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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
62/79

決意を胸に

 (たいらの)将門(まさかど)が在京する事になり、二ヶ月が経とうとしていた。

 雪雲が空にこびりつき、しんしんと雪を降らせ、花城(はなしろ)を白く染め上げていた。

 宮中(きゅうちゅう)では寒い中、年末年始の行事の為に上も下も人が彼方(あちら)此方(こちら)へと走り回り、忙しくしている。


 当の将門は藤原(ふじわらの)忠平(ただひら)より頼まれ、居館の門前で人を待っていた。

 どれほどの時を腕を組みながら、じっと過ごしていたのか。……肩や頭には雪が積もり、冬場の畑のカカシのようになっていた。

 その将門の表情は、忠平の言葉を何度も脳内で反芻(はんすう)しているのか、どこか上の空であった。

 

 そうこうしている内に人影が近づいてくる。

 その男の風貌(ふうぼう)検非違使(けびいし)放免(ほうめん)と、よく似通っていた。

 ぼさぼさの傷んだ髪に髭面(ひげづら)、ぎらついた目。そして何より、肩をそびやかして大威張りで歩く様が彼らと同類である。と……将門は察知した。


 男は大欠伸(おおあくび)をしてから、将門の近くに寄ってくる。


其処(そこ)偉丈夫(いじょうふ)さんよ、ここが藤原忠平様の居館で間違いないか?」


 下卑(げび)た笑いをしながら将門に話しかける男。

 将門はゆっくりと動くと降り積もった雪が、はらりと山茶花(さざんか)の花弁のように落ちる。


如何(いか)にも。……しかし、用があるなら、()ずは名乗るのが道理(どおり)ではないか?」


 将門は一歩引くどころか、悪党面の男の前に一歩でる。二人の間に緊迫した空気が漂う。

 そして空気を読まずに、杖を突きながら二人の横を通り抜けようとする、ほっかむりをした老人。


「ごめんなすって、通らして貰いますよ」


 そう老人は口にしながら歩く。将門の横に差し掛かった瞬間。

 老人が杖の柄の部分を右手で、支柱の部分を左手で持ち、抜刀するように支柱を引き抜く。――中から白刃(しらは)が煌き出る。


「死ね! まさか――」


 そこまで口にした老人の顔面に、悪党面の男より、振り下ろし気味の右拳が叩き込まれる。

 仕込刀の杖を振るう暇も、(うめ)き声を上げる暇も無く地面に突っ伏す老人。

 悪党面の男は獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる。


「それもそうだな! 伊予(いよ)藤原(ふじわらの)純友(すみとも)という者だ。藤原忠平様に呼ばれて来た。――で、殴ってしまったが、この爺は知り合いか?」


 純友は動かない老人の首根っこを掴み上げながら、また笑う。

 将門はしゃがみ込み老人の顔を見るが、へしゃげており、心当たりがなかったのか首を傾げる。


「うむ。知らん顔だな」


 将門は立ち上がり、純友の顔を見る。


「平将門という者だ。――忠平様は中で、お待ちだ。この者は責任を持って検非違使庁に突き出しておこう」


 二人は軽く笑いあう。


「では、またな平将門」


「そちらこそ息災で、藤原純友」


 軽い挨拶を交わした二人。――純友は笑いながら居館に入っていく。


「あれが都で噂の平将門か。……良い面構えの男じゃねぇか。(えん)があったら、また会いてえな」


 門を通り、居館内を進みながら純友は独り言つ。


 一方の将門は老人を米俵の様に担ぎながら、検非違使庁へと向かう。


「うむ。藤原純友といったか、あの男。中々、良い腕っぷしであったな。何処かでまた会うかもしれん」


 将門も笑みを(こぼ)しながら独り言つ。


 この後、将門に検非違使庁に突き出された老人。……素性(すじょう)は源護本人であった。

 (みなもとの)(まもる)はこの後、再起をする事なく表舞台から退場する。





 藤原純友と藤原忠平は座り、顔を突き合わせていた。


「純友よ、息災で何よりだ」


「はっ。しかし、海の上に居る方が長いせいか(おか)()いが酷いですな」


 頬を掻きながら笑う純友。

 その姿を見ながら笑みを浮かべる忠平。


(きの)淑人(よしと)との連携による、海賊の追捕(ついぶ)。実に大儀であった。……官位を用意している故、こっちに戻ってこんか?」


 忠平の言に、純友は渋い顔をする。


「忠平様、官位よりも。……海賊の彼ら達を、また朝廷などで雇っていただきたいのです。……今は百姓の真似事をやらせていますが、何処かで限界が来て、また食い詰める羽目になり海賊に逆戻りかと」


 たどたどしく考えながら言葉を発する純友。

 忠平は苦々しい顔をする。


「そうしてやりたいのは山々なのだが。……朝廷へ納められる税が年々と減ってきておる。今のままでは彼らを雇い入れる余裕が無いのだ、分かってくれ」


 その言い分に対して、純友は少し語気を荒げる。


「何故です? 我々や市井(いちい)の者は、(しか)と税を納めている。なのに何故、朝廷の余裕が。……」


 忠平は溜息を吐きながら、立ち上がる。


「帝の御威光(ごいこう)(ないがし)ろにする不届き者が、私腹を肥やしている。……そういう事であろうな」


 忠平から聞きたくもない言葉が発せられ、純友は唇を噛みながら拳を震わせる。


「純友よ。お前は武勇に優れ、人当たりも良い、海賊となってしまった者達が暴走しないように手綱を握っておいてくれ。――多少。多少だぞ? 不正に私腹を肥やしている悪人を仕置きしても構わん」


 忠平の言葉に対して、純友は義侠心によるものか。……漁火(いさりび)のような(ほのお)が、その瞳に灯る。





 誰も居なくなり、灯りが揺れる部屋の中で藤原忠平は独り、碁盤を見つめる。――黒い碁石で形作られた日ノ本。

 白い碁石が坂東(ばんとう)の地と都、そして西の地に置かれている。


「東の地は(たいらの)将門(まさかど)。中央は(みなもとの)満仲(みつなか)。西は藤原(ふじわらの)純友(すみとも)。……武勇に優れた三人の武士(もののふ)が奮起してくれれば、帝が視た大乱は未然に防げるであろう」


 忠平は目を瞑り、深呼吸をする。


「頼んだぞ。三人とも」


 忠平が心に宿すのは不退転の決意。

 激動の一年が終わろうとしていた。





 都は大晦日(おおみそか)となり、行事がしめやかに行われていた。

 風が少々強く吹き、雪雲が陽の光を遮り、粉雪が降り注ぐ中。

 大臣以下、百官が朱雀(すざく)門前の広場に集まり、帝の大祓詞(おおはらえのことば)奏上(そうじょう)静聴(せいちょう)する。


高天原(たかあまのはら)神留坐(かむづまりま)す。

皇親(すめらがむつ)神漏岐(かむろぎ)神漏美(かむろみ)(みこと)(もち)て。

八百万(やほよろづ)神等(かみたち)を、(かむ)(つどへ)集賜(つどへたま)ひ、(かむ)(はかり)議賜(はかりたまひ)て」


 風の音が鳴り止み、ゆったりとした柔風が百官の頬を撫でる。


(あが)皇孫尊(すめみまのみこと)は、豊葦原(とよあしはら)水穂(みずほ)(くに)安国(やすくに)(たひら)けく所知食(しろしめせ)事依(ことよさ)(たてまつり)き。

如此(かく)(よさ)(たてまつり)国中(くぬち)荒振(あらぶる)神達(かみたち)をば」


 帝の白い束帯が風で揺れる。


(かむ)(とは)しに問賜(とはしたま)ひ、(かむ)(はらひ)掃賜(はらひたま)ひて語問(こととひ)磐根(いはね)(きね)立草(たちくさ)垣葉(かきは)をも語止(ことやめ)て。

(あめ)磐座(いはくら)(はな)ち、(あめ)八重雲(やへぐも)伊豆(いづ)千別(ちわき)千別(ちわき)て。

天降(あまくだし)(よさ)(まつり)如此(かく)(よさ)(まつり)四方(よも)国中(くになか)と」


 俄かに風が止む。


大倭(おほやまと)日高見(ひたかみ)(くに)安国(やすくに)定奉(さだめまつり)て、下津(したつ)磐根(いはね)宮柱(みやはしら)太敷立(ふとしきた)て、高天原(たかあまのはら)千木(ちぎ)高知(たかしり)て。

皇孫尊(すめみまのみこと)美頭(みづ)御舎(みあらか)仕奉(つかへまつり)て、(あめ)御蔭(みかげ)()御蔭(みかげ)隠坐(かくりまし)て、安国(やすくに)(たひら)けく所知食(しろしめさ)国中(くぬち)成出(なりい)でむ」


 降り注いでいた雪が小雨に変わり始める。


(あめ)益人等(ますひとら)が、(あやまち)(おかし)けむ雑々(くさぐさ)罪事(つみごと)天津罪(あまつつみ)とは。

畦放(あはなち)溝埋(みぞうめ)樋放(ひはなち)頻蒔(しきまき)串刺(くしさし)生剥(いけはぎ)逆剥(さかはぎ)屎戸(くそへ)許々太久(ここたく)(つみ)天津罪(あまつつみ)宣別(のりわけ)て。

国津罪(くにつつみ)とは、生膚断(いきはだだち)死膚断(しにはだだち)白人(しらひと)胡久美(こくみ)(おの)(はは)(をか)せる(つみ)(おの)()(をか)せる(つみ)

(はは)()犯罪(をかせるつみ)()(はは)犯罪(をかせるつみ)

畜犯罪(けものをかせるつみ)昆虫(はふむし)(わざはひ)高津神(たかつかみ)(わざはひ)高津鳥(たかつとり)(わざはひ)畜仆(けものたふ)蟲物為罪(まじものせるつみ)許々太久(ここたく)(つみ)()でむ」


 罪を洗い流す様に、都の上にだけ小雨が降り注ぐ。


如此(かく)(いで)ば、天津宮事(あまつみやごと)(もち)て。

天津金木(あまつかなぎ)(もと)打切(うちきり)(すえ)打断(うちたち)て、千座(ちくら)置座(おきくら)置足(おきたら)はして。

天津菅曾(あまつすがそ)(もと)苅断(かりたち)(すえ)苅切(かりきり)て。

八針(やはり)取辟(とりさき)天津祝詞(あまつのりと)太祝詞事(ふとのりとごと)()れ」


 徐々に雨が止み、雲の隙間から陽が差しはじめる。


如此(かく)(のら)天津神(あまつかみ)(あめ)磐門(いはと)押開(おしひら)きて。

(あめ)八重雲やへぐも伊頭(いづ)千別(ちわき)千別(ちわき)所聞食(きこしめさ)む。

国津神(くにつかみ)高山(たかやま)(すえ)短山(ひきやま)(すえ)登坐(のぼりまし)して。

高山(たかやま)伊穂理(いほり)短山(ひきやま)伊穂理(いほり)撥別(かきわけ)所聞食(きこしめさ)む。

如此(かく)所聞食(きこしめし)ては、(つみ)(いふ)(つみ)不在(あらじ)と、科戸(しなど)(かぜ)(あめ)八重雲(やへぐも)吹放(ふきはなつ)(こと)(ごと)く」


 帝の言の葉に合わせて、雲が退き、輝く太陽が子らを祝福するように顔を覗かせる。


(あした)御霧(みきり)(ゆふべ)御霧(みきり)朝風(あさかぜ)夕風(ゆふかぜ)吹掃事(ふきはなつこと)(ごと)く。

大津辺(おほつべ)()大船(おほふね)()解放(ときはなち)(とも)解放(ときはなち)大海原(おほわだのはら)押放(おしはなつ)(こと)(ごと)く。

彼方(をちかた)繁木(しげき)(もと)焼鎌(やきがま)敏鎌(とがま)()打掃(うちはらふ)(こと)(ごと)く。

(のこ)(つみ)不在(あらじ)と。

祓賜(はらひたま)ひ、清賜(きよめたまふ)(こと)を。

高山(たかやま)()(すえ)短山(ひきやま)()(すえ)より、佐久那太理(さくなだり)(おち)(たき)速川(はやかわ)()()瀬織津比咩(せおりつひめ)(いふ)(かみ)大海原(おほわだのはら)持出(もちいで)なむ」


 大内裏の外では民が空を見上げ、手を合わせはじめる。


如此(かく)持出(もちいで)(いな)ば、荒塩(あらしほ)(しほ)八百道(やほぢ)八塩道(やしほぢ)(しほ)八百会(やほあひ)()す、速開都比咩(はやあきつひめ)(いふ)かみ持可可呑(もちかゝのみ)てむ。

如此(かく)可可呑(かゝのみ)てば 気吹戸(いぶきど)()す、気吹戸主(いぶきどぬし)(いふ)かみ根国(ねのくに)底国(そこのくに)気吹放(いぶきはなち)てむ如此(かく)気吹放(いぶきはなち)てば。

根国(ねのくに)底国(そこのくに)()す、速佐須良比咩(はやさすらひめ)(いふ)(かみ)持佐須良比(もちさすらひ)(うしなひ)てむ如此(かく)(うしなひ)てば」


 都の北の上空に虹の架け橋が架かる。


今日(けふ)より(はじめ)つみ(いふ)(つみ)不在(あらじ)と。

祓賜(はらひたま)清賜(きよめたまふ)(こと)を。

天津神(あまつかみ)国津神(くにつかみ)八百万(やほよろづの)神等(かみたち)(とも)に。

所聞食(きこしめせ)(まを)す」


 船岡山から一陣の風が、虹の合間を抜け、都の悪いものを掬っていくように、羅生門へと向けて吹き抜ける。


 帝による大祓詞が終了し、帝が下がっていくのを確認した、藤原忠平は厳しい顔をしながら口を開ける。


「では、これより追儺を行う!」

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