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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
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ドウメイ


 将門(まさかど)驚愕(きょうがく)の発言から(しば)し経ち、気を取り直した真樹(まさき)が真剣な顔に戻り、幾重にも考えを巡らせながら、やっと口を開く。

 

 「それは流石にまずう、思います……今回も勝手ながら救援を頼んだ身ですが……(うじ)下賜(かし)すれば、それこそ御一族の更なる火種となりませぬか?」


 至極当然(しごくとうぜん)の反応を返す、真樹(まさき)に笑って返す将門。


 「ふむ、確かに真樹殿の懸念(けねん)(もっと)もだ……しかしな、一つ大きな絵図(えず)を描こうと思っている。我が一族へ今回の件の言い訳をも内包(ないほう)したものだ」

 

 将門は自信満々に胸を張りながら語りだす。


 その口は、いつか見た老人のように朗々(ろうろう)と言葉で壮大な絵図を紡いでいく。

 

「まずは真樹(まさき)殿の御息女(ごそくじょ)である君乃(きみの)とは……そうだな夏頃に三日夜餅(みかよのもち)を済ましておいたとしよう」

 

 その言葉に頷く真樹(まさき)と、顔を赤らめながら口元を(そで)で隠す君乃(きみの)


 「そんな、あんな事やこんなことまで」


 ぽつりと君乃(きみの)の口から妄想(もうそう)(こぼ)れ落ちる。

 が、真樹(まさき)将門(まさかど)も聞かぬふりをし、話を続けていく。


 「でだ、正妻(せいさい)として君乃(きみの)を迎えようと準備をしておったところ、此度(こたび)の事が起こった……源扶(みなもとのたくす)が我が妻、君乃(きみの)(さら)おうとし、新治郡(にいはるぐん)を襲った」


 真樹は将門の話をそこまで聞き、手を打つ。


 「そして、未来の婿(むこ)殿に救援を求め、未来の妻を守るため(いた)し方なく火の粉を払い。見事! 将門殿は自分の妻を守った……と」


 腕を組みながら、したり顔で(うなず)く将門。


 「これを飯母呂(いぼろ)の者たちに流布させる。これなら大義名分も立ち、誰にも咎めれまいて」


 「そして、平氏(たいらうじ)を名乗れば……新治郡(にいはるぐん)は婿殿に守られていると思わせれる(ゆえ)に、無用に盗みや戦を仕掛けづらくなる」


 「どうだ? 良い絵図であろう?」

 

 深く頷く真樹に、妄想の世界から戻ってきた君乃が口を開く。


 「将門様、できればで良いのですが……京の方に。ごたついているが安心されたし、との文を送っておいた方が宜しいです。さすれば東国(とうごく)の片田舎で起こった事……京から追討(ついとう)官符(かんぷ)なども下りないでしょう」

 

 将門は君乃の才媛(さいえん)ぶりに目を見張る。

 

 「ほう……君乃は賢いのだな……今は幼いが、これは成長が楽しみではないか。のう(しゅうと)殿?」


 途端に君乃は震えだし、真樹は額に手を置く。


 「それは本気で仰られているのですか? 私が小さいと、幼子(おさなご)の様だと……」

 

 場の雰囲気が剣呑(けんのん)としたものに変わる。

 君乃は立ち上がり、ふらりと将門の前へと歩み寄る。

 

 「これは子猫……いや、虎の尾を踏んだか」

 

 誰の耳にも聞こえない羽虫のような声で将門は鳴く。


 「将門様の唐変木(とうへんぼく)!」


 目を潤ませながら、君乃が将門の顔に向かって猫の様な爪を振るう。

 爪は見事に将門の頬へと吸い込まれていく。


 

 

 

 真樹は申し訳なさそうに将門と君乃へと手を振りながら、二人の出立を見送る。

 将門と君乃は馬上から手を振りながら、身体は揺られながら道行く。

 君乃は手綱(たづな)を握る腕と将門の間にすっぽりと収まっていた。

 

 「将門様、お顔は大丈夫ですか……」


 後ろを向きながら、か細い手を将門の頬へと()わす。

 君乃はそのまま、赤くなった爪痕をさする。


 「大丈夫だ、大事ない。しかしながら、君乃よ。君乃の引け目を見抜けなかった、夫の節穴をを許してくれまいか?」

 

 君乃は首を横に大きく振る。


 「いえ、いえ……これは私の我儘(わがまま)で、将門様のお顔に傷を……」


 大きく笑いながら、君乃の頭を優しく叩く将門。


 「気にするな。もう夫婦(めおと)だからな、傷など直ぐに治る、それに男の勲章(くんしょう)ぞ?」


 (すすき)が揺れる畦道(あぜみち)を二人は馬上で語らいながら豊田郡を目指す。

 そこには損得の勘定は無く、二人の心を近づける、楽しい語らいだった。

 



 

 将頼(まさより)らは、源扶(みなもとのたすく)の手下達から剥ぎ取った、潰れておらず使える武具の数々を戦利品として豊田郡へと持ち帰っていた。

 皆は口々に大勝利を称え合っていた。


 「将平(まさひら)! 戻ったぞ! 大勝利だ! こちらの損害は途中で火丸(ひまろ)が落馬したくらいだ」


 どっと笑いが起こり、火丸(ひまろ)水丸(みまろ)におぶわれ照れくさそうに頭を二人して掻く。


 「しかし、数か月の乗馬訓練であれだけ戦えれば上等よ。流石、将門兄いに見出されただけはあるな」


 将頼は兄弟の背を勢いよく叩く。

 じゃれ合いをしているうちに将平(まさひら)良乃(よしの)がやってくる。


 「よく戻ったね! 将頼、怪我とかないかい?」


 将頼は胸を張りながら、とびっきりのしたり顔で胸を叩く。


 「勿論ですとも、良乃(よしの)姐え。ちゃんと教えられた通りに、武器も防具も剥いで持って帰ってきました!」

 

 皆が武具を下ろし初め、山のように積みあがる。

 将頼は嬉しそうな顔で、さも褒めてほしそうな雰囲気を(かも)し出す、将頼の尻に尻尾が見えはじめる。


 「これは良い臨時収入になりそうさね。将平、全部うっぱらうよ!」


 武具の山の前で筆を舐めながら銭勘定(ぜにかんじょう)を始める将平。

 

 「これはなかなか。売れば、そこそこの値になるでしょう。戦は面倒ですが、一番楽しい時間ですね」


 含み笑いをしながらも、将平は嬉々とした表情で筆を(はし)らせる。

 ふと、良乃は将門の姿が無いことに気が付く。

 

 「うん? 将門は一緒に戻ってないのかい?」


 「将門兄いには真樹様と話があるから先に帰ってろって……将門兄いの事なんで色々と考えていると思うんですが」


 「なら大丈夫だね、早く戻ってくればいいのにね」


 優しく愛おしそうに腹をさすり、腹に宿った子に話しかける良乃。


 

 (しば)しの時が立ち、将門は君乃を馬に乗せながら豊田郡の居城に戻ってくる。


 「ここが将門様の……みな良く働き活気がありますね!」


 「で、あろう? さて、今日からここが君乃の住まいだ。まずは皆に挨拶しないとな」


 勝利を祝い、酒盛りの真っ最中だったのか顔を赤らめ、足をふら付かせながら歩く将頼(まさより)の姿が目に入る。

 

 「将頼! 戻ったぞ! いつもの間に皆を集めてくれ! 酔いを()ましてからでよいと伝えるのも忘れずにな」


 将頼はふらふらとしていたが、将門の声を聴き、直立する。


 「将門兄い戻られましたか! しかも、愛らしい天女様もお連れになって! 暫しお待ちください」


 心配になる足取りで将頼は奥へと向かう。


 「将門様、弟様は大丈夫でしょうか?」


 「なに、大丈夫さ。信頼する弟だからな、酒に酔っていても皆を集めるくらいなら、雑作もないだろう」


 将門が言うが早いか、(つぼ)(かめ)か定かではないが、盛大に割れる音や、何かが倒れる音が響き渡る。

 将門(まさかど)君乃(きみの)は顔を見合わせ苦笑いをする。

 

 

 

 いつもの様に皆が集まる間において、皆々が顔を赤らめながらも、すっかり酔いを醒まし並び座っていた。

 将門と君乃は並びながら上座に座りながら、最後の一人を待っていた。


 「いや、待たせてすまないね」


 最後の一人である、平良乃が遅れて入室し、将門の横に座る。


 「さて……まずは酒盛り中にすまんかったな。此度(こたび)の大勝利は皆の働きがあってのもの、ありがとう」


 将門が謝辞(しゃじ)を述べると、皆は(うやうや)しく頭を下げる。


 「でだ、常陸国(ひたちのくに)新治郡(にいはるぐん)真樹(まさき)殿とは……平たく言えば同盟を結ぶ形になった」


 皆は口々に感嘆の声を上げる。


 「それに伴い真樹殿の娘である、君乃は我が妻となった」

 

 その言葉に喝采(かっさい)が上がり、隣に座る良乃も頷く。


 「そしてここから肝心なのだが、君乃は正妻として娶ろうと思っている。真樹殿の家も平氏を名乗れば、源扶も無用な手出しも出来なくなるだろうと考えでだ」


 将門の発言に肝を冷やす面々……ゆっくりと良乃の顔色を伺う。


 「うん? 何だい、皆してあたしの顔を見て。将門が決めたことに不満なのかい? 支える手が増えたことは喜ばしいことじゃない」

 

 けらけらと笑う良乃に釣られて将門も君乃は笑う。

 集まった一同は、現実の様に厳しい冬が来ないことに、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

 


 良乃と君乃は顔を突き合わせながら語り合う。


 「しかし、将門はまた(あい)らしい子を(めと)ってきたものだね」


 良乃の言葉に頬を赤らめながら、顔に手をやり身体をくねらせる君乃。


 「そんな、愛らしいなんて。良乃お姉さまは綺麗で素晴らしいお方ですから、私なんて足元にも及ばないですよ」


 「嬉しいこと言ってくれるね。なんにせよ、これから将門を支えていくのに君乃も手伝っておくれよ」


 満更でもなく、照れを隠すために、からからと笑う良乃。

 本物の姉妹のように、穏やかな話し声と笑い声が夜が更けるまで部屋より聞こえてくる

三日夜餅みかよのもち=通い婚である平安時代では婚礼三日目の夜に祝って新郎新婦が食べる餅。もう逃げられない。

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