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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
36/79

新たな武


 豊田郡(とよだぐん)居城(きょじょう)に無事に戻った平将門(たいらのまさかど)一行。

 出迎えるのは太刀(たち)の製造を命ぜられた平将平(たいらのまさひら)と、いつの日か武蔵国(むさしのくに)郡役所(ぐんやくしょ)相見(あいまみ)えた良く鍛えられていた門番の兄弟であった。


 「将平(まさひら)、出迎えご苦労……首尾の方はどうだ?」


 寝不足なのか目に(くま)を作り、幽鬼(ゆうき)のような顔色になってしまった将平は、ふらつきながら将門の問いに答える。


 「上々です、説得に時間と手間が掛かりましたが……満足のいく出来に仕上がりましたよ兄上」


 ふらつきが大きくなり、倒れそうになる将平を素早く駆け寄り支える将門(まさかど)


 「将平……限界を迎えながらも、よくやってくれた……寝ておけ」


 「兄上……寝ます」


 将門に支えられたままに、将平は速やかに、安らかな寝息を立て始める。

 将門は嘆息(たんそく)しながら、屋敷に勤めていた人間を呼び、将平を寝所(しんしょ)へと運ばせる。


 「将平の奴め……懸命(けんめい)に頑張りすぎだぞ、馬鹿者が」


 もう一度、大きく嘆息(たんそく)する将門。

 黙って見ていた平将頼(たいらのまさより)が将門の後ろから肩に手をやり声をかける。


 「そら、将門兄いに初めて頼られたんだ。限界以上に頑張ってでも、命ぜられた仕事を完璧にやり遂げたかったんだよ」


 「来春までに仕上げてくれればよかったんだがな」


 頭を()きながら申し訳なさそうな顔をする将門。

 

 「さて、すまんな。此方(こちら)の用事を先に済ませてしまって……門番の兄弟の……そういえば名は――」


 (あご)に手を当てながら記憶を何度も探るが、郡役所(ぐやくしょ)相見(あいまみ)えた時に名を聞くことをすっかり失念していた事を思い出した将門。


 「うむ、すまぬな。あの時は頭に血が上っていた(ゆえ)、名を聞くのを失念(しつねん)していた」


 門番の兄弟二人は吹き出し笑いをする。

先程まで笑っていたのとは一転して、至極真剣な顔で将門の前にひれ伏す。

 

 「弟の火丸(ひまろ)! ここに(まか)()しました!」


 「兄の水丸(みまろ)! ここに(まか)()しました!」


 「将門様……我ら兄弟、将門様との(えにし)と正義の心に()かれ、ここまでやって参りました。懸命(けんめい)に働く所存(しょぞん)です。是非(ぜひ)とも我らを将門様の元で働かせていただきたく」


 (ひたい)を地面に擦り付けるように、深々と頭を下げる兄弟二人。

 口上をじっと聞いていた将門は(おもむろ)に腰に差していた扇子を取り出す。


 「天晴(あっぱ)れ! 正に義の勇士よ、よくぞ来てくれた……これから頼りにさせてもらうぞ、水丸(みまろ)火丸(ひまろ)よ」


 大仰(おおぎょう)に扇子を開き、()め言葉を語りながら兄弟に近づく。

 将門は(かが)みこみ、二人を立たせながらその手を握る。


 「これから大変なこともあるが……その武勇(ぶゆう)をもって、よく(つか)えてくれ」


 将門の手の温かさと期待の込められた言葉に、二人の(ほほ)に知らずのうちに暖かい雪解け水のような涙が伝う。




 花咲く梅の枝の合間(あいま)(せわ)しなく飛び回りながら、甲高い声で歌う、(うぐいす)色が美しい目白(めじろ)

 その歌声に導かれ、泥の如く眠っていた平将平(たいらのまさひら)は目を覚ます。

 目元の(くま)はすこし薄くなり、顔色も戻ってきていた。


 「将平よ、目覚めたか!」


 将門(まさかど)の声と(ふすま)を開ける音が起き抜けの将平(まさひら)の脳天に(ひび)く。


 「兄上、先日はお見苦しい様を見せてしまいました」


 衣を正し将門へと向き直り、正座する将平。

 

 「よいよい、将平そのままでよい」


 頭を下げかけた将平を手で止める。

 そのまま将門は将平の横へと腰を下ろす。


 「すまなかったな。無理させて」


 「いえ、兄上……私は兄上の為に働けるのが嬉しかったのです。それに私も考えての事です」


 将平の言葉に眼光(がんこう)鋭くなる将門。


 「ほう、将平よ、お前の考えを述べてみよ」


 「はっ……今までの刀とは違い、反りがあり鎬造(しのぎつく)りの太刀……これはどんな刀の達人であれ習熟(しゅうじゅく)に時間を要するもの。それに鍛冶職人も新しい太刀となれば作るのにも時間を要します……それに兄上、馬を使う気でしょ――」


 腕組をしながら、将平の()べた考えを一言一句聞き漏らさず聴いていた将門。

 将平が最後の言葉を言いきるや否や、将平の頭に手を置き、少し乱暴に()でる。


 「将平、満点だぞ。やはり、一族の中で一番知略が優れているのではないか? 自慢の弟だ」


 将平は撫でる将門の手を払いのけるでもなく、少しの間……なすが(まま)にされる。




 竹を芯とした巻藁(まきわら)を八本纏めて立て、その正面に将頼(まさより)が立つ。

 周りには将門(まさかど)達と鍛冶職人に、民たちも見物人として集まり、将頼の試し切りを今か今かと待っていた。

 

 「ふうー」


 瞳を閉じ、ゆっくりと息を吐き出し、気を集中させ太刀を正眼(せいがん)に構える。


 「しっ!」


 短い気合と共に太刀を袈裟懸(けさが)けに振りぬく。

 巻藁(まきわら)が斜めに切れ落ちる。その切り口は(なめ)らかで一本たりとも切り損じはなかった。

 将頼(まさより)(たた)える大きな歓声が辺りに響く。


 「これは……素晴らしい太刀ですな! 刃毀(はこば)れ一つも無く、曲がりもない、さらにこの切れ味!」


 将頼は興奮しながら太刀を(なが)め、(いと)おしそうに()でまわす。


 「う……うむ、将頼は放っておくか……見事な太刀だ、名を何と言った?」


 刀鍛冶の一人である男は将頼の珍妙(ちんみょう)な行動を満更でもない顔で頷いていた。

 が……将門に名を問われたので、表情を鉄の如く、硬く打ち直す。


 「名乗りが遅れ申し訳ありません。流れの鍛冶師、鉄太(てつた)とお呼びいただければ」


 「覚えたぞ、鉄太(てつた)だな。此度(こたび)の太刀は今までの切刃造(きりはづく)りや平造(ひらづく)りの真っすぐい刀とは異なり、難儀(なんぎ)したのではないか?」


 将門の言葉に反応し思い出し笑いをする鍛冶師鉄太。


 「いや、申し訳ない将門様……ええ、ええ勿論(もちろん)……難儀していました(・・・・)とも」


 (ゆる)やかに語り始めるが段々と興奮の為か早口になっていく。

 

 「もっと切れる刀を打とうと試行錯誤(しこうさくご)を繰り返し。私には打てないのでは? との考えが頭をよぎった時に……その答えを(・・・・・)! その手に握りしめて、将平(まさひら)様がやってくるのですから! あとはその答えを模倣(もほう)し、繰り返し何度も作れば同じものが出来るのです!」


 わなわなと震えながら、勢いよく将門の両肩に手を置く鉄太。


 「将門様! 後生です、あの太刀(たち)を打った御方の弟子になりたいのです! どこの何と言う御方なのですか! お教えください!」


 豹変(ひょうへん)した鉄太の圧倒的な勢いと熱量に、将門は冷や汗を浮かべながらたじろぐ(・・・・)


 「すまぬな、あれは今は亡き我が親父殿、平良将(たいらのよしまさ)の持ち物の一つで、誰が打ったのか分からんのだ」


 将門の口から語られる、事実に打ちのめされ、膝を折り(くず)れる鉄太。


 「おお……何ということだ」


 顔を伏せながら(むせ)び泣く鉄太。

 鉄太の心を代弁するかのように不如帰(ほととぎす)は激しく鳴く。

 




 (こう)が焚き染められた部屋。

 幾つもの高灯台(たかとうだい)の揺らめく明かりが室内の二人を照らす。

 一人は座る平國香(たいらのくにか)

 もう一人は狐面を着け、朱い捻襠袴(ねじまちばかま)に白無地の千早(ちはや)を纏う者。

 その者は両手の指の間に挟むように竹筒を持ち、踊り狂う――

 長く白い髪が意思を持っているように宙を舞う。


 唐突(とうとつ)に踊りを止め、座る平國香へと向き直り、面を着けている為か、くぐもった声を発する。

 

 「出ました……平國香様」


 目をぎらつかせながら、踊る様を見ていた平國香は近くに寄りながら口を開く。


 「なんと出た、早う教えるのだ」


 「平将門の収穫は数年待つべし(・・・・・・・・・)……さすれば実入りが大きくならんーーと」


 ――平國香の瞳には映らない影が何体も竹筒を出たり入ったりを繰り返す。

 甲高い鳴き声と共に高灯台の火が消える。

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