幕間:坂東調査
平将門殿の本拠。豊田を調査、致し候。
目に付く鍛冶場では活気多く。鍛治師は鑠金の中、玉雫を額に浮かせながらも、懸命に槌を振り降ろし候。
刃の磨き具合たるや、筆舌に尽くしがたき候。斬れ味も、又脅威なり。
切っ先が曲がりたる刀は優れて候。我も一つ欲しけり。
戦さ続きなれども、市井の民の笑顔、多き事に驚き候。
平将門殿の善政を敷く事が、窺え知れ候。
皆が明るく、兎角、世話好き、誠に住み心地良しであり候。
税を収むる事も遅れず。確と納めて候。
平将門殿の善政、周辺諸国に知れ渡り。各々の国司、郡司との関係も良好なり。
野本の件にて、現場に居た童に話を聞けり。
曰く、将門殿は神馬に乗りて、火の手から童を救い候。
神馬は眉唾であり候。なれども、竜馬をこの目で見れば、頷くしかなし。
野本に火を放ちし、下手人は源護が子息、源扶本人であったと証言があり候。誠に遺憾であり候。
将門殿を噂を耳にすれば、讃える声、多し。
無辜の民に優しく、悪人、悪漢、盗賊の輩には厳しく候。
所感であるが、大変興味深し。
そこまで竹簡に記しかけたところで、筆をとる手が止まる年若い男。
藤原忠平から調査を依頼された、望月三郎諏方より送り込まれた男で、名は望月千寿郎という。
「うん? うーむ? 戦さ支度か? 違うな、訓練だな。春先だというのに、ご苦労な事だ。が……これが将門殿の強さの秘訣の一つやも」
木の曲がりくねった太い枝の先に器用に座りながら、慌ただしい将門の居を覗き、一人言つ千寿郎。
「そうだな」
不意に横合いから掛けられた声に驚き、男は体制を崩し、下へと真っ逆さまに落ち――ずに、その足首をしっかりと掴まれ、宙吊りの形となる。
木から落ちるところを救ったのは飯母呂小太郎であった。
「大丈夫か? 此度が初の任か?」
小太郎は無表情のままに、宙吊り状態の千寿郎を心配する。
「はて? 何のことでしょうか? ただ木の上で涼んでいただけで御座います」
冷や汗を垂らしながらも、しらを切る宙吊りの千寿郎。
「……将門様が望月三郎諏方殿より、既に聞き及んでいる。将門様は調査の手伝いや案内をしてやれ、と仰られた」
ただそれだけを言って押し黙る小太郎。
思索に耽る千寿郎。
ややあって答えが出たのか口を開く。
「では、案内等々お頼み申す。望月千寿郎と申します」
「飯母呂小太郎。……先ずは筑波山の飯母呂の里に案内致す。そこを調査の拠点とすれば良い」
願っても無い申し出を、ありがたく受ける千寿郎であった。
飯母呂の里にて。……小太郎の嫁とは知らずに年若い女に求婚し、小太郎に殺されかけたのは、また別の話。




