キミノ
屯していた手下が馬に蹴られた源扶の元へと駆け寄り、口々に扶を心配する声をかける。
気絶をしているのか、未だに起き上がらない源扶。
その様子を馬上より、汚物を見るが如きの冷たき目で見やる将門。
将門は太刀を佩き、赤威が遠方からでも目を引く、着背長を着けていた。
「さて……娘に、そこに見えるは真樹殿だな。間一髪であったな……今暫し待たれよ、掃除をする」
未だに馬の下で小さな体躯をさらに丸くし、蹲る娘と、後ろ手を縛られ、涙を流す真樹へと声をかけながら、下馬する将門。
「我が名は平将門! 義によって真樹殿の救援へ参った! 悪逆非道の数々、天も将門も見逃しはせぬぞ!」
大地を揺らすほどの怒声――
呼応するように蹄と雄たけびが幾重にも重なり、百の鬣を靡かせながら将門の騎馬隊がやってくる。
先陣を切る将頼は太刀を掲げながら声を張る。
「者ども! 蹂躙だ!」
今まで、男女問わずに追いかけまわしていた、源扶の手下達は騎馬に追い掛け回され斬られる。
「因果応報とはまさにこのことよな!」
誰が発したかは定かではない言葉。
しかし、この瞬間を言い表すには最適の言葉であった。
――逃げ惑う手下を追いかけ、太刀で斬り、蹄で肉片を潰していく。
馬上からの太刀による一振りの殺傷力は著しく。
粗末な兜や鉢金に胴丸など意図も容易く切り裂く。
一人は頭の中程まで割れ、脳漿が血飛沫と共に噴き出し、流れ紋様の様に。
一人は背を斬られ、その後に馬に踏まれたか、砕けた腕や足があらぬ方向へと曲がっている。
――瞬く間に大地に転がる死体が増えていく。
将門は満足気にその光景を見ながら、倒れて起き上がらない、源扶の元へと向かう。
近づく将門に対峙するため、源扶を介抱していた手下三人が刀を抜き放つ……その顔は恐怖に染まり手は震えていた。
将門はゆっくりと太刀を抜き、自然体のまま歩き始める。
勇敢にも手下の一人は将門に対して、距離を詰め、斬りかかろうとする。
「死ねやあ!」
捨て身の大上段からの振り下ろしーー
将門は易々とがら空きとなった胴に電光石火の如く、刃を滑らせるようにいれる。
胴は裂け、てらてらとした腸を覗かせながら、鯖の様に背中側に向かって半分に折れ、地に膝をつく。
「く……来るな化け物! くるなくるな、こないでください」
手下二人は震える声で懇願とも取れる言葉を吐く。
「駄目だ! お前らは同じように懇願してきた民を見逃してやったか? 見逃していないだろう」
震える手で、落としそうになりながらも、やっとのことで刀を正眼に構える二人、その顔は涙と鼻水濡れになっている。
「向こうで獄卒が手薬煉を引いて待っているぞ」
将門は静かに太刀を振り上げる。
暴風と間違う剣風が吹き荒れ、袈裟懸けに斬られた胴体二つが瞬き一つで、木の葉のように舞い落ちる。
「さて、掃除も終わったな……源扶よ、起きよ!」
将門は気絶していた源扶を足蹴にしながら声をかける。
「げふ、がふ……いったい何が?」
目を覚ました直後で状況が把握しきれていない源扶。
将門は容赦なく、源扶の頭めがけて刃を突き立てる――
「おおお!」
ただ斬られるだけの凡夫とは違い、命の危機を感じとり、間一髪のところで頭を捩り、将門の太刀を避ける。
ーー地につけた腕を軸に身体を回転させながら起き上がるーーと同時に将門の脚を掬うように足払いを仕掛ける。
が……将門は源扶の足払いを機敏に飛び避ける。
「馬に蹴られた後だというのに、やるではないか」
「平将門か……ひひ、もう少しすれば火が回り、この場は火の海よ、無駄な努力だったな」
不敵にに笑う源扶を冷ややかに見やる……
「小太郎!」
声を張り上げ、飯母呂の小太郎を呼べば、風と共に何処からか現れる、黒衣を纏いし小太郎ら四人衆。
「は……ここに。将門様の御下知の通り、火付けの輩は全て滞りなく排除しました」
「だ……そうだぞ、源扶」
小太郎の話を聞くまで、不敵な笑いを浮かべていた、源扶の顔は苦くなり、脂汗を流しながら、彼是と逃げの手段を考え始める。
「俺を殺せば、親父の源護に義兄の平國香が黙っていないぞ。お前なんぞ、風が吹けば飛ぶようなーー」
源扶は喋りながらも周囲を見ながら、隠し持っていた短刀と竹筒を握る。
「雑魚の癖によ!」
将門の顔面を狙い、短刀を投げながら竹筒の蓋を口で開け、中に入っていた液体を辺りにばら撒きながら、脱兎の如く逃げる。
「小細工か……ふん!」
将門は迫る短刀を意図も容易く払い落とす。
源扶は走りながら落ちていた松明を拾い、器用にも火を着けていた。
「平将門! この恨み忘れんぞ!」
くるりと身を翻し、火の着けられた松明を放り投げる。
ばら撒かれた液体に松明が落ちると火が辺りに広がり大きくなっていく。
「油か……何処までも下衆な事を……しかし、逃げ足は一流だな」
火の手が広がる中、将門は冷静に今後の事を考えながら踵を返す。
「小太郎……将頼を呼んで火を消させるのと……源扶を見つけても殺すなと伝えておいてくれ」
「は……しかし、ここで殺しておかねば、後々厄介なことになりませぬか?」
小太郎が冷静な声で将門に問いかける。
将門は嘆息しながら問いに答える。
「源扶は悪逆非道を成し、ここで死ぬべき男だ。しかし、腐っても平良兼義父殿の義兄弟……迷惑もかけられぬし、一族の関係が険悪になるのは避けたい故、此度は見逃す」
「は……将門様の御心のままに」
小太郎らは将門の命令を達する為に散り散りに駆けてゆく。
将門は太刀を納めながら、蹲る娘たちの元へと向かう。
馬の下で震えながら蹲る娘に優しく声をかける。
「掃除は終わったぞ、真樹殿にその娘よ」
蹲っていた娘はゆっくりと顔を上げる。
源扶の耳たぶに噛みついた時の血か、はたまた口を切ったのか、ふっくらとした花唇に紅を差したように血で濡れている。
将門は娘に向かって馬手を差し出す。
「さあ、手を取るのだ真樹殿の娘よ……名は何と言うのだ?」
娘は源扶に破られた衣を、右手で必死に胸元が見えないように固く絞る。
将門の馬手に恐る恐る、ゆっくりと左手を伸ばす。
「私は……私の名は君乃、君乃と言います」
「耳たぶに噛みつかんでくれよ」
将門は笑いながら君乃の手を取り、抱き寄せるように君乃を立たせる。
「そ……その様なこと、私たちの英雄様にしません! 先に屋敷に戻り衣服を整えてきます」
君乃は赤くなり、そっぽを向きながら屋敷へと向かう。
「大丈夫そうだな……さて、真樹殿もお待たせした」
真樹に近づき、縛ってある縄を切り解く。
「助かりましたぞ、将門殿! 詳しい話は屋敷の方で致しましょう、御舎弟方もおもてなし差し上げますので屋敷へと」
手で次の句を遮る将門。
「真樹殿、彼らは一足先に下総へと帰しますのでお構いなく」
提案を断られ、少しばかり悲しそうな顔をする真樹。
すっかり源扶の手下の略奪により、荒らされ放題となった真樹の屋敷にて、真樹と平将門は顔をつき合わせながら座る。
「この度は、窮地を救っていただき誠に有難う御座いました」
謝辞を述べながら頭を下げる真樹。
「いや、よくぞ頼ってくれた真樹殿……源扶は急に襲ってきたのか? 心当たりなどは?」
「はい、一寸した小競り合いならよくあったのですが……今回の様に田畑を焼き払いながら攻めてくるのは初めてでして……」
頭を掻きながら真樹は答える。
「ふむ……そうか今後、源扶めらがまた襲ってくるかもしれんな……そこでだ真樹殿、提案があるのだがな」
将門の提案という言葉に目を光らせる真樹。
「提案ですか、此方にも将門様にも利がありそうな臭いがしますな」
笑いながらも商魂逞しい顔をする真樹。
「何、簡単なことよ……我らが真樹殿の土地を民を富を守ってやる」
「ほう……その代わりに幾らかの利益をお渡しすればよいのですな」
二人は気が早いことに先の事に思考を巡らせ、輝かしい光景を幻視する。
「どうだ真樹殿? 悪くないであろう?」
「ふむふむ……将門殿、此方からも提案があります。利の関係だけではなく……婿と舅の関係になりませぬか? 勿論、此方の家に入れとは口が裂けても言えませぬ……君乃を娶っていただきたいのです。君乃、入ってきなさい」
真樹に呼ばれ入ってくる君乃。衣はしっかりとしたものに着替えており、泥も煤もなく垂れ目で愛らしい顔であり、髪も梳かし、白い肌に良く似合う本物の紅をさしていた。
予想だにしなかった真樹からの提案に驚く将門。
「そうかそうか……真樹殿よいぞ! 面白い! だが、肝心要なのは君乃の気持ちだ。どうなのだ? 我が妻になる気はあるのか?」
君乃は花ひらくように口を開く。
「望むところです……あんな源扶に攫われるくらいなら、御強く逞しい将門様に娶っていただきたいのです」
「しかと、その心受け取った……ならば真樹殿とはこれより婿と舅。君乃とは夫と妻となろう! それに伴い舅殿、平氏を名乗りませい!」
将門の驚愕の発言に真樹も君乃も目を剥き、顎が外れる瀬戸際まで、あんぐりと口を開く。
太刀を佩く=太刀は刃を下にし腰に吊り下げるように着用する。コレを佩くという。打刀などは差す。
赤威=赤色の糸や革を用いた威
威=鎧を構成する小板(小札と呼ぶ)を結び合せる糸や革。
着背長=鎧などの美称。特に大将が着るものについていう。
平真樹……氏については諸説あり。自称や下賜された等々。




