表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
63/79

追儺


「では、これより追儺(ついな)を行う!」


 藤原(ふじわらの)忠平(ただひら)の掛け声に合わせて、(おど)り出る人影。

 それは方相氏(ほうそうし)と呼ばれる者達。


 ――否、式神であった。

 横に(はべ)る、陰陽師(おんみょうじ)の面々が操りし式神。

 方相氏は黄金の四つ目で四角く、のっぺりとした面を付けており。……一本足の高下駄を()き、熊の毛皮を頭に被り、(ほこ)(たて)を手に持ち、それを叩き鳴らしながら内裏内を歩き回る。

 時偶(ときたま)に示し合わせたように方相氏は、一斉に宙返りをする。


「此度は趣向が少しばかり違うのじゃな」


「ほほ、麿(まろ)は、こちの方が好きぞ」


 方相氏が戈を振るうのを観ながら、百官達は、こそこそと内緒話をする。


「鬼やらい! 鬼やらい! 鬼やらい!」


 その後ろからは、青紺(せいこん)色の衣服を纏った侲子(しんし)達が声を上げながら付いて回る。

 追儺も大詰めとなり、方相氏と陰陽師に侲子(しんし)は、隠れた鬼を追い立てる。――その姿、猟犬の群れが如く。

 群れは大内裏内の四方にある、全ての門の前に集まる。


「鬼やらい!」


 忠平の掛け声と共に、数人が桃の弓を構え、四方へと(あし)の矢を放つ。

 それとほぼ同時に門が開け放たられ、(つつみ)が鳴り響き、方相氏達が大内裏(だいだいり)を出てゆく。




 (たいらの)将門(まさかど)朱雀(すざく)大路の南端を目指して歩いていた。

 俄かに花城に響く鼓の音が将門の耳にも届き、振り向く。

 遥か遠くに見える、大内裏の朱雀門から出てくる方相氏達。

 方相氏(ほうそうし)達の姿を見ようと朱雀門の方へと人々は流れてゆく。


「今年は刻限が変わったのか。……」


 ――将門は胸に溜まった疎外感を吐き出すように、白い息を吐く。

 流れゆく人々と方相氏を見る表情は(さび)しげであった。


 将門は、また一つ白い息を吐いてから、流れに逆らう様に歩きだす。

 聞き覚えのある声が将門の歩く方向からする。

 女を両手に(はべ)らし、正に両手に花状態の藤原(ふじわらの)純友(すみとも)が朱雀大路の南から歩いてくる。


 すれ違う時に将門と純友は目が合う。……が、どちらも声をかける事もなく、表情をなごませながら、別々の道を歩いて行く。

 

 

 羅城(らじょう)(もん)。――朱雀大路の南端に位置する、外と都を分かち、都の正面を装飾する為の門。

 しかし、人の気配は無く、そこかしこに刀傷や矢の痕や爪痕が残り、荒れ放題であった。


「まだ、あの時のまま(・・・・・・)か」


 将門は戦いの痕を懐かしむように、ゆっくりと撫でる。


「っ!」


 将門は苦悶(くもん)の表情をし、右手で腹を押さえながら、塀に(もた)れ掛かり膝をつく。

 息も絶え絶えとなりながらも、将門は己の内で暴れる呪を鎮めようと、目を瞑る。


「もし。――もし、其処(そこ)のお方よ。大丈夫ですかな?」


 将門の背後から不意に掛けられる、男の声。


「大事ない。……少し休めば」


 声の主に振り返る事なく、絞り出すような声で返事をする将門。


「人の身で、その(しゅ)を内で飼うのは、しんどいでしょうに。……なんなら、その呪を貰い受け。いや――違うか」


 背後の者は涼やかな声で、一部の者しか知らない、将門の背負った呪の事を語る。


「何故、知っ――」


 そう言い掛けながら将門は何とか振り向く。

 ――そこには酸漿(かがち)のように紅い瞳を持った、優美な顔の男が立っている。……男の衣服は唐服の様に柔らかそうではあるが薄く、黒地で赤い襟の服を着ていた。


 将門は男の瞳を見た瞬間。何かに全身を押さえつけらた様に満足に動けなくなり、口から言葉も出なくなる。


「返上してもらう。が、正しいかな? 此処(ここ)では目立ち過ぎるから、一緒に来てもらうよ」


 その男は口端(くちのは)を上げ、蛇の牙のように鋭い犬歯を見せながら、将門の右頬を青ざめた左手で触れる。

 がらん、がらんと本坪(ほんつぼ)(すず)のような音が羅城門(らじょうもん)に鳴り響く。

 鳴り止んだ時には、将門と男の姿は羅城門から、影も形も無く、消え失せていた。

 羅城門の上に留まる(からす)が一つ鳴く。――二階から下を覗く様に一人の男が顔を出す。


「あれは平将門が神隠しに。……いや、鬼に(さら)われたか? 何かが起こる前触れか? 実に興味深い。同じ桓武(かんむ)天皇の玄孫(げんそん)だしな。一度、東国の役職に就くか……」


 男は都の鬱屈(うっくつ)した、なんとも言えない空気に辟易(へきえき)していた所に、摩訶不思議な現象に遭遇し目を輝かせていた。

 そして、平将門に対しての興味が鎌首を(もた)げる。


「……うさま! 何処におられますか!」


 その大声に反応してか、男は心底嫌な顔をしながらも下へと降りる。

 付き人の一人であろうか。声を上げながら、必死の形相で羅城門の方へと向かってくる。


此処(ここ)だよ、余は此処に居るよ」


 軽薄そうな笑みを浮かべながら、手を振る男。

 付き人は駆け寄り、安堵する。


興世(おきよ)(おう)様。……ご無事で良かった」


 さめざめと泣いた振りをする付き人。

 それを見ながら、興世王と呼ばれた男の顔から軽薄そうな笑みが消え、苦虫を噛み潰した様な顔となる。





 将門が気がついた時には、既に周りの景色は変わっていた。

 何処であるか分からない、鬱蒼(うっそう)たる森の中。――変わらないのは、将門の頬を触る、目の前の男のみ。

 

「さて、術を解くけど。……斬り掛かったりしないでくれると嬉しいな。君の敵ではないから」


 男はそう言いながら左手を離し、そのまま指を鳴らす。

 押さえ付けられていた、何かは取り払われ、身体の自由を取り戻した将門は大きく息を吸って吐く。


「最初は化生の仲間かと思ったが。……まだ首と胴体が分かれていない所を見ると。……違うようだな。何者だ?」


 将門は自らの首を右手で摩りながらも、左手は太刀に触れ、警戒を解かずに問い掛ける。

 男は腰に括り付けていた瓢箪(ひょうたん)を取りながら、将門の対面に座る。


()からは、大の酒好きだから酒呑(しゅてん)と呼ばれているよ。……色々と話したい事はあるけど、一献(いっこん)(かたむ)けるのはどうだい?」


 将門の対面に座る、自らを酒呑と名乗った男は瓢箪を将門の目の前に差し出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ