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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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ツキモノ


 小太郎(こたろう)は、将門(まさかど)の背後で(ひざまず)き、次の言葉を待つ。

 将門は手を握ったり開いたりを繰り返し、自分の力が徐々に戻っていることを確認する。


「小太郎、開けろ(・・・)


 纏っていた直垂の上半身だけを脱ぎ、鍛えられた腹筋までが(さら)される。


「御意」


 二人の短い、受け答え。ただそれだけで二人には意思疎通が(はか)られ、小太郎は素早く将門の背後に密着する。――ごつごつとした、異形の鬼の腕へと変化した小太郎の両腕、将門の後ろ腰から、すらりと伸びる。


 両腕は勢いよく、将門の丹田(たんでん)へと突き刺さる。――血は一切出ず、両腕をすぐさま引き抜き、小太郎は飛び退く。



 いつの日か、望月三郎(もちづきさぶろう)諏方(よりかた)将門(まさかど)良乃(よしの)に言った。数年もすれば八岐大蛇(やまたのおろち)(しゅ)は消えて無くなるだろう……と。


 しかし、(ごう)か、(えにし)か、星の巡り合わせか、それとも将門が望んだのか。呪は消えず、将門の中に残った。

 印旛沼(いんばぬま)の竜の加護で抑えつけられていた、八岐の呪が丹田から()れ出る。(おぞ)ましい呪が将門の全身を食い破ろうと駆け巡る。


「八岐の呪よ、我が身を供物とし、民を守るため、大難を退(しりぞ)ける為に、その力を貸し(たま)え」


 その思いに、願いに呼応する。――八岐の呪が黒い蛇の形となり、将門の全身を締め上げながらも、激しさは収まり、ゆっくりと将門の両腕に登りゆく。


 大粒の汗を流しながら、歯を噛み締める将門。口から血が流れ、汗と混ざった血雫が(あご)を伝い落ちる。――地に着く、遥か手前で血雫は音を立て蒸発する。


 将門は落ちてくる、偽の太陽を見上げながら、両足を大きく前後に開き、腰を低く保ちながら太刀を下段に構える。


 力を全身に貯める。――将門の全身の筋肉が、はち切れんばかりに膨れ上がり、骨が(きし)むような音が響く。


「ゆくぞ」


 将門の低い声。地を()う様に太刀は(きら)めきながら滑り、渾身の力と共に天に向かい切り上げられる。


 ――将門の剣閃(けんせん)は偽の太陽は真二つに割り、勢いそのままに天を(おお)っていた、暗く重たい雲をも割り、切れ目から真の太陽が顔を覗かせさせる。


 将門はそれで満足せず、太刀を地に立て、両腕を割れた偽の太陽に向ければ、腕に留まっていた八岐の呪が大蛇の形を成し、向かっていく。――蛇の頭が偽の太陽に焼かれ、(ただ)れながらも、その大きな(あぎと)で食らいつく。


「ふん」


 将門が腕を左右に振れば、大蛇の頭も偽の太陽を食らいついたまま左右に落ちる。地に着くと大きな火柱が上がり、大蛇も炎に消える。――火が燃え広がってゆく。

 ぐらりと揺れ、膝を地に着ける将門。


「小太郎、すまんが少しばかりの時を稼いでくれ」


 言うが早いか、将門の後ろに侍っていた小太郎は、未だに本殿の前から動かない、狐面へと(はやた)の如く迫る。


 小太郎は駆けながら、(ふところ)より取り出したる数本の小刀を狐面へと投げつける。

 狐面は左腕で蚊を払いのける様に空を()でる。――風が舞い、投げつけられた小刀は、あらぬ方向に飛んでいく。


 その瞬間に、駆けていた小太郎の姿は消え、音も無く狐面の左横に現れる。

 死角から、小太郎の鬼の腕による全力の殴打。それは狐面の細い体を(とら)え、砕く。


 ――筈だった(・・・・)


「小賢しい、小蠅(こばえ)


 狐面は一瞥(いちべつ)もせず、その細腕一本で……小太郎の鬼の腕よりも、遥かに小さい掌で包むように受け止める。


 狐面の右横から、鞭のようにしなる殴打の連撃が迫る。――これまた一瞥(いちべつ)もせず、将門を見据えながら、連打を右腕一本で(さば)く。


「むう」


 小太郎と手長の男は嘆息する声を漏らす。――その瞬間、狐面の頭上より体が岩と化した丸い男が、押し潰さんと降ってき、同時に狐面の背後から丸太の様な足が、狐面の背骨を砕かんと迫る。


半妖(はんよう)にも成れない、半端者集団が!」


 怒気を(はら)んだ声と共に小太郎と手長を投げ飛ばし――地面を踏み抜く狐面。


 丸い男はあらぬ方向に飛び、地面に、めり込む。足太の男は飛ばされたが、丸い男の近くに地響きと共に降り立つ。


 投げ飛ばされた、小太郎と手長は空中で体勢を整え、足からしっかりと着地する。


「大丈夫か、(ましら)


 静かに頷く手長の男、(ましら)

 丸い男は(かぶり)を振りながら、地面から這い出てくる。――足太の男は丸い男から降り、手を差し伸べる。


久岩坊(くがんぼう)、まだやれるな?」


 大きな溜息を吐きながら、腹を叩きながら立ち上がる、丸い男、久岩坊(くがんぼう)。その身体は岩から人の肌に戻っていた。


臥丸(がまる)に心配されては、おしまい」


 怒りの為か、肩を小刻みに震えさせている狐面。――怒りで視野の狭くなったせいか、将門が居ないことに気が付くのが遅れた。


平将門(たいらのまさかど)がいない?」


 ぽつりと狐面の下で(つぶや)いた時には、将門は死角より、すでに肉薄していた。

 ――最大の好機。飯母呂(いぼろ)衆が作り出したこの瞬間を逃さない将門。


化生(けしょう)よ! 覚悟せよ!」


 太刀による最速の突き。それは将門の膂力(りょりょく)で容易く心の臓を突き破り、背中をまで刃が突き出る。


「この肉体では駄目でしたか。平将門、これは始まり」


 赤い血を胸から流しながらも、まだ喋る狐面。

 唐突に、何の前触れもなく糸が切れたように項垂(うなだ)れる狐面。――将門の(まなこ)は、何かが狐面の女の身体から出ていくのを、(しか)と捉えていた。


「では、平将門……また会いましょう」


 何処からともなく、聞こえてくる声。

 それは狐面から聞こえていた声とは明らかに違っていた……が、将門は今まで対峙していた化生と同じであると確信した。


「仕留めそこなったか……」


 苦虫を噛んだ顔となる将門。――将門は項垂(うなだ)れて、動かなくなった狐面から太刀を抜き取り。ゆっくりと、壊れ物を扱うように、地面に横たえさせ、狐面を()ぐ。


 狐面の下は化生ではなく、ただの人。美しい顔の女子(おなご)であった。


「将門様、この女子(おなご)は、あの化生に()かれていたと思われます」


 小太郎が背後から将門の背に向かって話しかける。――小太郎の眼には、将門の背が泣いているように見えていた。


「だろうな……小太郎、あの化生を追えるか?」


 小太郎は辺りを見回し、鼻を引くつかせながら、ゆっくりと言葉を返す。


「完全に気配も臭いも消えております故、難しいです。……が、この女子ならば、化生の正体を掴んでおりますやもしれませぬ」


 将門は何も答えず、小太郎の言葉に耳を傾ける。


「我ら、飯母呂(いぼろ)の秘術に……偽魂(ぎこん)の術。というものがあります」


 将門は振り向き、小太郎の顔を見据(みす)える。

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