新たな武
豊田郡の居城に無事に戻った平将門一行。
出迎えるのは太刀の製造を命ぜられた平将平と、いつの日か武蔵国の郡役所で相見えた良く鍛えられていた門番の兄弟であった。
「将平、出迎えご苦労……首尾の方はどうだ?」
寝不足なのか目に隈を作り、幽鬼のような顔色になってしまった将平は、ふらつきながら将門の問いに答える。
「上々です、説得に時間と手間が掛かりましたが……満足のいく出来に仕上がりましたよ兄上」
ふらつきが大きくなり、倒れそうになる将平を素早く駆け寄り支える将門。
「将平……限界を迎えながらも、よくやってくれた……寝ておけ」
「兄上……寝ます」
将門に支えられたままに、将平は速やかに、安らかな寝息を立て始める。
将門は嘆息しながら、屋敷に勤めていた人間を呼び、将平を寝所へと運ばせる。
「将平の奴め……懸命に頑張りすぎだぞ、馬鹿者が」
もう一度、大きく嘆息する将門。
黙って見ていた平将頼が将門の後ろから肩に手をやり声をかける。
「そら、将門兄いに初めて頼られたんだ。限界以上に頑張ってでも、命ぜられた仕事を完璧にやり遂げたかったんだよ」
「来春までに仕上げてくれればよかったんだがな」
頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をする将門。
「さて、すまんな。此方の用事を先に済ませてしまって……門番の兄弟の……そういえば名は――」
顎に手を当てながら記憶を何度も探るが、郡役所で相見えた時に名を聞くことをすっかり失念していた事を思い出した将門。
「うむ、すまぬな。あの時は頭に血が上っていた故、名を聞くのを失念していた」
門番の兄弟二人は吹き出し笑いをする。
先程まで笑っていたのとは一転して、至極真剣な顔で将門の前にひれ伏す。
「弟の火丸! ここに罷り越しました!」
「兄の水丸! ここに罷り越しました!」
「将門様……我ら兄弟、将門様との縁と正義の心に惹かれ、ここまでやって参りました。懸命に働く所存です。是非とも我らを将門様の元で働かせていただきたく」
額を地面に擦り付けるように、深々と頭を下げる兄弟二人。
口上をじっと聞いていた将門は徐に腰に差していた扇子を取り出す。
「天晴れ! 正に義の勇士よ、よくぞ来てくれた……これから頼りにさせてもらうぞ、水丸に火丸よ」
大仰に扇子を開き、誉め言葉を語りながら兄弟に近づく。
将門は屈みこみ、二人を立たせながらその手を握る。
「これから大変なこともあるが……その武勇をもって、よく仕えてくれ」
将門の手の温かさと期待の込められた言葉に、二人の頬に知らずのうちに暖かい雪解け水のような涙が伝う。
花咲く梅の枝の合間を忙しなく飛び回りながら、甲高い声で歌う、鶯色が美しい目白。
その歌声に導かれ、泥の如く眠っていた平将平は目を覚ます。
目元の隈はすこし薄くなり、顔色も戻ってきていた。
「将平よ、目覚めたか!」
将門の声と襖を開ける音が起き抜けの将平の脳天に響く。
「兄上、先日はお見苦しい様を見せてしまいました」
衣を正し将門へと向き直り、正座する将平。
「よいよい、将平そのままでよい」
頭を下げかけた将平を手で止める。
そのまま将門は将平の横へと腰を下ろす。
「すまなかったな。無理させて」
「いえ、兄上……私は兄上の為に働けるのが嬉しかったのです。それに私も考えての事です」
将平の言葉に眼光鋭くなる将門。
「ほう、将平よ、お前の考えを述べてみよ」
「はっ……今までの刀とは違い、反りがあり鎬造りの太刀……これはどんな刀の達人であれ習熟に時間を要するもの。それに鍛冶職人も新しい太刀となれば作るのにも時間を要します……それに兄上、馬を使う気でしょ――」
腕組をしながら、将平の述べた考えを一言一句聞き漏らさず聴いていた将門。
将平が最後の言葉を言いきるや否や、将平の頭に手を置き、少し乱暴に撫でる。
「将平、満点だぞ。やはり、一族の中で一番知略が優れているのではないか? 自慢の弟だ」
将平は撫でる将門の手を払いのけるでもなく、少しの間……なすが儘にされる。
竹を芯とした巻藁を八本纏めて立て、その正面に将頼が立つ。
周りには将門達と鍛冶職人に、民たちも見物人として集まり、将頼の試し切りを今か今かと待っていた。
「ふうー」
瞳を閉じ、ゆっくりと息を吐き出し、気を集中させ太刀を正眼に構える。
「しっ!」
短い気合と共に太刀を袈裟懸けに振りぬく。
巻藁が斜めに切れ落ちる。その切り口は滑らかで一本たりとも切り損じはなかった。
将頼を称える大きな歓声が辺りに響く。
「これは……素晴らしい太刀ですな! 刃毀れ一つも無く、曲がりもない、さらにこの切れ味!」
将頼は興奮しながら太刀を眺め、愛おしそうに撫でまわす。
「う……うむ、将頼は放っておくか……見事な太刀だ、名を何と言った?」
刀鍛冶の一人である男は将頼の珍妙な行動を満更でもない顔で頷いていた。
が……将門に名を問われたので、表情を鉄の如く、硬く打ち直す。
「名乗りが遅れ申し訳ありません。流れの鍛冶師、鉄太とお呼びいただければ」
「覚えたぞ、鉄太だな。此度の太刀は今までの切刃造りや平造りの真っすぐい刀とは異なり、難儀したのではないか?」
将門の言葉に反応し思い出し笑いをする鍛冶師鉄太。
「いや、申し訳ない将門様……ええ、ええ勿論……難儀していましたとも」
緩やかに語り始めるが段々と興奮の為か早口になっていく。
「もっと切れる刀を打とうと試行錯誤を繰り返し。私には打てないのでは? との考えが頭をよぎった時に……その答えを! その手に握りしめて、将平様がやってくるのですから! あとはその答えを模倣し、繰り返し何度も作れば同じものが出来るのです!」
わなわなと震えながら、勢いよく将門の両肩に手を置く鉄太。
「将門様! 後生です、あの太刀を打った御方の弟子になりたいのです! どこの何と言う御方なのですか! お教えください!」
豹変した鉄太の圧倒的な勢いと熱量に、将門は冷や汗を浮かべながらたじろぐ。
「すまぬな、あれは今は亡き我が親父殿、平良将の持ち物の一つで、誰が打ったのか分からんのだ」
将門の口から語られる、事実に打ちのめされ、膝を折り崩れる鉄太。
「おお……何ということだ」
顔を伏せながら咽び泣く鉄太。
鉄太の心を代弁するかのように不如帰は激しく鳴く。
香が焚き染められた部屋。
幾つもの高灯台の揺らめく明かりが室内の二人を照らす。
一人は座る平國香。
もう一人は狐面を着け、朱い捻襠袴に白無地の千早を纏う者。
その者は両手の指の間に挟むように竹筒を持ち、踊り狂う――
長く白い髪が意思を持っているように宙を舞う。
唐突に踊りを止め、座る平國香へと向き直り、面を着けている為か、くぐもった声を発する。
「出ました……平國香様」
目をぎらつかせながら、踊る様を見ていた平國香は近くに寄りながら口を開く。
「なんと出た、早う教えるのだ」
「平将門の収穫は数年待つべし……さすれば実入りが大きくならんーーと」
――平國香の瞳には映らない影が何体も竹筒を出たり入ったりを繰り返す。
甲高い鳴き声と共に高灯台の火が消える。




