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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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リュウメ

 

 背丈ほどに伸びた(すすき)が満月の明かりに照らされ、白色に光ながら()れる。

 風吹き――右に左にと揺れる様は……さながら意思を持ち、白く燃える狐火(きつねび)の群体のように……

 瓢風(ひょうふう)と共に、(すすき)の穂の上を流れるように歩く、白の千早と赤の捻襠袴(ねじまちばかま)がとても映える狐面の女が現れる。


「ああ、素晴らしいほどの怨嗟(えんさ)無念(むねん)慟哭(どうこく)。――とても美味しい」


 狐面の女。それは祈るように――五体全てをくねらせながら一心不乱に踊る。


「しかし、まったく足りない。もっともっと頑張っていただかないと」


 ――妖艶(ようえん)に、蠱惑(こわく)的に笑いながら踊る。


 (たかぶ)ってきたのか、千早(ちはや)を脱ぎ捨て、見事なまでの双丘(そうきゅう)が顕わになり、揺振(ゆさぶ)れる。

 絹糸(きんし)(ほど)けるように、白く長い髪も風に吹かれ(なび)く。夜空に流れる綺羅星(きらぼし)の河と、月明かりに照らされ、(すすき)の上を流れる綺羅星(きらぼし)の川が見事に並ぶ。


 月明かりをその身に(まと)い、天鈿女命(あめのうずめのみこと)彷彿(ほうふつ)とさせるような踊りであった。

 

「ああ、平将門(たいらのまさかど)……ふふふ、あの肉体と精力はとてもとても」


 果てるか果てないかの瀬戸際まで踊り狂う。

 周りには青みを帯びた鬼火(おにび)が舞い踊り。(すすき)の白い穂を黒く染めていく。

 

 

 

 

 実りの秋は過ぎさる。

 厳しい冬がやってくる。訓練や家の修繕に費やし、源扶(みなもとのたすく)らから戦を仕掛けられることもなく、無事に冬を越え、約束の春がやってきた。


 寒さを(しの)ぐ為に固く結ばれていた、梅の(つぼみ)(ほころ)びかけているのを将門は見ながら、笑みを漏らす。


「梅の花がもう少しで咲くな。……竜を受け取りに行かねばな」


 将門は新しい愛馬が、どのような気性の馬であろうかと想像を膨らませながら、軽い足取りで将平(まさひら)の元へと向かう。

 



「将平! 三十貫文(かんもん)を用立ててくれ!」

 

 将門は(ふすま)を勢いよく開けながら言い放つ。

 

「三十貫文なんて駄目ですよ、兄上」


 文机(ふづくえ)に噛り付き、不乱に筆を(はし)らせる将平。

 まさか将平に(にべ)もない態度で駄目だと、そう言われるとは思ってもみなかった将門。

 類を見ないほどに眉間に(しわ)を寄せ、困った顔をしながら将平の前へと座る。


「馬を二十頭ほど、望月(もちづき)の牧に受け取りに行くのだ。しかも、望月三郎諏方もちづきさぶろうよりかた殿と口約束とはいえども、約束をしておるのだ……駄目か?」


 将平は溜息(ためいき)を吐きながら、筆を止め、対面に座る将門の顔を見る。


「兄上……最初にそう言えば素直にこちらも出しましたよ。開口一番にあれは無いでしょう」


「うむ……今度は馬は馬でも竜馬(りゅうめ)だからな、年甲斐もなく舞い上がってしまってな」


 照れながら頬を掻く将門。


「銀装飾の太刀(さや)でも作るのかと思いましたよ……しかし、竜馬ですか……八尺以上の馬を兄上以外で乗りこなせられるのでしょうか?」


 将平は、(はなは)だ疑問であったことを漏らす。


「大丈夫だ、訓練次第で誰でも乗れるようになるぞ。将平も乗ってみるか?」


 頭を大きく何度も横に振る将平を見ながら将門は笑う。

 その笑い声を聞きつけたのか、ひょっこりと顔を出す、良乃(よしの)君乃(きみの)の二人。


「なんだい、なんだい、楽しそうに兄弟二人で話し込んで。あたしたち三人は退けものかい?」

 

 大きくなった腹のせいか、動きにくそうにしながらも、君乃に手を支えられ、助けられながら部屋の中に入ってくる二人。

 君乃は素早く軽い足取りで、部屋の外に出ていき、倚子を持ち戻ってくる。


「ささ、良乃お姉さま、こちらへお座りになってください」


 宮中(きゅうちゅう)で使われる倚子(いし)ほどに、絢爛豪華(けんらんごうか)な装飾はないが、背もたれと、ひじ掛けが付けられていた。

 将門(まさかど)良乃(よしの)に手を貸し、ゆっくりと倚子に座らせる。


「なに、将平(まさひら)竜馬(りゅうめ)に乗ってみるかと聞いたら、血相を変えて嫌がりおってな」


「兄上……あまり言わないでください、刀よりも筆の方が性にあっているのですから」


 苦り切った顔をしながら将平は筆を手に持ち、(すみ)が飛ばぬようにゆっくりと振るう。

 そのどこか滑稽な仕草に皆が笑う。


「ああ、笑わしてもらったよ。竜馬ね……子が宿っていなかったら、あたしも一緒に行くんだけどね」

 

 将門は良乃の腹に武骨な節くれ立った手をゆっくりと当て、腹の子に話しかける。


「産まれてきたら、一緒に竜馬を駆って遠乗りに行きたいものだな」


 春陽が誕生を今か今かと待つ子を祝うように、良乃と将門を照らす。





 砂塵(さじん)を上げ、野花を揺らしながらも規則正しく響く蹄の音。――まるで多くの(つづみ)を鳴らすようであった。

 信濃国(しなののくに)佐久郡(さくぐん)にある、望月の牧へと向かうために千曲川(ちくまがわ)を渡る馬が三十頭ほど……全ての馬の上には男が二人一組軽装で乗っていた。

 馬の背に男二人は狭く、暑苦しいであろうと想像に容易い。


「ようし、見えたぞ! 遠路ご苦労、皆の衆! これより望月の牧へと入るぞ!」

 

 遠路を馬とはいえ、走破した皆は歓喜の声を上げる。

 牧の入り口には、聞きつけたか、見つけられたか、定かではないが……すでに望月三郎諏方もちづきさぶろうよりかたが笑顔を張り付かせ――しかしながら、その双眸(そうぼう)だけは獲物を狙う蛇の様にぎらつかせながら、将門の到着を待っていた。

 

「お久しゅうございますな、平将門殿。奥方と一緒に手合わせのような事をして以来ですな」


 下馬をする最中の将門に声をかける望月三郎。


「ふむ、また手合わせしたいものだ。今度はお互いに全力でな」


 ひりつく空気。乗ってきた馬が首を振り逃げようと騒ぎ始め、将頼(まさより)らが必死に馬を留めようとする。

 望月三郎と将門はお互いに、にやりと笑う。


「しかしながら、此度(こたび)竜馬(りゅうめ)が目的。手合わせはまたの機会だな」


「全くもってその通りでございますな。物がないところを見ると……もしや、全て(ぜに)でお支払いでしょうか?」


 望月三郎の言葉に対して、示し合わせたように、平将頼(たいらのまさより)が重たそうに三十貫文……山の様になった銭を持ってくる。


「占めて三十貫文ある、(あらた)めてくれ」


 将平は貫文を刺し貫いている紐を掴み、望月三郎とその横に(はべ)る男へと渡す。


「ひい、ふう、みい、よ、いつ、む、なな、や、ここの、とお……」


 銭を数える望月三郎。――至福(しふく)の時である。

 銭の勘定が終わり。望月三郎は、ほくほくとした顔のままに、手早く部下に竜馬を連れて来るように指示を出す。


「三十貫文……しかと頂きました。竜馬を連れてきますので(しば)しおま――」


「うわあああ!」


 望月三郎が言いかけた折に、一番奥に見える厩舎(きゅうしゃ)から悲鳴が聞こえ、慌ただしくなる。


「……問題でもあったのか望月三郎(もちづきさぶろう)殿?」


「いやあ……なんでござりましょうな? まあ大丈夫でござりましょう」


 珍しく――たらりと一筋の汗を流しながらも、平静(へいせい)(よそお)いながら受け答えをする望月三郎。

が……やはり気になるのか、ちらりちらりと悲鳴の聞こえた、一番奥の厩舎(きゅうしゃ)を見やる。

 人が次々と厩舎(きゅうしゃ)に入っていくのが見える。――次の瞬間に地獄の底から化け物が這い出て叫んだかと思える程の声が響く。


「望月三郎殿……火車(かしゃ)でも飼っているのか?」


 将門の冗談に、顔色を悪くしながら頭を掻く望月三郎。


妖怪悪鬼(ようかいあっき)の類なら、切り捨てればよいのですが――あれは馬ですので、ちと」


 大地が揺れたかと思うほどの大きな音が響く。

 黒い馬が長い首に縄を掛けられ、幾人(いくにん)もが縄を(はな)さまいと(こら)えながらも、地に引きずられ厩舎(きゅうしゃ)より出てくる。


「何だあれ? 普通の馬を(ぎょ)せない程に非力な者しかいないのか?」


 将頼は鼻で笑う。それに釣られ将門の部下たちも笑う。――将門は笑わず、爛々(らんらん)と目を輝かせその馬に釘付けとなる。

 暴れ回り縄を持っていた人をふり落とし、将門たちの方へと一直線に駆けてくる馬。


「ははは……兄い、あれ馬で……すよね?」


 青ざめる将頼(まさより)余所(よそ)に、将門はからからと笑う。


「馬だぞ? しかし、竜馬より更に大きい」


 その馬は八尺(はちしゃく)を越え、十尺(じゅっしゃく)もあろうかという大きさであった。――脚は丸太ほどもあり、その肉体は凝縮(ぎょうしゅく)され(はがね)の様になった筋肉の塊であった。

 

「ブオオオ!」


 その竜馬の姿と、鼻息と、(いなな)きに(おのの)いた将頼(まさより)ら――気を取り直し太刀を抜き放つ。

 将門の目の前で前脚を上げながら、威嚇(いかく)するように、また(いなな)く竜馬。――将門よりも遥かに高い頭上から、その前脚二本で勢いよく踏み潰そうとする。


「かは! 踏み潰そうとするか! 手出し無用見ておれ!」


 将頼らを制した将門の眼前に迫る前脚――

 将門は両手で振り下る(ひづめ)を正確に掴む。

 

「むぐ……思ったよりも力強い……」


 力負けをしているのか、じりじりと押される将門。

 

「兄い!」


「将門様!」


 各々(おのおの)より、将門からの斬れとの下知(げじ)を待つ声が飛ぶ。


「ぬぐああああ!」


 将門の顔が汗だくになり、青筋が浮き立つ。――両腕に渾身(こんしん)の力を()め、押し返す。


「ブオオオオオオ!」


 負けじと竜馬も力を()める――徐々に後脚(あとあし)が浮き始める。


「ぬうん!」


 将門は気合と共に竜馬を放り投げる。

 ――が、竜馬は危なげなく着地する。その顔は敵意に染まっていた。

 

「将門殿、あの馬は人嫌いが極まっておりましてな……此度(こたび)の無礼はあの馬の首で平に……平にご容赦を――」


「望月三郎殿! あの竜馬をいただこう! 気に入ったぞ!」


「良いのですか? あの馬……いや、化け馬(・・・)は苦労しますぞ?」


 将門は首を縦に振り、腕まくりをしながら肩を回し、竜馬へと近づく。


「さあ、竜馬よ! 気が済むまで相撲でも取ろうか!」


 大きく笑いながら、天高くまで片足を上げ、降ろす。――地を揺らす四股(しこ)


「ああ……兄い、程々(ほどほど)にしておいてください。我らは休息を取ります故」


「程々で終わるかどうかは……この竜馬……黒丸(くろまる)、次第だな」


 将頼は嘆息(たんそく)する。


「すでに名をつけてら……これは長くなるぞ、お前らゆっくりと英気を養っておけよ」


 将頼は休息の指示を皆に出し、一番近くだが危なくないであろう距離の丸太……特等席に座り、相撲鑑賞と洒落込(しゃれこ)む。

 幾度もぶつかり、竜馬を投げ飛ばす将門を見ながら握り飯を頬張る将頼。――ついには何刻で竜馬が根を上げるかの賭けが始まる。



 陽が傾き、美しい夕焼けのなか、一頭と一人は相撲を取り続ける。――影法師が仲良く、じゃれ合っていように見える。

いつしか竜馬はその大きな体を将門の前で(かが)め、背に乗れと言うように将門の顔を舐める。


「ふふ……楽しかったな黒丸よ。これより我が脚として、武器として存分に働いてくれよ」


「ブヒヒン!」


 返事をするように鼻を鳴らす黒丸はさらに将門の顔を舐めあげる。

倚子(いし)=いし、誤字にあらず。平安時代の頃は椅子ではなく倚子(いし)と呼ばれていた。位の高い人しか使っていなかったが、将門が見たものを大工あたりに作らせた。


貫文=千文の銭をサシと呼ばれる紐を通して持ちやすく、数えやすくされている。重さはまちまちであるが大体一貫文が3.75kgである……つまり三十貫文で110kgちょい重たい。


火車=猫の妖怪とも、地獄の獄卒が火の車を引いて罪人の亡骸や生きている罪人を集めるモノだとも……


十尺=3.03メートルほど……デカイ化け馬。

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