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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門追討 燃ゆるアヅマ
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望郷の思いと、他愛のない約束。


 幼い頃の夢を見た。

 今までは、寂しさを感じても、夢にまで見るという事はなかったのだが。……故郷の安倍野を離れ、幾星霜。私にも望郷の念が出たのかもしれない。



 「母様、どうして姿を見せてくれないのですか」


 夢の中。はっきりと夢だと認識できる。


 私と母様の間には、大きな壁によって隔たりが出来てしまっている為に、母様の姿は見えない。

 しかし、息遣いと衣擦れの音により、確実に壁の向こうに居る事が分かる。

 私は母様の姿を一目でも見たくて泣きじゃくる。


「童子丸。……ごめんなさい。貴方達の姿を一目でも見てしまえば、私は……私は」


 ──貴方達を喰ってしまうかもしれない。

 そこで夢は途切れてしまった。


 目を覚ませば、いつもの賀茂忠行様の邸宅の一室。

 雑多で手狭な一室であるが。……今回は、雉をご馳走していただいた源満仲殿が寝ている為に、さらに狭い気がする。

 高貴な血筋の方であるにもかかわらず、色々と頓着の無い。……変な人である。


 身支度を整えながら考えるのは母様の事である。

 覚えている母様の顔は、優しく微笑む顔ばかりであったのに。……何故、そう言い放ったのか。

 父様は何故かを知っている筈なのに何も言ってくれない、教えてくれない。

 ただ、「賀茂忠行様に教えを請い、大成なさい。それが母様の望みであり。……母様が、童子丸の為だけに拓いた道だ」と繰り返し言うだけであった。


 その時の父様の悲しみを一切見せない素振りに憎悪し、少々荒れた。……が、分別をわきまえた今なら分かる。

 父様も悲しかったのだ。母様を追いかけ、その隣にいつまでも居たかった筈だ。──だが、私の存在があった。母様に託された。

 だからこそ、ぐっと自らの悲しみと意思を飲み込み、耐えたのであろう。

 ……私はそこまで心強くあれるだろうか。


 何にせよ。お師匠様の元で陰陽のいろはを学び、この特異な体質を御する術も教えていただいた。


「筋がええねぇ。晴明くんならすぐにでも大成できるんやないかな。……知らんけど」


 と、あっけらかんに笑いながら、他愛無い悪戯を仕掛けてくる、お師匠様だが。……私がお師匠様を超えれる日が来るのかも甚だ疑問だ。

 心も、技術も、身体も、何もかもが足りない気がする。


「精進精進、日々研鑽と。……」


 そういえば昨日、久方ぶりに父様と話していた時に、ふと言いづらそうにしながらも語ってくれた事があった。

 あの日、母様が去ったあとには一首残されていたと。


「恋しくば、尋ね来て見よ、和泉なる、信太の森の、うらみ葛の葉。……か」


 夢を見た原因はこれだな。


「よい歌じゃないか。……であるが、哀しい歌だな。そのうちにでも里帰りしてみたら良いじゃないか」


 目を覚ます事がないと思っていた満仲殿が、大欠伸をしながら身体を起こしていた。


「起きていたのですか。……誰も故郷が恋しいなんて言ってませんよ。何より忙しいですし」


 この御方は、幾らか行動を共にしていてわかった事がある。

 その一つが、一を聞き、十を理解するようなところ。──非常に鋭い。


「占ってくれる約束をしただろう? 霊験あらたかな場で占うとか、適当に(かこつ)けて、里帰りすればいい」


 ──なるほど。名案である。多分、きっと。全てが無事に終われば。


「確かに、そうすれば角が立たずに丸く収まりそうですね。……いつの日か、そうしましょう」

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