ウマヅラ
庶子の子であるから、兄達には負い目を感じていた。
誰からも頼りにされず、一族の中で役立たずであると。
必至に頼りにしてもらおうと、努力した。……しかし、木偶の坊は何処までいっても木偶の坊である。
ある日に義理とは言えども、父に頼られ心底嬉しかった。
本当は戦さなど真っ平御免であったが、次こそはと……奮起した。――結果は芳しくない。
嗚呼、将門のように化け物染みた力があれば。――嗚呼、幾ばくかの神懸かり的な力があれば。
次こそは。
平良正であったモノ。それは抜け殻となり、塵の様に崩れる。
風に吹かれ、塵は黒蝶のように暗雲へと向かい飛んで行く。
馬面は歯茎を剥き出し、薄汚れた乱杭歯を各々に見せつけるように笑う。――幼子や女子が見れば、気を失うのは必至である。
「――――ッ!」
人馬が混ざり合ったような、耳障りな咆哮。
血では無い、透明で粘度のある体液を滴らせながら、両手を首後ろにやり、自らの脊柱を体内から取り出そうとする。
その絶好の隙を、みすみすと見逃す平将門と平良兼ではない。
僅かな目配せと、良兼の手による指示により、六人の兵が素早く、馬面の背後に回る。
まるで狼が集団で狩りをする時のように、獲物である馬面を囲み、白刃を煌めかせながら、将門と良兼の合図で一斉に襲いかかる。
将門らの白刃は瞬く間に馬面の四肢を斬り落とし、内腑を斬り裂き蹂躙する。
こと能はず。――その筋肉と骨に止められる。
「ぐっ」と、兵達の口から呻き声が漏れる。……肉が締まり、刃が抜けなくなっていた。
馬面の左右の目が、ばらばらに彼方此方を向く。
それは襲いかかってきた人数と、場所を正確に確認するように。
「刀は廃棄! 散!」
良兼の短い号により、皆が馬面の身体に刺さった刀から手を離し、距離を取ろうとする。
しかし、背後に回っていた六人の離脱がほんの僅かに遅れる。
馬面が悪辣な笑みを浮かべる。――破竹の勢いで、自らの脊柱を剥ぎ取り、振り向きながら脊柱を振るう。
石敷道を踏み蹴り割るほどの、踏み込みから力任せの一薙。――砕けた兜の破片と、肉片と脳漿が辺りに飛散する。
物言わぬ骸となった六つが転がる。
馬面は手に持ちたる太い脊柱に、こびり付いた肉片と髪を舌で舐めずり取る。――手隙の馬手で身体に刺さった刀を抜いていく。
既に脊柱を取り出した馬面の背は、脊柱が新たに作られ完治していた。
馬面は怒りを露わにし、脊柱を石敷道に叩きつけ、威嚇するように将門らに向き直る。
一撃で六人を失った。――しかし、良兼や兵達の戦意は衰えず、皆が注連縄を手に取る。
「将門! あの馬面の動きを止める。お前が決めろ!」
将門は良兼の言に頷き、着背長を外し、直垂を脱ぎ、肌を晒す。
八岐の呪が丹田から将門の四肢を駆け廻る。――苦悶に満ちた表情。
「義父殿。いつでも」
滝の様に流れる汗をかきながら、しっかりと頷く将門。
一抹の不安を抱きながらも、良兼は馬面へと向き直る。
「お前達! 馬面野郎の隙をつくるぞ!」
良兼と、その麾下の兵達は馬面を目掛けて駆け出す。
馬面にとって鬱陶しい蝿である、良兼と兵達を叩き潰そうと、弓手に持ちし脊柱を振るう。
――その一撃を身体に掠めれば、絶命することは想像に容易い。
しかし、一切怯まず、馬面の振るう脊柱を紙一重で避けながら。拘束する為に注連縄を投げる。
投げられた注連縄は意志があるかのように。……まるで蛇の如く、馬面の馬手と右脚に絡まってゆく。
淡く光る注連縄。――絡まった部分から煙が上がる。
馬面は堪らず、振り解こうと馬手と右脚を動かし暴れ、弓手の脊柱を振り上げる。
「かは! がら空きだぞ!」
馬面の一瞬の隙を突き、将門は懐深くに入り込む。
渾身の力と腰の回転を生かした将門の左拳は、馬面の左脇腹を文字通り。――抉り、風穴を開ける。
「――――!」
馬面は痛みの為か、身の毛もよだつ狂おしい叫びを上げる。
将門は止まらず、馬面の抉れた脇腹を執拗に攻める。――風穴が増え、内腑も垂れ流れてくる。
馬面は吠えながら、脊柱を将門に向けて振り下ろす。――将門は半身になり、脊柱を危なげなく避け、伸びきった馬面の肘部を殴り、叩き折る。
「これで! 終い。……」
馬の顔に拳を叩き込む寸前になり、将門の動きが唐突に止まる。
八岐の呪が将門の身体を食い散らかすように、彼方此方で激しく波打つ。――将門は吐血し、ゆっくりと膝から崩れていく。
「将門! んぐっ! お前達、踏ん張れ!」
馬面の傷が塞がっていく。――力を取り戻しつつある、馬面は力任せに注連縄を振り解こうとする。
良兼と兵達は踏ん張りきれずに宙を舞い、地面へと叩きつけられる。――呻き声を上げる良兼達。
馬面は無事な馬手で、未だに動かない将門の首を掴んで持ち上げる。
股座を怒張させながら、乱杭歯を見せつけ嘲笑うように叫ぶ。
――馬面の勝利の叫びは響く。
国庁へと向かって、馬を駆る一人の男の耳にも、しっかりと届く。
狩衣を着込み、大弓を手に持ち、柄が、への字に曲がった太刀を佩いていた。
「かっ! 化け物を庭先に引き入れやがって!」
悪態を吐きながら、馬に鞭を入れ加速する。
途中に国庁を包囲していた兵に制止されそうになる。が……悠々と兵の頭を飛び越えていく。
慌てふためく兵達を置き去りにする。
「我は俵藤太! 助太刀に参った!」
短い口上を述べながら、国庁の外郭の壁を飛び越え、大弓を構えながら内郭の壁をも飛び越える。
「化け物が! 汚いもんを、おっ立てやがって!」
飛び越えた瞬間に目に入ったモノに怒りを剥き出しにしながら、状況を即座に把握し、三矢放つ。
一ノ矢は将門を持ち上げる手。――手首を正確に射抜き、風穴を開け、掴んでいた将門ごと落ちる。
二ノ矢は馬面の右目。――彼方此方を見張るように動いていたが、矢が突き刺さり、その役目を終えた。
三ノ矢は股座に聳える棒。――正確に先を射抜き、ちぎり飛ばす。
藤太は大弓を捨て、への字に曲がった太刀を抜き放ち、馬から高く飛び上がる。
馬面は新手である藤太の方向を、無事な左目で確認する為に向き直る。
――馬面が飛んで向かう藤太の姿を認めた瞬間。
馬面の高かった視界は低くなり、地と血を舐める。




