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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
52/79

ウラ


 川曲(かわわ)村の合戦から一ヶ月も立たない頃。

 花城(はなしろ)は夜空の月を覆い隠すように雲が張り、ちらりと小ぶりの雪華(せっか)が舞い始める。

 住まう者たち全てに等しく、静かに、年の瀬を感じさせ始めていた。――その静寂(せいじゃく)を破るように一騎の人馬が、けただましく駒音(こまおと)()き鳴らしながら、朱雀大路(すざくおおじ)を真っすぐに、大内裏(だいだいり)の内にある太政官庁(だじょうかんちょう)を目指して突き進む。

 馬を駆る男……その懐には坂東(ばんとう)からの告状が(たずさ)えられていた。


 太政官庁(だじょうかんちょう)に届けられた告状。誰もが告状に、頭を抱え、上に判断を仰ぐしかないと結論付ける代物であった。

 告状の内容は単純明快であった。

 昨今、坂東で勃発(ぼっぱつ)している、戦さや動乱の首謀者を糾弾(きゅうだん)する内容。

 それだけであれば、太政官庁に(つと)める下の者でも裁決を下すことができる。


 しかし、此度(こたび)は首謀者として名を挙げられていた人物が問題であった。――平将門(たいらのまさかど)


 その名を皆が知っていた。

 現左大臣である藤原忠平(ふじわらのただひら)の家人を勤め、そして滝口の武士であった男。その仕事ぶりと才気は誰もが認めており、国へと帰ると知った時は……口には出さないが皆が惜しむほどであった。


 その様な経緯を辿り、告状は左大臣である、藤原忠平の元へと辿り着く。――忠平は告状を文机に座りながら片手間に読み進める。

 途中まで読み進めていた、忠平の眼が驚きと共に見開かれる。

 (うな)りながら髭を触り、思案に(ふけ)る。その眉間の(しわ)千尋(せんじん)の谷の如く深まる。


「小次郎よ。……こちらも動かざるをえないぞ」


 忠平は深い溜息と共に、強張(こわば)った体を解きほぐすように立ち上がり、東の窓辺へと歩く。


「しかし、悪意が透けて見える告状を鵜呑みにして、沙汰(さた)を下すほど甘くはないぞ、源護(みなもとのまもる)。……調査に向かわせねばな」


 東の空を望む顔は、孫を心配するような顔であった。





 寒空の下……男達の気合に掛け声と、木刀で打ち合う音を聞きながら、かこりかこりと独特な駒音を鳴らし、平将門の居へと向かう、背の低い馬と平良兼(たいらのよしかね)


「ふむ。……良正(よしまさ)との(いく)さに勝ってから、そこまで日が立っておらんが。……元気そうだな」


 久方ぶりに娘と孫に会う事に心を(おど)らせながらも、その表情は外聞(がいぶん)を気にしてか、鉄面さながらに硬い。

 門をくぐった、その瞬間。


 左方より投げ飛ばされた人か物か定かではないが、良兼の目の前を転がり横切る。

 危うくも良兼の乗る馬にぶつかり、大惨事になるところであった。

 良兼は溜息をつきながら、飛んできた方向を見る。……抜き足差し足で逃げようとする、長い髪を一纏めにした妙齢(みょうれい)の女。


良乃(よしの)! お前はまた男衆に混じって! しかも、毎度毎度、儂目掛けて矢を射ったり、刀を飛ばしてきたりしおって!」


 馬上から怒声が響き渡る。(とが)められた良乃は仰天(ぎょうてん)した猫のように飛び上がり、(かし)の木刀を振るっていた男達の腕が止まる。


「父上、お久しぶりです。いやはや、父上も毎度、間が悪いさね。五月(さつき)(はる)は今は将門と散歩に出てるのと、鬼王丸(きおうまる)不動丸(ふどうまる)はお眠で――」


 良兼(よしかね)の方に向き直った良乃(よしの)は話を()らすために、つらつらと娘や息子の話をしだす。

 火に油を注ぐように、良兼の怒りは燃え上がっていく。


「黙らっしゃい! 今は孫の話ではなく――」


「あーー! おじいちゃん!」


 背から掛かった声により、大喝しようとした言葉を飲み込み、目を白黒させながらも何とか良兼は振り向く。


 そこには将門の両肩に座るように乗った、五月と春が居た。


 先程まで激昂(げっこう)していた、良兼の頬が緩み、自然と笑みをこぼしながら、馬を降り五月と春の元に歩み寄る。

 将門から五月と春を手渡され、両手に花の状態で御満悦(ごまんえつ)の表情となる良兼。


「おじいちゃんは、五月と春に会いたかったよー。今日は二人に御土産があるからね」


 今まで誰も聞いたことのない、猫なで声をしながら、乗ってきた馬の元へと歩む良兼と喜ぶ孫二人。

 将門は、その姿を見ながら微笑む。


「流石、将門。間の良い男さね。しかし、父上も、あんな顔が出来るとはねえ」


 いつのまにか将門の横に立つ良乃も微笑(ほほえ)みながら、三人の様子を見ていた。

 ふと、良乃は木刀で打ち合う音が長いこと止まっている事に気がついた。


「あんたら! いつまでも休憩してないで、戦さ場で死なないようにする為に一本でも多く木刀振って、打ち合いな! 将頼(まさより)! あんたも、いつまでも寝転んでないで、ささっと向こうに戻りな!」


 良乃の言葉を受けて、そそくさと訓練に戻る男達。

 良兼の眼前へと投げ飛ばされていた、将頼(まさより)は、あれこれと考えを口に出し、頭を(ひね)りながら歩いて戻って行く。……川曲村での傷が完全には癒えておらず、体に巻かれた包帯には血が(にじ)んでいた。


「将頼も、あの戦さ以降、あれこれ模索(もさく)しているようだな。……今、止めるのは野暮(やぼ)か」


「そうさね。刀のように打って鍛える時期。……いや案外、伏龍(ふくりゅう)飛翔(ひしょう)する前かもしれないね」


 将頼が一つの壁を乗り越えようとしている事を感じ取り、止めずに見守る事を決めた。



「父上ー! 母上ー! 見て! 見て! おじいちゃんから唐菓子(からぐたもの)もらった!」


 五月は嬉しそうな顔で、漆塗(うるしぬ)りの箱を将門と良乃の前に持ってくる。

 将門と良乃の二人が覗き込むと、漆塗りの箱には、これでもかという程に巾着(きんちゃく)を象った茶色の菓子が入っていた。


「それは唐菓子の団喜(だんき)清浄(せいじょう)歓喜団(かんきだん)と言われるものでな。歓喜天(かんぎてん)さんの大好物でとても、ありがたく美味しいものじゃぞ」


 走ってきた五月とは対照的に、春は良兼に抱えられて、細かく砕かれた団喜を一欠片ずつ、ゆっくりと咀嚼(そしゃく)している。


「美味しい。とても甘い」


 にこにこと春も御満悦の様子である。

 良兼は、ゆっくりと春を良乃の前に下ろし、頭を撫でる。


「おじいちゃんは、父上とお話があるからね。……さて、将門よ行くぞ」


 緩んでいた顔を締め直して、将門も頷き、二人揃って屋敷の奥へと歩み進む。





「孫達は皆が(すこ)やかに育っているようで、何よりだ」


「ええ。それよりも、義父殿、高価な唐菓子をありがとうございます」


 他愛の無い世間話をしながら歩む将門と良兼。

 ふと、将門は屋敷の中に居た将平(まさひら)と目が合う。察した将平(まさひら)は屋敷の奥へと足早に入っていく。


「……将頼(まさより)将平(まさひら)も、良い具合に成長しているよ。公雅(きんまさ)公連(きんつら)も少しは、成長してくれれば良いのだが」


「心配しなくても、将器が磨かれて一端(いっぱし)の将軍になれますよ。……義父殿のように」


 二人は不敵な笑いをしながら、最奥の部屋へと入り、襖をゆっくりと閉める。

 部屋の中央に二人は向き合う形で座る。


「しかし、裏の仕事は任せられん。……血生臭(ちなまぐさ)い、呪い呪われの仕事は子や孫に背負わせずに、我らの代で終わらせねば」


「全くです」


 重苦しい空気が漂い、(いく)ばくかの沈黙が流れる。


「……ところで義父殿、良正からは援軍を求める書状は来ましたか?」


「来たぞ、一緒に将門の乱悪(らんあく)(しず)めましょう。とな。――危うく、書状を持ってきた使者を斬りかけたわい」


 静かに二人が笑う。

 一頻り笑った後に、二人は気を引き締め直す。


「ならば、次の段階に進みますな。……裏に潜む化生(けしょう)を討つために」


 良兼は、しっかりと頷く。


「将門、そこでだな。……あまり褒められた手では無いが、万全を期す為に一人の男を巻き込もうと思う」


 良兼の言に将門の表情が曇りはじめる。


「いったい誰を巻き込もうと、考えておいでですか、義父殿」


 真一文字に結んでいた、良兼の口がゆっくりと開く。


「下野国の――――俵藤太(たわらのとうた)

清浄歓喜団(せいじょうかんきだん)=現在では京都の「亀山清永」で作られる。購入は高島屋や、百貨店でも出来る。香りも固さもが筆者は大好きです。

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