器である太刀を一振り頂戴したいと頭を下げてまで頼み込み、更には藤原北家に(えにし)のある職人に銀鞘を作らせたのは。……ただこの日の、この瞬間の為に。



「誰もの視線が熱かった、魚袋(ぎょたい)よりも格好良かろう、羨ましかろう。……文官で太刀を佩用(はいよう)出来るのは、参議以上とする決まりを作っておくか」


 実頼は儀式の後に、弟である藤原(ふじわらの)師輔(もろすけ)へと、ほくそ笑みながら漏らし。――師輔は目を細めながら、口は酸っぱいものを頬張ったかの様に窄めていた。


 閑話休題。



 太鼓が調子を合わせ、一叩きされる。

 皆が一斉に背筋を伸ばし、待つ。

 太鼓が叩かれるごとに、大気を揺らし、各々の丹田にまで音が響き、揺さぶられる。


 ゆっくりと静かに清涼殿(せいりょうでん)より、北斗七星と天に昇る龍が一番目を惹く、袞冕(こんべん)十二章の内八種が刺繍された太陽の様に赤い袞衣(こんい)を纏い、両耳の辺りで髪を輪のように結った、総角(あげまき)の帝が侍従を引き連れて姿を見せる。

 歩くたびに総角が揺れ、衣擦れ音が響く。


 紫宸殿の身舎(もや)の中央では藤原(ふじわらの)忠平(ただひら)と、侍従長が既に帝を待っていた。

 侍従長の手には漆が塗られ、黒光している盆の上には、見れば息を飲むように美しい金銀細工がなされた冠。――その上には五色の珠玉を貫いた糸縄を四方に垂らした冕板(べんばん)が取り付けられ、さらに、その上の前部には光り輝く太陽の形が立てられ、中央には火焔の形が立てられている。


 藤原忠平の前まで来ると、侍従が慣れた手つきで手早く、帝の総角(あげまき)を解き、長い髪を頭頂部に束ね、紫の元結(もとゆい)で結っていく。――あっという間に冠下(かんむりしたの)(もとどり)が出来上がる。

 (もとどり)によって顔の皮が引っ張られたせいか。……あどけなかった顔が、少しだけ大人びた顔へと変わる。


 忠平は侍従長が持つ盆から、丁寧な手付きで冕冠(べんかん)を取り上げると、ゆっくりとした動作で帝の(もとどり)を崩さないようにのせる。

 帝は誇らしげな顔をしながら、ゆっくりとした足取りで紫宸殿の南庇(みなみびさし)に向かい、臣下達の前に臨御される。

 誰もが帝の美麗な姿に目を奪われ、固唾を呑む。


「朕は嬉しく思う。今日、このめでたきハレの日を無事に迎えられた事を。……偏に臣と民が支えてくれた、お陰である。これからも朕を支え、朝廷を支え、日ノ本を支えて欲しい」


 臣下達は帝の玉音に耳を澄ませる。


「朕は皆の為に祈ろう。日ノ本に住まう、臣民が一人残らず安寧に暮らせるように。……これより数日後となるが、日ノ本の行く末が幸多きなるものとなるように大赦を宣命する。さらに臣の苦労を労う為に豊楽院にて宴の準備をしている、存分に祝ってほしい」


 そう帝が締め括ると同時に藤原実頼が肺にいっぱいの空気を吸い込む。


「帝の御元服を祝い。万歳(ばんぜい)三唱!」


 実頼の音頭に合わせて、空が割れんばかりの万歳が紫宸殿に響く。

 さらに万歳三唱だけではなく、大内裏の外からも民達が帝を祝う万歳が響き渡る。――帝が清涼殿に還御しても収まらなかった。



 清涼殿にて、帝は侍従達に手伝われながら束帯を着用していた。

 藤原忠平は唇を軽く噛みながら、ハレの日に相応しくない、物悲しそうな表情を浮かべ、その姿を見ていた。


「伯父上。……あまり悲しい顔をなさらないでください。余は真の(・・)継承の儀を乗り越えてみせますから」


 笑顔を見せる帝に対して、さらに忠平は今にも泣き出しそうな表情となる。

 帝は刀掛台から八咫鴉(やたがらす)が鞘にあしらわれた太刀を手に取る。


「では、行ってきます」


 帝は繁文(しげもん)(えい)を揺らしながら忠文に背を向け、東庇(ひがしびさし)の装飾の施された襖を開く。

 庭には(みなもとの)満仲(みつなか)安倍(あべの)晴明(はるあきら)の両名が頭を垂れ、控えていた。


満仲(まんじゅう)殿に晴明(せいめい)よ、冷然院までの護衛の任、確と果たすべし。大内裏の東隣だけどね」


「帝の大御心のままに」


 両名はさらに深々と頭を垂れる。


「では、帝。……此度は何事も秘密裏に、との事なので、持っているだけで帝の御姿と御声を隠す符です」


 二枚の符を懐から取り出し、帝の前に出す。

 帝は、その符を見ながら暫し考える。


晴明(せいめい)。……それを使うと二人にも、余の姿と声が見えない聞こえないで、右往左往するんじゃない?」


 晴明は急に顔を上げる。――今まで気がつかなかったのか、徐々に苦々しい表情になる。


「失念しておりました。申し訳ござ――」


「いや、晴明(せいめい)。これで良い、余には考えがあるんだ。……満仲(まんじゅう)殿、耳を」


 晴明(はるあきら)に聞こえないように満仲(みつなか)へと耳打ちをする。……にんまりと笑う帝と満仲。


 晴明は両名の表情から嫌な予感を感じとり、立って逃げようとし、四つん這いになった所を満仲に捕まり、左脇に抱えられる。


「帝。……もしかして?」


 晴明は情けない声を上げる。

 帝も、いつの間にか満仲の右脇に抱えられていた。


「じゃあ、晴明(せいめい)は符の効力の維持をお願いね。満仲(まんじゅう)殿、洛中を一走りしようか。……全力でね」


「勅命を謹んで御受けします」


 その日、奇声を発する晴明を抱えた満仲が、笑いながら洛中を全力疾走する奇行を民から貴族までが目撃した。

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