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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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シュテン


 将門は差し出された瓢箪(ひょうたん)を受け取り、栓を抜き、嗅ぎはじめる。


「ほう。……良い香りの酒だな」


 少しだけ口に含み、舌で転がし味わいながら飲み込む。


「甘いな。良い酒ではないか、何処の酒蔵の酒だ? 大和国(やまとのくに)寺社(じしゃ)の物か?」


 瓢箪を酒呑(しゅてん)に返しながら、将門(まさかど)は土産に持って帰る算段を付けるために問う。

 瓢箪を受け取った酒呑は二口ほど飲む。


宮中(きゅうちゅう)造酒司(さけのつかさ)。四回も、しおりを重ねた、最高級の御酒(ごしゅ)だよ」


 ニヤリと牙を見せ笑いながら、さらっと、とんでもない話を将門にする。


「盗ん――」


 将門は殺気を(ほとばし)らせながら、太刀を強く握る。

 瞬間、瓢箪が投げ渡され、咄嗟に左手で受け取る。


「盗んだ酒ではないよ。友人に貰った物だから安心してほしい」


 将門に対して悪戯な笑みを浮かべながら説明をする酒呑。


「ならば、問題は無いか。酒呑よ、身体の痛みが引いているのだが、何をした?」


 羅城門(らじょうもん)の前で酒呑に頬を触れられてから、(しゅ)が鎮まり、身体の痛みが(やわ)らいだ事に気がついていた将門は酒呑に問いながら、酒を一口飲む。


「その呪は大いに変質しているけど、父親である八岐(やまたの)大蛇(おろち)由来のものだよ。……息子である、僕が影響を与えるのは造作もない事だよ」


 また一口飲んでから瓢箪を返す将門、その表情は得心が行ったものであった。


「神の子、神の眷属(けんぞく)、神の因子を持つ者、神の化身。仏道で言えば童子(どうじ)か。……摩訶不思議な術にも得心が行った。そして呪の事を知り、返上せよ、との言葉にもな」


 将門は腕を組みながら、小さく頷く。


「だが――この呪は返せん」


 ぴしゃりと言い切る将門。

 酒呑は溜息を吐きながら、瓢箪に残った酒を一気に飲み干す。


「このままだと次の年の晦日(みそか)を迎える前に死ぬ。――と、言ってもかい?」


 酒呑は真面目な面持ちをしながら、空となった瓢箪を手を離さずに地面に置く。


化生(けしょう)討伐の為に必要なのだ。死ぬる前に化生を滅し、坂東(ばんとう)の民と一族を守護する」


 将門は自身の死を宣告されても一歩も譲らず、酒呑に確固たる意志を告げる。

 徐々に酒呑の手に力が篭り、遂には瓢箪が割れる。


 息の詰まりそうに成る程の沈黙が流れる。

 少しすると樹々と草花をかき分けてやって来る男。


小次郎(こじろう)くんに、酒呑(しゅてん)はん。えらい長うお待たせしてもうたね、山登りには慣れてへんさかい勘弁してね」


 息を切らせ、寒空に関わらず、大粒の汗を流しながら、二人の前にやってきた男は空気も読まずに(そで)で汗を拭いながら、軽い口調で喋る。


賀茂(かもの)忠行(ただゆき)様。何故ここに? それよりも、酒呑と知己の仲なので?」


 眼を丸くさせながら驚く将門。

 酒呑は割れた瓢箪を投げ捨てながら口端を上げながら笑う。


「そないな事は決まってるやんか、小次郎くんの命を助けるためやで。酒呑はんとは前からの顔馴染みやね、御酒(ごしゅ)は美味しかった?」


 忠行はさらりと重要な事を口にしながら、扇を取り出し口元を隠し笑う。


「やっと来たのかい忠行、御酒は御馳走様。……しかし、小次郎は頑固者だね」


 酒呑は服の埃を払いながら立ち上がり、忠行の肩に手を置く。


「そうやろう、ほんまに頑固者で。……一本筋が通っとるから、皆んなに好かれるのかもしれんね」


 酒呑に小声で耳打ちする忠行。


「さて、小次郎くん。呪を返上するのが嫌なら、代替案の方をやろか」


 扇を将門の方に向けながら、細い眼を見開く忠行。


「いったい、どのような――」


 将門は立ち上がろうとしたとき、ぐらりと体勢を崩し、伐採された大木のように背後に倒れ込む。


「やっと薬効いたかいな? さ、酒呑はん、ちゃっちゃと済まそか」


 健やかな寝息を立てる将門の横に座りながら、忠行は幾つかの()を取り出す。

 酒呑も忠行の正面に座り、将門を二人が挟み込むような形となる。


「将門、騙し討ちのような形になってごめんね」


 酒呑は将門の丹田(たんでん)に手を当てながら物悲しそうな表情をする。





 将門の顔を夕日がしんみりと照らす。

 物音と童の話し声に気がつき、ゆっくりと瞼を開ける。

 そこには青い宝石と見間違うほど煌びやかな瞳が将門の顔を覗き込んでいた。


「酒呑! しゅてん! おっちゃんが目を覚ましたよ!」


 青い瞳の童は軽快な足音を鳴らし、小屋の外に出てゆく。

 その姿を将門は目で追ってゆくと、小屋の外から将門の様子を(うかが)っている、数人の(わらべ)と目が合う。

 どの童も普通の人とは異なる、彩色鮮やかな瞳の色や、髪の色をしていた。


「はいはい。ほらほら、皆んな向こうで遊んで来なさいよ」


 一寸すると聞き覚えのある涼やかな声が聞こえて来る。

 小屋の外から覗き込んでいた童達が笑い声と共に何処か遠くへと駆けてゆく。


「やあ将門、身体の調子はどうかな?」


 童達と入れ替わりになるように小屋の中を覗き込む酒呑。


「うむ。恨み言の一つでも言いたいところではあるが。……ここ数年で初めての快調であるな」


 首を回しながら身体を起こし、立ち上がる将門。

 心なしか、その顔色が良くなっていた。


「そう。……なら少し散歩でもしようか?」


 促されるままに酒呑の後を追う将門。


 外に出る将門の目に飛び込んで来たのは活気のある村であった。

 建ち並ぶ小屋の中からは炊事の煙が上がり、童は元気に走り回り、山に空いた穴蔵から男達が槌と蚤を持ち泥塗れになりながらも出てくる。

 彼らは誰しもが笑顔であった。


「これは良い村だな。……髪色や瞳の色、それに身体的特徴があるのは、彼らも、まつろわぬ民の末裔であるからか?」


 彼らは将門と親交のある飯母呂(いぼろ)衆や、庇護(ひご)を求め将門の元に集まってきていた、まつろわぬ民達と良く似通っていた。


「そうだね、そういう者達も此処には居るし、単に先祖返りで異なる特徴が出てきたという者も居る」


 一息吐き、酒呑は愛おしそうに手を広げる。


「巷では(こと)なる彼らを恐れ、鬼子とか化物だと呼ぶ者も居るけど、彼らも人だよ」


「ああ、彼らは人だ。討ち滅ぼすべき本物の化生や鬼は別に居る」


 力強く頷く将門の姿を見て、酒呑は目を細める。


「将門、君のところでは誰もが分け隔て無く、安寧に暮らしていると忠行から聞いたよ」


「ああ、そうだ。助けを求めて来た者達は手厚く保護し、衣食住に仕事を渡し、暮らしている。それが上に立つ者の使命の一つだ」


 将門は迷い無く答える。


「君は僕達にとって、一つの希望なんだよ。簡単に死んでもらっては困る、だから呪の影響を極力無くす為に――」


 酒呑が言い(よど)み、山間を抜ける風が二人の頬を冷たく撫でる。


「将門。君には人の身から此方側に一歩進んでもらった」


 将門は目を瞑り、酒呑の言葉に耳を傾ける。


「君はこれから徐々に童子となる。これが忠行と僕が考えた、呪を返上せずに君に生き存えてもらう方法だよ」


「……そうか。忠平様から新たな王として東国を纏めよとも言われていた。これが運命か」


 紅く染まる空を見上げながら、己が運命、己が使命を噛みしめる。

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