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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
42/79

ノモトにて


 平将門(たいらのまさかど)にとって、父が倒れてからの激動の日々であった、二年ほどが終わった後。


 将門は危惧(きぐ)していた、嵯峨(さが)源氏の一族と平國香(たいらのくにか)からの嫌がらせや、(いくさ)を仕掛けられることも無く。――心健やかに……土地を開墾(かいこん)し、子が、さらに生まれ、訓練にと日々を費やした。

 とても、心地よく……良い日々は過ぎてゆく。――光陰矢(こういんや)の如し。

 陽は中天に燦々(さんさん)としていた。



 常陸国(ひたちのくに)、平國香の本拠である石田。

 その石田に構えられた、大きな屋敷。――灯りが()れている一室にて。

 平國香と、その(しゅうと)である源護(みなもとのまもる)。そして源護の息子である源扶(みなもとのたすく)が勢揃いとなっていた。


「國香よ。……体の調子はどうだ?」


 老齢である源護が。……ここのところ体調を崩し伏せることが多くなった、婿(むこ)である平國香を気遣うように聞く。


「はは。……体の方は、どうということは御座いませぬ。して、本題で御座いますが。……新治(にいはる)真樹(まさき)と平将門の信頼関係を失墜せしめる策でございますが。……義弟殿らには、大いに働いていただくことになります」


 平國香の肌は幽鬼(ゆうき)の様に青白くなり、頬も痩け、眼窩(がんか)は窪みが深くなり、ぎょろりとした目が辺りを見渡す。


「そ……そうか、してどのような――っんぐ」


 平國香のぎょろりとした目が光る。(はる)か、年上である筈の源護が思わず。……息を呑んでしまう。


「それよりも、(しゅうと)殿は湯治(とうじ)にでも行かれてはどうですかな? あとは我ら若い者が首尾良くやっておきます故……どうですかな?」


 平國香の周りから、ふわりと……(こう)とは違った、この世のものとは思えない程に、甘ったるい香りが漂い、源護の鼻腔(びくう)を侵す。


 源護の眼が、途端に焦点が合わなくなり、(うつ)ろになっていく。


「ううむ……そうだの。あとは國香に扶よ、任せたぞ。儂は湯治に行って老骨を慰めてくるわい」


 源護は立ち上がり、横に座っていた、源扶の肩に手を置く。

 源扶から返事はなく。――ただ言葉を肯定するかのように、身体を揺らすだけであった。

 その姿に違和感を(おぼ)えて、立ち止まるでもなく……源護は覚束ない足取りで外を目指し、何度か、よろめきながらも独りで出ていく。

 平國香は、その姿を最後まで見送り、足音が聞こえなくなってから、やっと口を開き始める。


義弟(ぎてい)殿……(たすく)殿……後ほど渡す物を将門の前で使うだけでよい……それで、策は全て終わる(・・・・・)


 平國香は、枯れ枝と見間違う程に痩せこけた指を伸ばしながら、揺れる源扶に声を掛ける。

 声を掛けられても、未だに揺れる身体は止まらず。……源扶は虚空(こくう)を眺めながら、正気ではないのか。――


「まさかど、ゆるさない。ゆるさない、痛い、痛い……」


 ――掠れた声で、同じ言葉を九官鳥(きゅうかんちょう)のように延々と吐き出す、源扶。

 

 一室の灯りの当たらない闇の中。――つい今ほどまで、誰も居なかった場所で狐面の口が歪む。


「丹精込めて育てた、悪意の花が芽吹く……嗚呼、収穫の刻は近い(・・・・・・・)


 両手で自らの身体を抱き、嬉しさからか震える狐面の女。

 (にわ)かに。白磁(はくじ)のような(つや)のある指を身体の下の方へと這わす。――湿り気を帯び、粘りのある水音と嬌声(きょうせい)が、國香と扶がいる部屋に響く。





 ある日、将門の元に一通の文が届く。

 いつもの文机(ふづくえ)で、その文を読み進める将門の顔は陰りを帯びていく。


「何だい将門。珍しく浮かない顔して……何処(どこ)かの好い人から、恋文をもらったんじゃないの?」


 良乃は悪戯な笑みを浮かべながら、珍しく独りで将門の部屋にやってくる。


「恋文だったら、どれほど良かったか……」


 将門は大きく溜息を吐きながら、文を良乃に手渡す。――文を手渡された良乃の顔も、瞬く間に陰る。

 文には簡潔ながら、平将門と平真樹との関係を解消するように、との内容が書いてあった。


「なんで今になって……これは君乃には見せれないね。で、将門はどうする気なんだい?」


 将門は腕を組み、少しの間、眼を瞑りながら考える。

 考えが纏まったのか、ゆっくりと口を開ける。


「たったの(ふみ)一枚で真樹(まさき)殿との同盟関係を解消し、君乃を国に返すわけにもいかぬ。一度、國香(くにか)伯父上の所に……直談判に行こうかと思う」


 将門の考えを聞き、良乃は安堵する。


「そうさね……それでこそ、あたしの将門だよ! 君乃と子供たちには、何とか上手い事、誤魔化しておくから行ってきな!」


 とびっきりの笑顔で将門の背中を押す、良乃。――その笑顔に将門は大きな力を貰い、手早く直談判の為の準備を進めていく。

 陽が傾き始める。




 将門は平國香への直談判の為に、手勢五百人ほどを集め。國香の本拠である石井へと進軍していた。


「兄い……國香の伯父上は直談判を受け入れますかね?」


 将頼(まさより)は竜馬を歩かせながら、黒丸に跨り、先頭を歩く、将門の背後より話しかける。


「万が一、受け入れられず……戦となった時の為の軍勢だ……あまり武力を背景に交渉をしたくはないが。事情が事情なだけにな」

 

 将門は将頼の問いに答え、後ろの付き従う五百人を見やる。

 五百人全員が、いつでも戦となっても良いように太刀と弓を備え、準備万端であった。


「とはいっても、武力をちらつかせるのは悪い事ではないと思うんですがね。さて……この先が野本で、そのちょっと先が石井ですから、もうちょいですよ」


 先頭を行く将門が、はたと止まる。

 ――遠くで風に(なび)かれ、はためく旗……その旗に将門は見覚えがあった。

 それは陸奥国(むつのくに)における、鎮守の軍旗。――蝦夷(えぞ)を抑える為の朝廷の軍である、鎮守府の官軍だけに使用が許された物である。


「なぜだ……何故……」


 将門の顔が険しくなり、しまいには怒りの為か震え。――握り拳を木に叩きつける。

 木は震える。――木を住処(すみか)としていた、野生動物が一斉に逃げ出す。


「兄い、あの旗がどうかしたんですか?」


 何故に旗数本に、そこまで怒るのか……皆目見当(かいもくけんとう)のつかない将頼は聞く。


「あれは……鎮守府(ちんじゅふ)の官給品だ。そして私用は固く禁じられ、処罰の対象となる」


 将門の説明を聞き、察した将頼は苦い顔となる。


「ということは……奴らは挑発しているということですか」


 将門はしっかりと頷く。


「大罪を犯す者たちを捨て置く訳にもいかんが……こんな馬鹿なことをしでかすのは十中八九、源扶だろう」


 将頼は新治郡での出来事を、あの凄惨なやり口を思い出していた……


「兄い、あの時は逃げられましたが、今回こそ! 奴の息の根を止めてやりましょう! それにあんな挑発されて引けば、笑いものですぞ!」


 将頼は鼻息荒く、源扶を滅するべしと進言する。

 しかし、将門は思い悩んでいた。


「ここで引けば、向こうの思惑通り、真樹殿との関係も解消となろう。……罪人を見逃す、根性なしの汚名も被ろう。――逆に、あの挑発に乗って戦を仕掛ければ。……汚名も被らず、真樹殿との関係も大事なく。だが、國香伯父上と戦となるな。……どうしたものか」


 将門は珍しく自分に言い聞かせるように小さな声で考えを口にし、状況の整理をする。

 悩む将門の耳に、(つつみ)の音が聞こえ始める。――それも、またもや官給の鼓鉦(つつみがね)の音。

 どちらの道も選びきれない将門を嘲笑(あざわら)うかのように打ち鳴らされる。


「決めたぞ!」


 黒丸の(きびす)を返し、将頼らに向き直る将門。――その双眸(そうぼう)に決心と覚悟が宿っていた。

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