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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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ノモト燃ゆ


 野本(のもと)に陣取る、源扶(みなもとのたすく)。……その奥深くの陣幕に(たすく)の兄弟である、源隆(みなもとのたかし)源繁(みなもとのしげる)は座し、ひそひそと語っていた。


「本当にこんな事をしても良いのだろうか……扶の兄上は耄碌(もうろく)してきたのでは?」


「いやいや、指示を出した國香(くにか)義兄の方が耄碌(もうろく)したのでは? このような(ゆるさ)されざる所業を平然と兄上に命じるのだから」


 こんな事態になってしまった原因は、何処(どこ)に、誰に、何がと交互に語る。


 似た顔の兄弟二人……どちらも柔和な笑みを浮かべ、源扶とは似ても似つかない顔であった。


「しかしながら……これは我ら二人よりも、年長の者からの使命」


 二人は(しめ)し合わせたかの様に、ゆっくりと(うなず)きながら立ち上がる。


「今は、この使命を十全に全うしなくては」


 四角に囲った陣幕(じんまく)を、ゆるりと出る二人。

 そこには、既に鼓鉦(つつみがね)が等間隔に並べられ、準備万端といった様子であった。

 当の源扶(みなもとのたすく)、本人は、この場に居らず。


「皆の衆! 我らの使命はここで旗を立て、力一杯に鼓鉦(つつみがね)を打ち鳴らすだけ! 凡愚(ぼんぐ)(やから)でも出来る簡単な仕事だ!」


 源繁(みなもとのしげる)が、その顔からは想像できない程の声。隅々まで届くように声を張り上げる。


「しかし! 力を抜いてはならん! 一心不乱に! 心を込めて打ち鳴らすのだ!」


 続けて、源隆(みなもとのたかし)が声を張り上げる。

 似た顔、似た声での大声……部下たちは、一種の気持ち悪さを飲み込み、直立不動で聞く。


「では……鳴らせ!」


「おおおおお!」


 掛け声と共に、規則正しく鳴らされていく。

 ……しかし、それに満足できなかったのか、源隆と源繁の両名の顔が険しくなっていく。


「鳴らせ! もっと大きく鳴らせ! 力の限り、冥府(めいふ)に届くほどに打ち鳴らせ! 腰抜けの将門には此方(こちら)を攻撃してくる気などさらさらないぞ! 安心して鳴らせ!」


 言われるがままに、鼓鉦(つつみがね)を打ち鳴らす部下たち。――誰も周囲を警戒せずに、一心不乱に打ち鳴らす。

 満足できないのか、源隆と源繁の顔が般若(はんにゃ)の様に変貌していく。


「それで全力か! この(うじ)どもが!」


「気合をいれて叩かねば、我らが(うじ)どもの身体を(つつみ)代わりに打擲(ちょうちゃく)するぞ!」


 二人の脅しに恐怖し、顔を強張らせながら、さらに強く鳴らす。――その音は雷鳴の如く、周辺に響き渡っていた。


「いいぞ! もっとだ!」


 駒音(こまおと)なぞ掻き消されるほどに。……しかし、鼓を鳴らす男の一人が急に突っ伏す。


「そこおの(うじ)が! 休むな!」


 突っ伏した男の姿を見つけた、源隆は罵声を浴びせながら、棒を持ち、近寄る。……男の身体から赤い血が流れ、辺りを濡らしていた。


 源隆は棒を振り下ろすことなく、手から取り落とし、口から血泡を噴き出しながら両手で喉元を押さえ、絶命する。――矢が喉元を貫いていた。


「敵襲! 敵襲!」


 異変に気が付いた、誰かが叫ぶ。……しかし、(とき)はすでに遅く。

 矢の大群が、(いなご)の様に飛来し、次々と男達が倒れてゆく。


「身を守れ! (たて)で矢を防げ! はや――ぐ」


 恐慌状態に陥り、おろおろとする男達に指示を飛ばし始めていた、男の頭蓋に深々と矢が突き刺さる。


「話と違う!」


「助けてくれ!」


 狂乱の坩堝(るつぼ)と化した野本の源陣営。


 ややあって、矢の大群が過ぎ去れば。――恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように、彼方此方(あちらこちら)へと、逃げ出そうとするものが続発しだす。


 ――駒音(こまおと)雄叫(おたけ)びが群れを成し、死をもたらしにやってくる。


「おおおおお!」


 陽の光を反射し、(きら)めく太刀を片手に持ち、圧倒的な大きさの大竜馬の突進。

 大竜馬の蹴りで、粗末な胴丸は砕け、衝撃を殺しきれずに破裂する内臓。


「行くぞ! 万夫不当(ばんぷふとう)の兵どもよ! 相手は(ぞく)だ! 情けを掛けるな!」


 平将門(たいらのまさかど)が先陣を切る。――追随(ついずい)する竜馬と兵達も太刀を振るい、存分に武を示していく。

 源陣営は攻撃は無いと高を括っていたが、予想外の将門の攻勢。

 源の軍は術も、策も無く、ただ打ち取られていく。


「兄い! 奥の陣幕の方向に逃げていく人影が見えました!」


 平将頼(たいらのまさより)目敏(めざと)く、生き残りを見つけ、将門へと報告する。


将頼(まさより)、十騎ほど連れてついてこい! 他の者は分散連携しながら殲滅!」


「は!」


 将門の指示により、分散していく騎馬達。――すでに戦としての体を成していなかった。



 ()()うの体で逃げ出した、源繁……しかし、あっという間に追い付かれる。

 背後から黒丸が、源繁の頭を口に含み、浮かす。


「いだだ。逃げないから止めい」


 源繁の頭から、血と黒丸の(よだれ)が混じった液体が流れる。


「駄目だ、このまま話を聞く。今回の鎮守(ちんじゅ)の軍旗と鼓鉦の私的使用は誰の発案だ」


 将門は冷たい目を向けながら、源繁に問いかける。


「ひひ……知れたことよ。……それは我が兄らよ」


 手と足をバタつかせながら、源繁は語り始める。


「なるほど……次だ。源扶はどこにいる?」


 将門は渋い顔をしながらさらに問う。


「げひひ。平将門、お前は……もう嵌っているぞ(・・・・・・・・)


 源繁は余裕たっぷりに笑いながら、不穏な言葉を述べる。


「いったいなんの――」


「ブオオオオン!」


 将門が、さらに問い正そうとした時に、法螺貝(ほらがい)の音が鳴り響く。――辺りから火の手が上がり始める。


「ひゃっははは! 平将門! ここでお前は終わりだ! そして、知っているぞ、お前が何をされたら一番嫌かをな! 民草を燃やし尽くしてやる。焦土にしてやるよ!」


 軍勢を率い、源扶が小高い丘から声を張り上げる。

 源扶の軍勢は構えていた、火矢を放つ。

 ――飛来する火矢を一切気に留めず、鋭い眼光で源扶を睨む、将門。


「源扶! やはり、あの場でしっかりと止めを刺しておくべきだったか!」


 将門の顔が怒りに染まり、手綱(たづな)を握る手に力が篭る。――将門の怒りに反応してか、黒丸の口元にも力が篭る。


「いだい、やめ――てくち」


 黒丸が源繁の頭蓋を、音を立てながら噛み砕く。――口内に残った骨片や肉片を、唾液と共に吐き出す、黒丸。


「全員聞け! これより我らは源扶を追撃する! 何としても奴を止めるぞ!」


 将門の怒りの声は、火の勢いに負けない程に良く響き渡る。


「兄い、ここの火はどうするんですか! まさか放って置くのですか!」


「そのまさかだ! 行くぞ、将頼!」


 将門は黒丸の腹を足で蹴り、駆けてゆく。

 将頼は火の海になっていく、野本から目を逸らし、遅れて将門に追随する。





 源扶は野本で、平将門に火矢を放った後に、平國香(たいらのくにか)の本拠がある、石田に向かう。――方々の民家や村に火を放ち、民を殺害しながら。


「嗚呼、草刈(・・)野焼き(・・・)は楽しいな……ひひ。最初から、あの御方の声だけに従っていれば良かったんだ……ひひひ」


 源扶は幽鬼の様に青白くなり、その形相は……鬼であると、十人に聞けば、十人が(うなず)くほどに、さらに極悪非道な面構えとなっていた。


「全て燃やせ! 壊せ! 殺せ! この悪行は、平将門が全て背負ってくれる(・・・・・・・・・)!」


 悪鬼の行軍。――自分たちが治める土地を喰らい尽くさんと進む。

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